【探訪】「東海道の美 駿河への旅」展 静岡市美術館 江戸の旅人たちに思いを馳せる 小説家・永井紗耶子さん

歌川広重《東海道五十三次之内 江尻 三保遠望》 天保5-7(1834-36)年頃 神奈川県立歴史博物館

陽気も春めいてきました。旅行にいい季節ですね。昨今、何かと話題の東海道は駿河の地へと永井さんが足を延ばしてきました。

旅というのは、日常を少し離れ、見たことのない景色を見、食べたことのないものを食べる。貴重な体験ができる、最高の娯楽の一つです。
しかし、いつの時代も旅が娯楽だったわけではありません。時代によっては、旅は「戦」であり、命がけであったことでしょう。

葛飾北斎《東海道五十三次 十九 江尻》 文化年間(1804-18)初中期 名古屋市博物館

江戸時代、街道が整備され、宿場町が発展。人々はこぞって旅を楽しみました。
さて、今回はそんな江戸時代の旅の楽しみを垣間見ることが出来る、静岡市美術館の展覧会、「東海道の美 駿河の旅」展(会期:3月26日まで)に行ってまいりました。

静岡県指定文化財《東海道図屏風(マッケンジー本)》 江戸時代 静岡市

豪華な金屏風に描かれた東海道

東京から静岡まで、今ならば新幹線で一時間もせずに辿り着いてしまいます。その途中、三島駅の辺りから車窓に見える富士山の迫力は、嘆息するほど。しかしそれも、一瞬で通り過ぎてしまうので、うっかり眠っているわけにもいきません。
でも、江戸時代の旅ともなれば話は違います。江戸の日本橋を起点として、京都の三条大橋まで伸びる東海道は、歩いて行けばおよそ二週間余りがかかると言われています。途中、箱根の山という難所を越えて見えて来る富士山は、それから数日間は仰ぎ見ながら進むことになるのでしょう。
そんな東海道の旅にまつわる絵画が一堂に会するのが、今回の展示です。
いわゆる「五十三次」が制定されたのが、徳川家康による江戸幕府開府に先立つ慶長六年(1601年)の頃。いわゆる参勤交代で、大名たちが江戸と領地を往来しました。やがて街道の繁栄と共に「東海道」を主題にした絵画が多く生み出されるようになりました。
「東海道図屛風(マッケンジー本)」には、右上から三段組で、江戸から京都島原に至るまで、宿場町が描かれています。金雲によって緩やかに場面が切り替わるように、宿場ごとの名所や人々の暮らしぶりが見えてきます。こうした屛風を眺めながら、長旅を思い出しては、土産話をしたのかもしれませんし、これから旅立つ前に、まだ見ぬ土地へ思いを馳せたのかもしれません。
或いは、東海道を丸ごと手にしたような、贅沢な心地を味わったのでしょうか。
それにしても、六曲一隻の屛風の中に、五十三の宿場町を入れてしまおう!というのは、すごい発想です。最初に見た時は、「え?これ、どうなっているの?」と思ったのですが、小さく記される宿場の名前や、富士山の位置、そして大井川の位置などから、「ああ、三段組なのだ」と気づくことができました。

江戸時代の「ガイドブック」

三代歌川豊国《東海道五十三次之内 江尻 弥次良兵衛》 嘉永5(1852)年 静岡市
三代歌川豊国《東海道五十三次之内 府中 喜多八》 嘉永5(1852)年 静岡市

江戸中期~後期にかけて、東海道の旅の主役となってくるのが、庶民です。
十返舎一九の大ヒット作「東海道中膝栗毛」は、普通の長屋住まいの二人連れが、物見遊山の旅に出る話。そんな風に、大名行列ではなく、庶民も旅に出るようになってきました。
いつの世も、旅に必要なのは「ガイドブック」でしょう。
木版の発達もあって、多くのガイドブックとなる本がつくられていきました。秋里籬嶌による「東海道名所図会」は、挿絵と共に、名勝、古刹についてはもちろん、歴史的な逸話にも触れられている案内本。寛政9年(1797年)の出版で、何度も重版されたベストセラーでもあります。
何せ、挿絵も豪華。円山応挙や京の狩野派の狩野永俊、京都の朝廷画を描く土佐光貞などなど、三十人余りが手掛けているのです。
こういう度の手引書は、旅に出かける人はもちろんですが、行かない人にとっても楽しいものです。私も、行く予定もない国の「地球の歩き方」を眺めて、ぼんやりと旅気分に浸ったこともありました。
この「東海道名所図会」は、国立国会図書館のデジタルアーカイブでも見ることができるのですが、見ていて本当に楽しいです。所縁の土地の絵や解説を見てみると、「江戸の人は、こんな風にこの土地のことを思っていたんだ」と、改めて感動します。

秋里籬嶌編《東海道名所図会》 初版:寛政9(1797)年序 ※江戸後期再版 静岡市

名所を描く浮世絵師たち

旅が娯楽として定着してくると、旅先の風景を手元に置いておきたいのも人の常かもしれません。
今でこそ、自分で写真を撮って、SNSにアップしたり、部屋に飾ることもできますが、当時は絵しかありません。そこで、絵師たちはこぞって東海道の絵を描きました。
中でも有名なのは、葛飾北斎(1760-1849)と歌川広重(1797-1858)でしょう。
この二人、しばしば並び称されることがありますが、北斎の方が三十歳ほど年上で、活動の時期も早い。北斎が先に五十三次を描き、広重がその後を追うような形だったであろうと思われます。
今回の展覧会では、同じ宿場を北斎と広重の絵を並べて展示されています。
そうしてみると、北斎が人々の動きや表情、風俗や食べ物などを具に描いています。それに比べ、広重がやや引きの構図が多く、風景の魅力がより生きているようです。
北斎が描き始めた当初には、旅の関心は人々の暮らしや名物であったのに対し、広重の頃には風景の方がより好まれたからかもしれません。
改めてこうして二人の作品を並べてみると、二人の視線の違いや、時代の流行も見えて来て、とても面白いです。

葛飾北斎《東海道五十三次 二十四 嶋田》 文化年間(1804-18)初中期 名古屋市博物館
歌川広重《東海道五十三次之内 嶋田 大井川駿岸》 天保5-7(1834-36)年頃 神奈川県立歴史博物館

ここ数年、新型コロナウィルスの影響で、移動をするのに制限も多く、旅を楽しむことも難しい日々が続いていました。そろそろ何処かに行きたいな……と、思った時、絵を眺めながらタイムスリップしつつ、身近な「東海道」の旅も面白いかもしれません。

永井紗耶子さん:小説家 慶應義塾大学文学部卒。新聞記者を経てフリライターとなり、新聞、雑誌などで執筆。日本画も手掛ける。2010年、「絡繰り心中」で第11回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。著書に『商う狼』『大奥づとめ』(新潮社)、『横濱王』(小学館)など。第40回新田次郎文学賞、第十回本屋が選ぶ時代小説大賞、第3回細谷正充賞を受賞。『女人入眼』(中央公論新社)が第167回直木賞候補に。新刊『木挽町のあだ討ち』(新潮社)。

東海道の美 駿河への旅

  • 会期

    2023年2月11日(土)3月26日(日) 
  • 会場

    静岡市美術館
    https://www.shizubi.jp/
    静岡市葵区紺屋町17-1 葵タワー3F
  • 観覧料金

    一般1,300円(1,100円)、大学生・70歳以上900円(700円)、中学生以下無料

    ※()は前売料金

  • 休館日

    毎週月曜日

  • 開館時間

    10:00〜19:00 (展示室への入場は閉館の30分前まで)
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