展覧会とオーケストラ ~無観客配信の舞台裏~    ドワンゴの高橋さんに聞く

配信の際は黒子に徹する高橋さん(右)(10日、江戸東京博物館で)

新型コロナウイルスの感染拡大防止に伴うイベントの自粛要請で、多くの美術館や博物館、コンサートホールなどが閉館になり、アーティストや関連業界で働く人たちが苦しい状況に追い込まれています。そんな中、大きな反響を呼んだ二つの生配信の担い手となった「ドワンゴ」ニュースコンテンツ担当部長の高橋薫さん(38)に話を聞きました。(聞き手・読売新聞東京本社 事業局専門委員 岡部匡志)

    予想を超える盛り上がりに驚き

―――「ニコニコ生放送」で、高橋さんが担当した東京交響楽団の無観客公演の生中継(3月8日、14日)、そして休館中の江戸東京博物館の展示生中継(3月10日)は、いずれも大きな反響を呼びました。

「東響は10万人以上、江戸博も2万人を超える視聴があり、予想をはるかに超える数でびっくりしました。多くの方から『すごく楽しかった』『よい取り組みだった』『ニコニコもいいことやるね』とほめていただきました。画面を流れるコメントの内容からみて、クラシックや美術にふだん触れていない人がたくさん見に来て、応援してくださったようです。それも嬉しかったです」

「東響の中継が盛り上がったのは、前日と当日に、びわ湖ホールがワーグナーの「神々の黄昏」を無観客で生中継したこととの相乗効果も大きかったです。クラシックや芸術に関心ある層が一気に動きました。両方をハシゴしてくださったファンも多かったようです」

配信の視聴者が10万人を超えた東京交響楽団の無観客演奏(8日、提供=ミューザ川崎シンフォニーホール)

―――東響も江戸博も、ドワンゴが業界への支援の一環として、制作費や中継費を負担しました。

「民間企業としてできる社会貢献の範囲は限られていますが、公共性が高く、歴史があり、文化的貢献度の高い取り組みは、儲けに直結しなくても、やはり多くの方に知ってもらうきっかけを作りたいです。オーケストラや展覧会は、その代表のような存在です。そして、こうした苦しい状況で頑張っているアーティストや学芸員の方々に少しでも力になれれば、と考えています」

「もちろん収益を度外視しているわけではありません。これをきっかけに、私たちのサービスの有料会員になってもらい、定期的に視聴してくださるようになれば、持続可能な取り組みも増えていくと思います。企業としてそういう狙いもあります」

真剣な表情で演奏の配信に臨むスタッフたち(提供=ミューザ川崎シンフォニーホール)

     1週間前、社長からの電話

―――どういうきっかけで配信が実現しましたか。

「うちの社長(夏野剛氏)が東響の理事をしており、配信の一週間前に急に電話がかかってきて、『東響が無観客での演奏を検討しているのだけど、それをニコニコで配信するってどうだ?』と(笑)。もともとは、お客様が入れられないなら、せめて録音して音源を発売しようという方向だったのです。夏野がそれを聞いて配信を提案した、というわけです」

「東響と、今回のもうひとつの主催者であるミューザ川崎シンフォニーホールの方々もとても積極的で、生配信の準備から、実施のためのさまざまな権利処理、確認を2、3日で進めてくれました。普通ではあり得ないですが、こういう非常時だからできたことですね」

「オーケストラの演奏の収録はとても高度な技術を要求されるのですが、録音を前提としていた経緯もあって、音響関係をその方面に熟達した専門の会社にお任せできたのも心強かったです」

     学芸員の熱意に圧倒される

「休館中でもネットを使って展示を見てもらいませんか、とニュースで呼び掛けてから即日、手を挙げてくれたのが江戸博の方々でした。『どうしても展示をたくさんの人に見てほしい』という熱意がすごく、こちらもこれは最初にやらねば、という気持ちにさせられました。玄人好みの内容(江戸ものづくり列伝)だったのですが、多くの方にご覧いただきましたし、配信を通してそうした学芸員さんの熱気が伝わって、視聴者が満足する結果になったのだと思います。番組最後のアンケートでは、98%の方が『とてもよかった』と評価してくれました」

学芸員の杉山哲司さん(右)の熱弁に、案内役の橋本麻里さん(中央)も思わず前のめりに(10日、江戸東京博物館で)

    オーケストラの団員もニコニコ

―――中継の舞台裏はどうでしたか。

「オーケストラの団員さんが、幕間に中継の画面をみて、『わ、こんなにコメントがたくさんついている!』『すごい視聴数だね』と、とても嬉しそうでした。無観客でも、ニコニコのコメントで視聴者の存在を感じてくれて、それが演奏の励みになってくれたとしたら嬉しいです。東響の2回目の中継(14日)の時は、指揮者の原田慶太楼さんが8日の公演の生放送を見て、視聴者へメッセージを送りたいと考えたのか、「アンコールは『上を向いて歩こう』にしよう!」と強く訴えて、そのとおりになりました。あれは本当に感動的でした」

「アンコールは、上を向いて歩こう、にしよう」と訴えた指揮者の原田さん(14日、提供=ミューザ川崎シンフォニーホール)

「美術館や博物館の学芸員さんはふだん、表に出てくることが少ないですが、中継すると圧倒されっぱなし、というのが正直なところです。とにかくその知識量、情熱、すごい、のひとことです。キュレーションという営みがいかに高度なものなのか、を実感します。『ニコニコ美術館』の配信を重ねるごとに、学芸員さんの姿を見せたい、という思いがどんどん膨らんできます。こうした視聴がきっかけになり、美術展や、その背後にいらっしゃる学芸員さんに関心をもってもらえたらいいですね」

「根が編集者。あまり表には出たくないのですが」と笑う高橋さん

―――今後の展開は

「美術展の問い合わせは50前後も来ていて、嬉しい悲鳴です。正直、予算も限りがあり(笑)、3月末までにあと5か所ぐらいできたら、というところです。とても面白くなりそうな配信が続くので、ぜひ見てください」

【高橋薫(たかはし・かおる)さん】 栃木県出身、38歳。大卒後、早川書房で編集・営業・広報などを経験。2012年にドワンゴに転じ、以来「ニコニコ生放送」で主にニュースや政治・言論の分野を担当している。好きな映画監督は押井守さん。

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