「美術品を守り、ふやし、生かす」① ~文化庁シンポジウムから~

「美術品を守り、ふやし、生かす」① ~文化庁シンポジウム「芸術資産をいかに未来に継承発展させるか」から~
芸術資産の保全、収集、活用などをテーマにした文化庁主催のシンポジウム「芸術資産をいかに未来に継承発展させるか」が3月16日、東京・国立新美術館で開かれた。昨年11月、美術品などの評価に焦点を当てて開かれたシンポジウム「芸術資産『評価』による次世代への継承」の続編。パネリストは、 圀府寺(こうでら)司(大阪大学大学院文学研究科教授・西洋美術史)、岩井希久子(絵画保存修復家)、小松隼也(弁護士、コレクター)、池上裕子(神戸大学大学院国際文化学研究科准教授・現代アメリカ美術)、鴻池朋子(現代アーティスト)、建畠晢(埼玉県立近代美術館館長)の6氏。
今回は「保存修復」「コレクター形成と寄付税制」「アーカイブ(資料収集・保管・活用機関)の充実」の3点に大きくテーマを絞り、必要な施策をより具体的に求める内容となった。
議論の内容を、テーマごとに3回に分けて報告する。
■保存修復
修復家が少ない日本
シンポジウムでは、まず進行とまとめ役の圀府寺さんが、文化先進国と呼ばれる国々では、美術館ごとに常駐の修復家がいるが、日本では西洋美術を扱う常駐の修復家は、国公立美術館全体でも数人にすぎないと指摘。堅牢に見える油彩画でも劣化は起こり、適切な処置を行わなければ貸し出しや展示が出来なくなり、活用が難しくなる。
「サッカーで例えれば、ワールドカップに臨もうとしているのに、チームドクターがいないようなものだ。修復家の常駐、ないしは定期的なチェックを義務付けなくてはならない。保存修復体制の整備は寄付促進にも資する」と述べた。

絵は生きもの
これを受けて、絵画保存修復家の岩井希久子さんは、国内外での豊富な経験をもとに、修復によって作品が蘇り、価値が高まることを説いた。

『モネ、ゴッホ、ピカソも治療した絵のお医者さん 修復家・岩井希久子の仕事』(美術出版社、2013年)の著作を持つ、岩井さん。彼女の名前を知らしめたのは、香川県・直島の地中美術館の開館(2004年)に当たり、作品の修復だけでなく展示方法にも新たな風を送ったことだ。
同館が誇る作品の一つ、モネ「睡蓮」は描かれた時の状態が保たれた稀有な作品。そこで、作品そのものの処置は最少限にとどめ、温度や湿度を調整した空気を入れて密閉する「隔離密閉」で額装した。このように裏打ちなどをせず、オリジナルな状態を生かす展示は、資産の継承という意味では重要だ。
こうした手法は、福島、熊本などの被災地でも生かされた。損傷を被った作品に、菓子の脱酸素剤にヒントを得て開発した「脱酸素密閉」を施し、修復を待つ間、劣化が起こらないようにした。
岩井さんは、「美術作品は動植物と同じで、面倒を見る人がいないと加齢や病気で衰えてしまう」と述べ、美術館に収蔵されていても「額装された作品は温度変化により結露し、カビが生えることがある。光に晒せば必ず退色する。経年劣化によるキャンバスの破れ、ニスの黄変、乾燥した木枠の変形など、危険は常にある」と修復保存の必要性を強調した。
保存修復センター設置を
海外の美術館では保存修復部門が独立して設けられ、科学的研究、情報発信も行っている。保存修復のスペシャリストを育てるには、医師と同様にインターン(実地研修)が欠かせないが、日本にはそうした場も機会もほとんどない。
これらの状況を踏まえ、圀府寺さんと岩井さんは、人材育成も担う、総合的な保存修復センターの設置を強く求めた。
(つづく)
(読売新聞東京本社事業局専門委員 陶山伊知郎)