「日本史王」本郷和人のアート入門!第7回 特別展「東福寺」(後編) 明兆はいつか歴史の教科書で太字になるかな?

「日本史王」本郷和人です。僕は30年以上、『大日本史料』第5編の編纂をしてきた歴史研究者です。前編に続いて、東京国立博物館で開催中の特別展「東福寺」です。案内してくれた美術史を専門とする東京国立博物館研究員の高橋真作さんとの会話もますます盛り上がりました。(前編はこちら)
禅宗が実力主義から門戸主義へ移る狭間で
前回、僕は、鎌倉時代に日本に入ってきたばかりの禅宗は超実力主義で、その代表格が地方出身の円爾を開山とする東福寺だった。南北朝時代から室町時代になると実力主義の「十方住持(十方刹)」制から、出身母体が重視される「度弟院」制が広がっていった、という話をして、吉山明兆について次のように説明しました。
鎌倉時代には飛び抜けていた東福寺ですが、南北朝・室町時代になると、衰退したわけではないけれども、京都のほかの禅宗寺院と同じランクに並ぶようになります。
東福寺も、なんとか存在を世間にアピールしなくてはと考えたことでしょう。そのとき、この展覧会のもうひとりの「主役」ともいえる東福寺の絵仏師だった吉山明兆(1352~1431年)が表舞台に出てくるわけです。
明兆のカラフルでスケールの大きい仏画は、大いに東福寺の存在感を知らしめたでしょう。
「明兆の逆襲!」
今回はその続きです。
明兆が描いた、くっきりとした緑や青など、600年前の彩色がとても良く残っていることにまず驚きました。東福寺で大切に保存されていたのですね。


こちらは3メートルを超える大きさの「白衣観音図」です。白衣観音は、鎌倉時代まではあまり出てこない観音ですが、非常に女性的な印象です。高橋さんによると、のちのマリア観音につながる、観音の女性化表現の流れの一つだそうです。
また、一方で「江戸時代でないの?」と思うほどの筆致の荒々しさもあり、こちらも江戸時代の絵画に先行するもので、明兆は新しい画風を日本で切り開いた人物として美術の世界で再評価されているそうです。
かつては、雪舟と並び称されたという明兆。「雪舟の破墨山水図よりも、明兆のこの荒々しい筆致が先なんですね」と言うと、高橋さんは「実は雪舟は明兆の作品を見ているのです。本展は『明兆の逆襲』です」と力説していました。そのうち教科書で明兆が太字になるかもしれませんよ。
4代将軍足利義持に禅の光
円爾の師匠の無準師範や南宋の書の達人の張即之が書いた大きな書が並ぶコーナーがあります。お寺にある建物ごとの役割を示すものです。こちらの「首座」は、高橋さんによると「部長室」。こうした書は中国では現存していないそうです。日本人が古いものを大事にし、歴史へのリスペクトを持ってきた証しですね。

このコーナーの終わりに展示されていた、こちらの書の前で足をとめました。

室町幕府4代将軍の足利義持の書です。3代将軍義満に比べて知名度は低いですが、歴代将軍のなかで、もっとも禅宗への理解が深かった人物です。
前のほうに触れた「十方住持(十方刹)」と「度弟院」。禅宗へ本質的な理解のある義持個人としては実力主義の「十方住持」を貫こうとする東福寺にシンパシーがあったのだと思います。一方で、政治においては、義持は「度弟院」を推し進めようとする勢力に祭り上げられた将軍という一面もあるのです。
高橋さんは、東福寺は、創建当初こそ、地方出身の円爾が招かれましたが、その後は聖一派僧のみが入れる「度弟院」となりました。このことが問題視されて五山の地位も危うくなる時期もありました。そうしたなかで、他の禅宗寺院との差別化を図るべく、仏画の分野で活躍したのが明兆だったと説明してくれました。
また、義持は美術の面からも近年評価が高まっているそうです。美術史の研究が史学にもフィードバックされて、史学からも美術史にフィードバックされて、そうやって日本史の研究が立体的になっていたら面白いと思いました。
美術展ナビの担当記者さんの「この古文書はなに?なんて書いてあるの?」という質問をふりきって、最後の仏像などが並ぶコーナーに向かいました。僕が美術展で一番好きな分野のひとつは「彫刻」なんです。優れた仏像をたくさん観賞できて、高橋さんに「これとこれは造りが違う?」などと思う存分、聞くことができて、楽しかったなぁ。

(前編はこちら)
◆本郷和人(ほんごう・かずと) 1960年、東京都生まれ。東京大学史料編纂所教授(日本中世政治史、古文書学)。近著に『「将軍」の日本史』(中公新書ラクレ)など。
特別展「東福寺」 |
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東京会場:東京国立博物館 平成館(上野公園) |
会期:2023年3月7日(火)~5月7日(日) |
開館時間:午前9時30分~午後5時 ※入館は閉館の30分前まで |
休館日:月曜日 ※ただし、5月1日(月)は開館 |
観覧料:一般2,100円 大学生1,300円 高校生900円 中学生以下無料 事前予約不要、美術展ナビチケットアプリ(当日購入可)でも販売 |
アクセス:JR上野駅公園口・鶯谷駅南口より徒歩10分 |
問い合わせは050-5541-8600(ハローダイヤル)へ |
京都会場:京都国立博物館 平成知新館 |
会期:2023年10月7日(土)~12月3日(日) |
開館時間:未定 |
観覧料:未定 |
詳しくは、展覧会の公式サイト https://tofukuji2023.jp/ |
(撮影 読売新聞 青山謙太郎)