美術展ナビ×太田記念美術館コラボ企画【いろはde浮世絵】第4回「いろはの㋥」――肉筆もあれば版画もある、浮世絵の世界は幅広い

葛飾北斎『北斎漫画』十編

浮世絵といえば、まずは「版画」である。葛飾北斎の『冨嶽三十六景』も歌川広重の『東海道五拾三次内』も木版印刷で大量生産され、日本中、津々浦々まで浸透した。とはいえ、北斎や広重、絵師たちが制作していたのは版下絵だけではない。

上に挙げたのは、北斎による「絵手本」、『北斎漫画』の第十編だ。「絵手本」とはもともと、絵の描き方を学習したい人のための手本集だったのだが、時がたつにつれて絵師が好きな画題を描く「イラスト集」的なものも登場する。黄表紙や洒落本、合巻といった、当時の大衆文学の挿絵も浮世絵師が担当しており、絵師たちの仕事は今で言えばイラストレーター的な要素も含んでいたのである。「もともと江戸時代の初期に、古典文学を始めとするさまざまな物語に挿絵を入れた版本が流行しました。そこから絵の部分が独立したのが、浮世絵の始まりでもあるんです」と太田記念美術館の日野原健司主席学芸員はいう。出版の印刷技術を絵画に応用したのが、浮世絵版画だともいう。なるほど。だからこそ、浮世絵=版画=大量出版という図式が出来上がったわけだ。ちなみに『北斎漫画』は大ヒットして、十五編まで制作された。

狩野光信「洛中洛外図屏風」(京都国立博物館蔵) 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/kyohaku/A%E7%94%B2811?locale=jaRL)

浮世絵にはもうひとつルーツがあって、こちらは「近世初期風俗画」という。「安土桃山期の後半から江戸初期にかけて盛んになったもので、庶民たちの暮らしや世の中の様子を描いたものです」と日野原さん。〈信長・秀吉・家康を頂点とする近世初頭の武士たちは、伝統を持たぬ成り上がりの家系のものであった。そのためかれらが天下を勝ち取ると、絵師たちに自らの目や耳に入る庶民歓楽の状を色彩鮮やかに描かせて、この世を謳歌した〉と『浮世絵の歴史』で書くのは、元国際浮世絵学会会長の山口桂三郎氏。狩野派の絵師たちが手がけていた「風俗画」は江戸時代に入って町絵師が描くものとなっていくのだが、これらはすべて「肉筆画」。「18世紀に入っても、懐月堂安度という絵師のグループは、工房を作って肉筆の美人画を大量生産していました」と日野原さんは話す。版画とはまた違う肉筆画という世界も、浮世絵にはあったのである。

歌川豊春「桜下花魁道中図」

では、「肉筆画」と「版画」はどう違うのか。

「分かりやすく言えば、『版画』は“既製品”で、『肉筆画』は“オーダーメイド”ですね」と日野原さんはいう。懐月堂一派の活躍はあったものの、大量生産という点では「肉筆画」は「版画」に及ぶべくもない。しかし、〈(肉筆画では)絵師自身の作画意図はそのまま画面に表現でき、自分の芸術感覚を画面にストレートに表現することが可能〉(『浮世絵の歴史』より)なのである。上の絵は、歌川派の開祖、豊春の肉筆画。繊細で重層的な色遣いが印象的だ。大量生産された「版画」が世間の流行や話題を伝え、庶民の娯楽となるメディアとして人気を集めていたのに対し、大名や大商人らの注文で「一点物」として制作された「肉筆画」は、「高級志向の、より芸術性の高い作品となっていきました」と日野原さんは話す。

鈴木春信「浮世美人寄花 南の方 松坂屋内野風」

〈浮世絵師が絵を描いて生業とする仕事の内容には、大きく分けて、版本と版画、それに肉筆画の三態があった〉。国際浮世絵学会名誉会長で岡田美術館館長の小林忠氏は『江戸浮世絵を読む』の中で書いている。「版画」の中にもいろいろな種類があり、句会や三味線の発表会の仲間内で配る「摺物」や子ども向けの「おもちゃ絵」といったものもあった。「子ども絵は、図柄を切り抜いて組み立てて遊んだり、着せ替え人形的に使ったりできるものもありました」と日野原さんはいう。〈版本よりも錦絵、そして錦絵の購買層よりもさらに上層の顧客として、肉筆画の受容者が存在した(中略)浮世絵師は多種多様のターゲットにふさわしい内容の作品を、仕分けして送り届けていたのであった〉と『江戸浮世絵を読む』では書かれている。浮世絵は江戸の生活に深く入り込み、長屋の熊さん八つぁんから殿上人にいたるまで、様々な人々が様々な楽しみ方をしていたのである。

(事業局専門委員 田中聡)

美術展ナビ×太田記念美術館コラボ企画【いろはde浮世絵】
江戸時代、日本を代表するポップカルチャーだった浮世絵。マネやゴッホなど西洋の画家たちにも影響を与え、今や世界に誇る日本文化のひとつ、とまで言われている。そんな浮世絵の「いろは」をいろは47文字に併せて学んでいくのが、この連載。浮世絵を専門に収集・研究・展示している太田記念美術館(東京・原宿)と美術展ナビのコラボレーション企画だ。