リポート ゴッホの言葉とともに見る「ゴッホ展」 東京・上野の森美術館で開催中

「炎の画家」とも呼ばれるフィンセント・ファン・ゴッホ(1853~90年)の初期から晩年までの歩みを追う「ゴッホ展」が東京・上野の森美術館で開かれている。
ゴッホは激しい筆致と鮮やかな色彩による作品で知られるが、わずか10年ほどの画家生活の間に、故国オランダの「ハーグ派」やパリで見た「印象派」など、さまざまな美術に出会い、それらの影響を受けつつ独自の画風を築いた。初期のまだ筆遣いがぎこちない頃の作品から糸杉、麦畑などの代表作まで油彩・素描など40点を、ゴッホに影響を与えたと思われる当時の美術作品約30点と共に紹介し、ゴッホが「炎の画家 ゴッホ」とるまでの足跡をたどる企画だ。
最初期の作品やハーグ派の作品は、日本ではこれまで十分に紹介されたことがなく、ゴッホの原点のひとつを伝えるものとして注目される。2020年1月13日まで。その後、兵庫県立美術館に巡回する。
作品とともに紹介されているゴッホの言葉とともに、展覧会の流れをたどってみよう。
「農民の暮らしのすべてを観察して描くよ」



「誠実にやれと諭してくれたのは他ならぬマウフェ自身だった」 ~ハーグ派の画家たち~
マウフェはゴッホの遠戚にあたり、山野や水辺を詩情をまじえて描写したハーグ派の画家。ゴッホは画家を志した後、マウフェに教えを請い、ハーグ派の他の画家とも交流した。


「作業中の農民の姿を描くこと」
ゴッホはよく農民を描いた。ひとりひとりに目を向け、大地で働き、身を寄せ合って暮らす姿をとらえている。生活の場の片隅にある食べ物や生活用具も題材となった。1884年頃からは油彩による大作に取り組み、新たな一歩を踏み出した。


「ああ、クロード・モネが風景を描くように人物を描かなければ 僕は印象派が何なのかすらわかっていなかった」
1886年2月にゴッホは弟テオを頼ってパリに出た。約2年のパリ滞在中に印象派や日本の浮世絵などとの出会いを経て、明るい色調が現れる。




「太陽にさらされながらとにかく仕事をしよう」
1888年に移り住んだ南仏アルルで、ゴッホの色と筆遣いは大胆になり「ゴッホらしさ」がはっきり現れる。南仏の明るい陽光が「ゴッホ」を開花させたかのようだ。


「そうだ僕は絵に命を懸けた」
ゴーギャンとのいさかいで自らの耳を斬り落とすなど、ゴッホは精神的に不安定さを増すが、同時にゴッホらしさも研ぎ澄まされ、糸杉や花、夜空を描いた名作が次々と生まれた。
「命を懸けた」という言葉は、自身の道にゴッホが確信を得たことを物語っているようだ。

ハーグ時代などゴッホの知られざる一面にふれつつ、糸杉などゴッホらしさも堪能できる味わいのある展覧会だ。
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10月11日 (金) 〜 2020年1月13日 (月・祝) 上野の森美術館(東京・上野公園)
2020年1月25日(土)~3月29日(日) 兵庫県立美術館
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