「漢籍ルネサンス」を目指して ~特殊文庫 連携企画~

 

 

五文庫連携展示

特殊文庫の古典籍 ―知の宝庫をめぐり珠玉の名品と出会うー

五島美術館・大東急記念文庫、東洋文庫ミュージアム、慶応義塾大学附属研究所・斯道文庫、静嘉堂文庫美術館、神奈川県立金沢文庫

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東京・神奈川にある5つの「特殊文庫」(古書籍、古文書などを所蔵する研究・公開機関)が連携し、大陸文化を伝える中国の書物、漢籍(かんせき)や漢字の成り立ち、国内の古典など東洋の英知に触れる企画展をそれぞれ開催。共通チラシを作り、スタンプラリーを実施するほか、各文庫の研究者らが特殊文庫の歩みなどを論ずる「書物学第16巻 特殊文庫をひらく」も出版される。(勉誠出版、2019年7月発行予定)

 

今回の連携は東京・上野毛の五島美術館内にある大東急記念文庫が江戸時代の書誌学の頂点ともいわれる『経籍訪古志(けいせきほうこし)』とその影響に焦点をあてた「書誌学展」を開催するのを機に始まった。もともと文献の保存と公開利用の文化的使命を達成するために「特殊文庫連合協議会」が1958年に設立されていたが、2017年に解散。「緩やかな」連携をしようと5文庫が手を結んだ。英語を共通語とするグローバル化が進む中で、近世まで海外文化の象徴のひとつだった漢籍に目を向けた新鮮な企画だ。

 *書誌学  内容、表紙、綴じ方、紙質、大きさ、一頁の行数や字数、印、書入れなど様々な観点から査定し、制作時代や成立事情などを解明する学問

  

大東急記念文庫(以下、大東急)では6月22日に「書誌学展I」、静嘉堂文庫美術館(東京・世田谷区岡本)では「書物にみる海外交流の歴史~本が開いた異国の扉~」が始まった。慶応義塾大学附属研究所・斯道文庫(東京・田町)は、6月28日まで「本の虫、本の鬼」と題して大名家、学者、財界人などの収集品、蔵書印などを紹介。東洋文庫ミュージアム(東京・本駒込)では、漢字文化をテーマに古今の文書、書籍などを集めた「漢字展―4000年の旅」展が、9月23日まで開かれている。神奈川県立金沢文庫(横浜市金沢区)では「特別展 東京大学東洋文化研究所 × 金沢文庫 東洋学への誘い」が7月20日に開幕する。

 

「本の虫 本の鬼」展(慶応義塾大学アート・スペース、図書館展示室)は6月28日まで

 

 連携企画ならではの同時展示

同じ書物の写本を各文庫でみられるのも連携企画展の売りだ。大東急と東洋文庫では、国宝『史記』(いずれも平安時代の写本)が同時期に公開されるほか、古代中国の詩文を集めた 『文選(もんぜん)』の写本(金沢文庫=国宝、大東急)と刊本(東洋文庫)、『荘子』の注釈書『南華真経注疏(なんげしんぎょうちゅうそ / なんかしんけいちゅうそ)』の写本(大東急)と刊本(静嘉堂文庫、金沢文庫)などが各文庫で並行して展示される。連携企画ならではのそろい踏みだ。

 

『国宝 史記 秦本紀』 司馬遷撰 紀元前97年 12世紀(平安時代)書写  東洋文庫ミュージアムで9月23日まで公開中
国宝『史記 孝景本紀』 司馬遷撰 前漢 延久5年(1073年)写 五島美術館・大東急記念文庫で7月15日まで公開中

 

筆談 ~国際交流の最前線~

斯道文庫と大東急は、明治時代に来日した中国の学者との間で交わされた筆談ノート『清客筆話』を展示。筆談資料は、「中国で筆談研究のブームが起きている」(堀川貴司・慶大教授=国文学)といわれるほどの隠れた人気資料で、展示される筆談記録は、客を示す「ウ(ウ冠)」と、主人を示す「`」を区切りとして書き連ねられ、国際交流の最前線の模様を生き生きと浮かび上がらせる。

 

(上下とも)『清客筆話』 1880年(明治13年)に来日した楊守敬ら「客」と森枳園ら「主人」との筆談記録。書誌の批評、売却希望に関するやりとりなどが記されている。いずれも慶応義塾大学附属研究所斯道文庫蔵  上図は慶応義塾大学アート・スペースで6月28日まで、下図は五島美術館・大東急記念文庫で8月4日まで公開。

  

江戸時代書誌学の最高峰

大東急の「書誌学展I」の中心となる『経籍訪古志』は、江戸後期の町人学者、狩谷棭斎(かりや・えきさい:1775~1835年)らの研究、収集をもとにまとめられた漢籍の目録・解説書。門人の森枳園(もり・きえん:180785年)、渋江抽斎(しぶえ・ちゅうさい:180558年)らが編纂した。1856年(安政3年)頃に完成し、中国にも紹介され、知識層に驚きをもって迎えられた。中国ではすでに失われた古典が、日本に伝存していることが明らかになったためだ。

『経籍訪古志 第三稿本』 安政2年(1855年)頃写 四巻二冊合一冊  五島美術館・大東急記念文庫で8月4日まで公開。

 

日本が紹介した中国の「失われた古典」

清朝末期の学者で書家としても名高い楊守敬(よう・しゅけい:1839-1915年)は、1880年(明治13年)に来日し、4年間の滞在中に古典籍の研究、収集に努めた。楊が持ち帰った蔵書は、没後、清を継いだ中華民国政府に買い上げられ、現在、台湾の故宮博物院や国立中央図書館などに蔵されている。楊は日本に中国・南北朝時代の書の拓本などを紹介し、日本の近代書道に大きな影響を及ぼしたことで知られるが、日本から中国に「失われた古典」をもたらしてもいたのだ。

『経籍訪古志』で紹介されている漢籍や関連資料は、他の文庫の展示でも見ることが出来る。

  

漢籍ルネサンス?

五文庫の連携の裏には、大東急記念文庫の学芸課長の村木敬子さんが、同文庫70周年記念として考えていた「書誌学展」を元に、東京近郊で収蔵資料に共通性があり定期的に展示を行っている文庫に、あらたな連携を提案したことがある。特殊文庫連合協議会の解散を経て、「別れて気づいた」と言うわけでもないが、せっかくの繋がりが無になるのを惜しんだという。すると「国宝『文選』を展示します」(金沢文庫)、「国宝『史記』が展示予定に入っています」(東洋文庫)などと好反応を得て、「漢籍を含む展示」をコンセプトに「ゆるやかな連携」が実現した。

 

                                                                            

明治時代以降、日本は雪崩のように押し寄せる西洋文明に向かい合ったが、根底には漢籍などによって育まれた独自の価値体系があった。一連の展覧会は、日本文化における漢籍の存在感や、漢籍研究に果たした文庫の役割を見直すよい機会となることだろう。

(読売新聞東京本社事業局専門委員 陶山伊知郎)

 

 

五島美術館・大東急記念文庫(東京・上野毛)

大東急記念文庫創立70周年記念特別展示

書誌学展I 経籍訪古志の名品を中心にー国宝「史記」をはじめとする漢籍―

2019622日(土)~84日(日)

書誌学展II 近代そして現代へー嵯峨本、五山版の名品と古辞書―

2019831日(土)~1020日(日)

 

東洋文庫ミュージアム(東京・本駒込)

漢字展―4000年の旅

2019529日(水)~923日(月・祝)

 

慶応義塾大学図書館展示室、アートセンター(東京・三田)

センチュリー文化財団寄託品展覧会

本の虫・本の鬼

201963日(月)~28日(金)

 

静嘉堂文庫美術館(東京・世田谷区岡本)

書物にみる海外交流の歴史~本が開いた異国の扉~

2019622日(土)~84日(日)

  

 

 

神奈川県立金沢文庫(横浜市金沢区)

特別展 東京大学東洋文化研究所x金沢文庫 東洋学への誘い

2019720日(土)~916日(月・祝)