リポート 日本の抽象絵画の先駆者、坂田一男の個展 東京で開催中

日本の抽象絵画の先駆者と言われる画家、坂田一男(1889~1956年)の個展「坂田一男 捲土重来」が東京・丸の内の東京ステーションギャラリーで開かれている。造形作家で精緻な美術史研究でも知られる岡﨑乾二郎さんが監修を務め、断片的にしか知られていないこの画家の全貌に迫り、真価を問う展覧会だ。個展は首都圏では約60年ぶりで、東京展は来年126日まで。

 展示は、岡﨑さんの考えにそって行われ、展覧会自体があたかも岡﨑さんの作品というおもむき。配置は、作品の縦横比、額縁と画面のサイズ差、作品の背景となる壁面の高さと幅、床から画面の距離などを計測しながら練られたという。隣り合う作品との関係も重要な要素だ。人間にとって美しい比率とされている黄金比を参照したところもある。画家が事物を描く時のように、位置ひとつひとつに岡﨑さんの作家としての研ぎ澄まされた感覚と思考が反映されている。

2階第2室の正面の壁=写真=には、横長の矩形が積み重ねられたような作品が並び、船の形が交じっているせいか、全体に水平線を思わせるイメージが浮き上がった。作品のイメージを決定づけている線がそろうと統一感や安定感が生まれる、と岡﨑さんは説く。 

©若林勇人

 

積み重なるように描かれた横長の矩形には、それぞれ異なる時間の情景が反映されている、と岡崎さんは読み取る

 作品のキャプション(説明板)の位置が極端に低いのは、作品の間の水平方向の意識の流れをキャプションで妨げないためだろう。もっとも坂田の作品は、没後に「デッサン」「エスキース」「コンポジション」などと便宜的に名付けられたものが多く、キャプションは必読というわけではなさそうだ。

 

岡山出身の坂田は1921年に32歳で渡仏する前、東京の川端画学校で洋画家・藤島武二らに学んでいた。このころの作品が1点、展示されている。うねりを感じさせる肉体描写が印象的だ。

「デッサン・裸婦」1917年頃 個人蔵

 

パリ時代の初期はキュビスム的作品が多く、坂田の「注目作」はこの時期に集中しがちだ。西欧の前衛芸術を自らの表現形式として消化した先駆者としての評価だろう。公立美術館の所蔵作品が目立つ。

「キュビスム的人物像」(右端:1925年 岡山県立美術館蔵)ほかキュビスム的人物像の作品。坂田はいちはやくキュビスムを消化した日本人画家として位置づけられている

 

パリで師事したフェルナン・レジェとの関わりで語られることも多い。

フェルナン・レジェ「緑の背景のコンポジション」(左:1931年、愛知県美術館)と坂田一男「女と植木鉢」(右:1926年、兵庫県立美術館) 作品に見入る岡﨑さん(左)と東京ステーションギャラリーの学芸員、成相肇さん

坂田はレジェに師事したが「レジェとは異なる」と岡﨑さんはいう。シンプルな白地に図像を載せたようなレジェの画風に対して、坂田の作品には地の部分に密度や圧力が感じられ「詰まった」おもむきだ。事物と事物の関係によって空間は次々に変わっていくことを確かめ、展開しているかのようだ。

 

画壇での成功を求めず孤高の道を歩んだとされることの多い坂田だが、パリではサロンでの当落に一喜一憂する様子が家族への手紙からうかがえる。認められることを拒絶したのではなく、日本の画壇の体質に対する抵抗感、距離感が帰国後の孤立をもたらしたのだろう。故郷の岡山にアトリエを構え、その後、東京に出向いたのは2,3度に過ぎないといわれる。

  

坂田と接点、共通点のあった画家・彫刻家の作品も目を引く。3階の最後の部屋には、ド・スタール、モランディ、コルビュジエ、若林奮、数少ない友人だったとされる坂本繁二郎の作品が、坂田の作品と並んだ。一見穏やかなモランディの静物は、岡﨑さんの言葉を借りれば「拒絶」をはらんでいる。若林奮の像も内部に何かが充満している気配がある。様々な角度から、坂田の作品と重ね合わせて、図像の共通性、コンセプトの重なりなどを感じ取ることが出来そうだ。

ル・コルビュジエ「ニレ」(左: 1928年、個人蔵)、坂田一男「コンポジション」(右: 制作年不詳、個人蔵)、若林奮「港に対する攻撃II」(手前:1968年、WAKABAYASHI STUDIO)

 

右からジョルジョ・モランディ「茶碗のある静物」(1954年、個人蔵)、坂本繁二郎「植木鉢」(1958年、個人蔵)、坂田一男の素描4点、若林奮「無題(カンニバル)」(1967年、gigei10) この部屋では油彩、素描とも通常より低い位置に展示されている。若林の彫刻作品との関係を考えた上での配置だろう

 

モランディ「茶碗のある静物」の右にはニコラ・ド・スタール「三個のリンゴ」(1952年、個人蔵) 作品同士の関係をどうとらえるかは、見る者ひとりひとりに委ねられている

 

展覧会の準備中に発見があったという。「謎だらけの作品が出てきた」のだ。

「タイトル不詳」(1926年11月13日、個人蔵) 目が慣れてくると、左下から右上に向かう家並みが浮かび上がってくる。「謎が多い」と語る岡﨑さん

 

 この「タイトル不詳」作品は一見、墨を掃いたような抽象的な作品だが、よく見ると墨の部分に川沿いの家並みが丹念に描かれており、それが墨で周到に塗りつぶされているようなのだ。墨の面に後から家並みを描きこんだ可能性もゼロではないが、いずれにせよ失敗作を塗りつぶしたという類いの粗雑さはない。

塗りつぶした、あるいは墨の面に家並みを描きこんだ理由も目的も見当がつかない。1926年の日付が家並みを描いた時なのか墨を塗った時なのかもわからない。岡﨑さんは坂田の特徴のひとつである「異なる時間の重なり」を見出すという。

知られざる先駆者・坂田一男の造形的な試みを一望できる展覧会だが、新たな謎を提供することにもなった。

 

東京展開幕後の1214日、岡﨑さんは鎌倉市商工会議所で「反復する世界大戦と抽象」と題して講演。両大戦間の日本における抽象美術の展開を論じた。抽象芸術は、技術(テクノロジー)の獲得による新しい感覚を通して生成された一面があることを指摘。言葉による思考だけでは実現できない表現であるとして、坂田と同時代の画家、吉原治良、長谷川三郎らの功績にふれつつ、「坂田はさらに高い水準にまで踏み込んでいたのではないか。勇気づけられる」と述べた。

 

講演する岡﨑さん。神奈川県立近代美術館・連続講演会「「近代」と対話する。」第5回 「反復する世界大戦と抽象」(2019年12月14日 鎌倉商工会議所会館)で。

          

こうした認識の元に、岡﨑さんが坂田の創作に洞察を加え、構成した「坂田一男展 捲土重来」。口当たりは甘くないが、歯ごたえ十分の展覧会だ。

 (読売新聞東京本社事業局専門委員 陶山伊知郎)

 

坂田一男 捲土重来 

2019127日(土)~2020125日(日) 東京ステーションギャラリー(東京・丸の内)

2020218日(火)~322日(日) 岡山県立美術館

 

岡崎さんの個展も開かれている。

「岡崎乾二郎 視覚のカイソウ」展 

20191123日日(土)~2020224日(日) 豊田市美術館

 

 

直前の記事

新着情報一覧へ戻る