リポート アート振興策をめぐる最近の議論

経済規模に比して美術品の取引が少ないと言われる最近の日本だが、美術市場の活性化を視野にいれた美術振興の気運が見え始めている。昨年開かれたシンポジウムを中心に最近の動向をふり返る。 

動き出した文化庁 

「文化で稼ぐ」という掛け声も聞かれる中、文化庁は日本の現代美術の海外発信に関する論点整理を行った上で、2018年、経済学者や美術館館長、コレクター、作家を集めてシンポジウムを開催。美術市場活性化の基盤ともなる「芸術品の評価」をテーマに議論し、課題を確認した。2019年3月には現代アート関係者の国際的ネットワーク構築を目指して、内外のキュレーターや研究者らを集め、日本の近現代美術の研究・鑑賞のための環境整備などを議論し、国際的な認識の共有を図った。

こうした積み重ねの上に、キュレーター、コレクター、評論家、文化振興機関の専門家などによる「日本現代アート委員会」が設けられ、日本の現代美術を国際的に議論し発信する「文化庁アートプラットフォーム事業」の推進体制が始動。

 

「日本現代アート委員会」座長の片岡真実・森美術館館長(当時副館長)と副座長(当時)の林道郎・上智大学教授 (2019年9月11日、東京・国立新美術館で開かれたシンポジウムにて)

 

9月には「グローバル化する美術界と『日本』:現状と未来への展望」と題したシンポジウムが開催され、同委員会の片岡真実座長、林道郎副座長(当時)が進行役となってヴェネツィア・ビエンナーレに参加した片山真理さん、久門剛史さんが体験談を語り、タカ・イシイギャラリー代表の石井孝之さん、タグチ・アートコレクションの田口美和さんが海外での自身の活動などを伝えた。

日本における情報や活力の乏しさという課題が浮かび上がるとともに、今後の美術振興についての議論がより具体性を帯びてきた。

昨年のヴェネチア・ビエンナーレでの体験を語る片山真理さん(右)。「掃除の女性が雑巾で作品を拭きそうになった」と片山さんが明かすと、久門剛史さん(左)も「入念に準備したが、計画通りにいかないことの方が多かった」と同ビエンナーレの「おおらかな」一面が紹介された。こうした経験談も後進作家には貴重な情報になるだろう

 

タカ・イシイギャラリー代表の石井孝之さん(左)とタグチ・アートコレクションの田口美和さん

続いて11月末から12月初旬にかけては、京都と大阪で国内外のキュレーターらが集い「グローバル化以降の現代美術」について報告、議論が行われた。文化庁が進めるネットワークづくりは軌道に乗り始めたように見える。

 

民間、ビジネス界の動き   

美術品収集への注目は、民間でも復活してきた兆しがある。

米非営利教育機関アジアソサエティ・ジャパンセンターは、11月、東京・六本木の国際文化会館でシンポジウム「美術市場の未来」を開催した。中国・上海のキュレーターや香港などで活躍するアートのアドバイザー、作家の名和晃平さん、同ソサエティの代表らがそれぞれの視点で美術界の課題などを語った。

弁護士でコレクターでもある同ソサエティのメンバーが「日本の役所に行って驚くのは、壁に何もかかっていないところが多い」と述べ、日本社会における美術への関心の低さを象徴的に示し、名和さんは日本では作家とコレクターを結ぶシステムが貧弱であることを指摘して「学生だった20数年前と、日本の状況は何も変わっていない」と停滞した状況を語った。

課題を明らかにしつつ「未来」の構築を急ぐ必要が浮かび上がった。

シンポジウム「アート市場の未来」で自身の経験を語る彫刻家の名和晃平さん。左は上海のキュレーター、ワン・ウェイウェイさん、右は香港やイタリアを拠点にアート関係のアドバイザーを行っているホイットニー・フェラーレさん (2019年11月18日、東京・国際文化会館)

 

12月には国際的に監査・保証業務を手掛けるデロイト・トーマツ・グループなどが、東京都内で美術品収集、アートを活用した新たな事業展開をテーマにシンポジウムを開いた。美術品購入に関心を持つ法人等を対象にリスク管理や税金・保険問題、規制対応、テクノロジーなどについて助言を行う同グループの「アート & ファイナンス」事業のPRを兼ねた催しだ。国内外における美術品等ぜいたく品の市場の分析、日本の美術市場拡大の展望が語られたほか、まもなく始動するEU(ヨーロッパ共同体)のマネーロンダリング対策についての注意喚起など実務的な指摘も。なお、同グループは美術品そのものの真贋や価値評価には関わらず、事業のサポートに専念するというスタンスだ。

 

議論の展望

現代作家の活動を盛り立てていくために、美術品への関心を喚起し、美術市場を活性化させるというサイクルは重要だ。ただ、美術品を不動産と同様の投資対象として位置付ける方向に傾斜しすぎると齟齬も生じる。つまり、芸術作品の現場においては「作品を作っているときに売れるかどうかは考えていない」(名和さん)という、商取引とは縁遠い行動原理があり、それが芸術ならではの価値を生む側面もあるからだ。

まず日本の現代美術そのものに焦点を当て、制作現場に近い問題を国際的な広がりの中で議論していこうという文化庁の取り組みは、批評の活性化やアーカイブ整備、市場育成を含めた基盤づくりとして重要だ。ただし、継続的、長期的に進めなければ成果は覚束ない。現在の取り組みは5年計画というが、国際水準の議論を着実に、さらに息長く進めていくことが求められるだろう。

(読売新聞東京本社事業局専門委員 陶山伊知郎)

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