リポート 「白髪一雄」展 東京オペラシティアートギャラリーで

 

白髪一雄」展

2020111日(土)~322日(日)

東京オペラシティ アートギャラリー(東京・初台)

関西出身の美術家による戦後の前衛美術グループ「具体美術協会(具体)」(195472年)の中心的メンバーだった白髪(しらが)一雄(19242008年)の回顧展が東京・初台の東京オペラシティ アートギャラリーで開かれている。筆の代わりに自分の足などで描いたダイナミックな画風は、国際的な注目も集めている。絵画約60点をはじめ、立体作品やパフォーマンスの映像、素描、資料を加えた計約130点で構成されている。「具体」が関西系の団体だったこともあり、東京の美術館で個展が開かれるのは意外にも初めて。322日まで。他会場への巡回はない。

 関西発

兵庫県尼崎市の裕福な呉服商の家に生まれた白髪は、京都市立絵画専門学校(現・京都市立芸術大学)の日本画科で学び、やがて具体美術協会(以下「具体」)を創設した画家・吉原治良の知己を得て、1955年に同協会に加わる。

学生時代の素描など
卒業後の作品。家で店番をすることもあった白髪は、夜中の店内をモチーフに「妖家具」(中:1952年)などを描いた。シュルレアリスムの影響も感じられる

 

作品を最初から描き直すためにパレットナイフで絵の具を除いた際、白髪はえぐられた絵の具の形に興味を持ち、それをモチーフにした作品をつくり始める。

「文(あや)B」(右、1953年)など、削られた画面のイメージを模索した頃の作品

この時期の白髪の作品について、吉原治良は「まだ距離感があるね」と語ったという。遠近法的な構図にこだわる必要はない、という趣旨であろう。吉原の指摘は、白髪をさらに抽象的な取り組みへと導いた。

 「フット・ペインティング」へ

「作品」(1953年) 東京都現代美術館  吉原の指摘を受けて「構図」を排した作品

「構図」を排した「作品」(1953年)を描くにあたり、白髪は筆を用いず指で直接描いた。ほどなく指の代わりに足を用い、白髪の代名詞ともなる「フット・ペインティング」が生まれる。

「作品III」1954年 横須賀美術館  フット・ペインティングの最初期例のひとつ

以後、「フット・ペインティング」の作品が次々と生み出される。やがて、天井からつるしたロープにぶら下がり、絵の具を置いたキャンバスの上を滑走したり、板やヘラで絵の具を押し広げたりする画法で、ダイナミックな抽象作品を生み出した。

1960年代前半の「フット・ペインティング」の作品
「丹赤」 1965年 福岡市美術館  1960年代半ばからは、板やヘラ、ロール状の棒などを用いた作品が現れる。画面になめらかな色面の広がりが加わった

  

白髪が使用した「板」 スパイクのついた短い板(写真中段)を軸足に、長い板(同手前)を滑らせたという

 

ロール状の棒を足で押して描く白髪(会場のパネル写真)。冨士子夫人が支点を支えている。夫人は白髪の制作の重要なパートナーだった

 仏教への傾倒

白髪は60年代を通して仏教に興味を持ち、70年代に入ると比叡山延暦寺で得度(出家)して本格的な密教の修行に励んだ。仏を表すという円の形も現れる。担当学芸員の福士理(おさむ)さんは「密教関連の作品は白髪の本質にかかわる重要なポイント」と語る。

仏教に傾倒した70年代の作品。「凝縮された精神のエネルギーが、表現に反映されたかのよう」(福士さん)

モノトーンの「フット・ペインティング」も

70年代末から後は、再び「フット・ペインティング」が主体となる。ダイナミックな動きは変わらないが、瞑想を誘うようなモノトーン(単色)の作品も現れた。

1980年代半ばのモノトーンの作品

 

「游墨 壱」1989年 東京オペラシティーギャラリー  黒い線は日本の書の伝統を感じさせる

  

白髪、「具体」を問い直す

「具体=GUTAI」は、近年、あらためて国際的にも注目されており、2013年に米ニューヨークのグッゲンハイム美術館で「具体:素晴らしい遊び場」展、2015年は同テキサス州のダラス美術館で、白髪と「具体」の主要メンバー、元永定正(19222011年)の二人展「アクションと未知なるもののあいだ:白髪一雄と元永定正の芸術」、2018年にフランスのスーラ―ジュ美術館で「具体:空間と時間」が開かれた。「具体」が発足した1950年代にも、フランスのアンフォルメル(不定形派)やアメリカのアクション・ペインティングなど、国際的な新しいうねりとの関連で、海外の著名な批評家、美術館から関心を寄せられた。しかし、日本ではなかなか理解されず、「体当たり芸術」「偶然の思い付き」などと揶揄するメディアもあった。「具体」の作品が多く寄託された芦屋市立美術博物館は、阪神大震災(1995年)後の財政難の余波で、運営を民間に委託。古参の学芸員らが去り、同館の「具体」への理解・評価に疑念をもった作家、所蔵者の多くが寄託品を引き上げる事態を招いた。前衛芸術の国内的な評価の遅れを象徴する出来事とも言われる。

もっとも、2009年に白髪の郷里の兵庫・尼崎をはじめ、長野・安曇野、神奈川・横須賀、愛知・碧南などで白髪の個展が開かれ、2012年には東京・国立新美術館で「具体」の活動全体を紹介する東京では初の大規模な展覧会が開かれるなど、「具体」や白髪の歴史的評価を問う気運は醸成されてきている。現代アートの展覧会が幅広い関心を集め、増え続ける来日観光客も日本の美術に関心を寄せる今日、白髪の創作活動、さらには戦後の前衛美術を幅広くとらえなおす好機でもあろう。

 

初期の素描。このほかに写真帳、原稿なども展示されている。白髪が国際的に著名となった今、制作過程を知る資料は重要性を増している

 

収蔵品展「汝の隣人を愛せよ」 

1月11日(土)~3月22日(日) 東京オペラシティ アートギャラリー(4階 ギャラリー3&4)

同ギャラリーの寺田小太郎メモリアル・ギャラリー(4階、ギャラリー3&4)では収蔵品展「汝の隣人を愛せよ」が開催されている。加藤清美、池田龍雄ら現代作家の作品98点により、現代社会における相互理解や調和の難しさを考えさせる企画だ。今井麗(1982年生まれ)の小個展も併催されている。いずれも3月22日まで。

 

 

所蔵品展「汝の隣人を愛せよ」の入り口に展示されている「哀しき旅人その2」ほか加藤清美の作品

 

(読売新聞東京本社専門委員 陶山伊知郎)

 

 

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