美術品を守り、ふやし、生かす③ ~文化庁シンポジウムから~ + 文化庁主催「日本現代アートサミット」

美術品を守り、ふやし、生かす③
~文化庁のシンポジウム「芸術資産をいかに未来に継承発展させるか」から~
■アーカイブ構築
美術品の資産価値を維持・向上させるアーカイブ
美術品の価値を高めるのは、その作品がどのように作られたかなど、資料の肉付けも不可欠だ。そのためには、文書、写真、映像も含め、美術に関する資料がどこに保存されているかを把握することがとても重要だ。
池上裕子さん(神戸大学大学院准教授)によると、美術アーカイブ(資料収集・保管・活用機関)が一番充実しているのはアメリカで、アジアも21世紀に入って香港、韓国、シンガポールが力を入れ始めた、という。
日本には慶応義塾大学アートセンター(1993〜)、国立新美術館アートライブラリー (2007〜)、大阪中之島美術館準備室具体アーカイブ(2015〜)などがあるが、その内容や質の点でずっと遅れている。

資料には、研究者が論文を書くための1次資料としての価値だけでなく、展覧会の展示物として制作の背景や環境を伝え、作品の価値を補強する役割もある。
池上さんは近年、真喜志勉(まきしつとむ:1941〜2015年)という沖縄の画家の資料を新たに発見し、それをもとに書いた論文が国際的に注目されたという。しかし、その資料もまだ受け入れ先が決まっていないため、他の研究者が活用することもままならない。
「資料が公開されないと研究は進展しない。より多くの人が資料にアクセスし研究できる環境が必要だ」と訴えた。
日本のアーカイブ資料は各地に点在し、何がどこにあるかさえ分からないのが実情。池上さんは、資料の所在情報の開示と、資料の概要・目録・利用方法の公開、資料のデジタル化と海外発信などについて速やかに行動をおこす必要がある、と指摘した。
触媒としてのアーカイブ
埼玉県立近代美術館の館長で、美術大学の学長も務め、各国で開かれる国際美術展にも詳しい建畠晢(たてはた・あきら)さんは、美術館と大学の役割の視点でアーカイブの問題を論じた。

独カッセルで原則として5年に一度開催される国際美術展「ドクメンタ」では、美術品の展示のほかに、関連の映像やオブジェなどの資料が、収蔵庫を見せるような形で並び、半分くらいが資料展示という印象を受けたという。
他の国際美術展でもアーカイブの存在感が増していると報告し、「一過性の流行かもしれないが、アーカイブというものに資料としての機能と、創造の触媒としての機能が見られる」と指摘した。
アーカイブセンターの設立を
シンポジウムの進行役を務めた圀府寺(こうでら)司さん(大阪大学大学院教授)は、美術アーカイブが作家と美術品の価値を高めると指摘。ゴッホの名声は、没後の書簡の出版・公開が関心を呼び、小説、映画など二次創作も生まれて、世界中に広がったことで高まったのを例に挙げ、「日本の美術についてもやるべきことは基本的に同じだ。美術関係資料を散逸しないようにし、常時受け入れる窓口を作り、整理し、世界に公開する」と述べ、アーカイブセンターを設立することを求めた。
■作家の視線
変わる「宝」のあり方
唯一、アーティストとして参加した鴻池朋子さんは、制作の意図や過程をアーカイブすることも作品の価値を支え、発展させるとした。

さらに、作品に価値を与えるものとして、美術館や美術家の営みを一般の人々にもオープンにして、「人々が、自分たちの美術館の意味や存在理由を考え、共有する場になればよい」と述べた。
「これが美術館なのか、こうやって展覧会ができるのか、これは美術じゃないのでは、といったことを、普通のおじさんおばさんが話せるようになるとよい」という。
実際、鴻池さんは東日本大震災後に「根源的暴力」という個展を開いた(2015年10月24日~11月28日 神奈川県民ホールほか)。その時に作品を民俗学者や考古学者、芸術人類学者などに見てもらったが、「異分野の空気にさらされて、摩擦を起こし、ダイアログが生まれた。美術に関係ない人の感覚の中で言語化されることで、芸術は社会性を帯びる」と述べた。
■新しい発想を
シンポジウムを通じて、芸術資産を継承するには多くの課題があることが浮き彫りになったが、圀府寺さんはまとめとして、美術や美術館に関するシステムを全体として見直し、新たな構築を考える時期が来ていると語った。
たとえば、美術館のコレクションはいったん収蔵したら売却や交換を行わないという考え方が根強い。しかし美術館の中には、必要とする作品を手に入れるため、収蔵作品の交換を望む声も出ていることを紹介し、長期の貸し出しや交換も検討してよいのではないかと述べた。
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シンポジウム終了後の「参加者交流会」では、「具体的で目標がはっきりした」「発表者の切実な思いが伝わってきた」という声が聞かれる一方、「美術館に余力のない中、だれに何ができるのか」と予算・人員の問題を指摘する学芸員や、「減価償却の法改正で購入が増えた実感はない」というギャラリー経営者もいた。
芸術資産の価値を国民レベルで認め、制度改革につなげる「大きな物語」(圀府寺さん)を描けるかどうか。国民的な議論が必要で、これからが正念場だろう。
参考資料:「世界と日本の主要なアーカイブ」(圀府寺さん提供)
(おわり)
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文化庁主催「日本現代アートサミット」開かれる
文化庁は、シンポジウム「芸術資産をいかに未来に継承発展させるか」に続き、国内外からキュレーター、アーキビスト(資料収集・管理者)、批評家、研究者ら約40人を招聘して、日本の現代美術の現状や展望を議論する初めての「日本現代アートサミット 2019」を、3月19~21日の3日間にわたり東京都内で開いた。
サミットは、国際的なネットワークづくりなど日本現代アートの浮揚策として企画され、2023年までの5年間、継続して開催することを予定している。
初回となる今回は「トランス/ナショナル:グローバル化以降の現術を語る」をテーマに、近現代の日本美術の再評価、展覧会の事例報告、アーティストのプレゼンテーションなど多岐にわたる発表、討論が行われた。
19日と21日の夜には、1980年代以来、戦後日本の前衛美術に着目して欧米などで展覧会を開いた講師による講演会(キーノートレクチャー)が一般公開され、計約270人が参加した。19日は、アレキサンドラ・モンローさん(米ソロモン・R・グッゲンハイム美術館 アジア美術部門サムソン上級キュレーター)が、21日にはデヴィッド・エリオットさん(元オックスフォード近代美術館館長、元森美術館館長、現中国・紅専廠副館長兼シニアキュレーター)が、手掛けた展覧会の成り立ちや、欧米における日本の現代美術の理解の変遷などについて語った。

デヴィッド・エリオットさん
企画構成に携わった片岡真実さん(森美術館副館長兼チーフキュレーター)は、「日本のアーティストが世界で取り上げられるためには、日本でアーティストに出会ってもらい、仲介者となる日本のキュレーターとつながってもらうことが大事だ。参加者の反応に手ごたえを感じたが、今後の継続が重要」と成果と課題を述べた。
次回の具体的な予定は決まっていないが、日常業務に追われがちな日本のキュレーターに、グローバルな議論に参加し、発信する機会を提供するだけでも意味は小さくない。今後の展開が注目される。
(読売新聞東京本社事業局専門委員 陶山伊知郎)