リポート2 「大浮世絵展」 写楽を見比べる

喜多川歌麿、東洲斎写楽、葛飾北斎、歌川広重、歌川国芳というスター絵師5人の代表作を国内外から集めた「大浮世絵展」が、東京・両国の江戸東京博物館で開催され、話題を集めている。来年1月19日まで。展示替えがある。(開幕時のリポートはこちら)
東洲斎写楽のコーナーは、会期中にデビュー作28点の内27点が登場するとあって注目の的。特に同じ図柄の異なる摺りを見比べられるのはこの展覧会ならではの醍醐味だ。同博物館の学芸員・小山周子さんに展示中の4つの「ペア」について見どころをを挙げてもらった。
◆「4代目松本幸四郎の山谷の肴屋五郎兵衛」

シカゴ美術館の作品には江戸東京博物館(以下、江戸博)の作品にはない紫色が重ねられているように見える。江戸博の作品を摺った後に、紫を加えてみたのか、まずシカゴ作品を摺って、続く江戸博作品では紫を落としたのか。摺りの順序は記録がなく明らかではないが、写楽の探求心を想像させて興味深い。
細部にも違いがみられる。たとえばシカゴ作品には目の周りに赤い隈取りが描かれている。



着物の図柄にも微妙な違いがみられる。

「江戸博作品では青の版が省略されたのだろう」と小山さんは推定する。シカゴ作品だけで使われた可能性のある青の版では、写真の三角形状の輪郭線に屈曲がほどこされていたことになる
◆「初代市川男女蔵の奴一平」
米メトロポリタン美術館とベルギー王立美術歴史博物館の作品が並んだ。

メトロポリタン美術館の作品は色の保存状態がとりわけ良好だ。まず目を引くのは衣の紅色だろう。摺りたてたばかり、と錯覚させるほど。

左あごからもみあげにかけて、髭の剃り跡が青く描かれている。青は露草を搾った汁で作られたと考えられるが、退色しやすく、この色が残る例は極めて珍しいという。


刀の束の色も違う。


違いは色だけではない。ベルギー王立美術歴史博物館の作品には、左耳の上の髪の描写に見られるように、より細やかなキレが感じられる。さらに刀を握る右手首には、メトロポリタン美術館作品にはない点線状の線が見られる。
ここにあげた2点は、ほぼ同時期に摺られたと思われるが、ベルギーの方が早い段階の摺りで、摺り重ねていく間に点線状の線の部分が版木から滅失してしまったと想像される。制作当初の意図を示すとともに、制作過程のハプニングを想起させるペア展示となった。
◆「4代目岩井半四郎の重の井」
メトロポリタン美術館とボストン美術館からの2作品。ここでは色や形のニュアンスの違いを超えて、まったく異なる部分がある。落款(らっかん=署名)の位置が違うのだ。

メトロポリタン美術館の作品では落款は右上にある。

ボストン美術館の作品(下)では判読しにくいが、左下に落款がある。

最初にあげた「4代目松本幸四郎の山谷の肴屋五郎兵衛」の場合と同様、寒色系の色の版の有無が違いを際立たせている。ここではボストン美術館の作品にだけ紫が重ねられ、帽子(野郎帽子)や袖などに紫が認められる。

まず紫を使用して後にやめたのか、その逆かは分からないが、いずれにせよ、色の選択には写楽の意向が反映されているに違いない。
◆「2代目沢村淀五郎の川連法眼と初代坂東善次の鬼佐渡坊」
仏ギメ東洋美術館とシカゴ美術館の作品が並んだ。

いずれも雲母(きら)摺りの美しさが魅力。味わうには下から見上げるのがコツのようだ。

このペア作品には、写楽の関知しない違いがある。ギメ東洋美術館作品には後の所蔵者により役者名が書き加えられているのだ。研究者の間では「落書き」と呼ばれている。

海外流出した名品が集まり、「これだけのラインアップをそろえた展示は過去にない」と監修者の浅野秀剛・国際浮世絵学会理事長は太鼓判を押す。今後も展示替えが続き、同図作品の新しいペアも登場する予定だ。さまざまな写楽作品の「対決」を楽しみ味わえる千載一遇のチャンスといっても過言ではなさそうだ。
(読売新聞東京本社事業局 専門委員 陶山伊知郎)
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大浮世絵展―歌麿、写楽、北斎、広重、国芳 夢の競演
2019年11月19日(火)~2020年1月19日(日) 江戸東京博物館
2020年1月28日(火)~3月22日(日) 福岡市美術館
4月3日(金)~5月31日(日) 愛知県美術館