美術展ナビ×太田記念美術館コラボ企画【いろはde浮世絵】第3回「いろはの㋩」――パロディーがいっぱい、江戸の文化は笑い好き

歌川国芳「里すずめねぐらの仮宿」

描かれているのは、スズメである。スズメといっても、そこらでチュンチュン鳴いている「野スズメ」とは違うようだ。綺麗な着物に身を包み、格子の中で、ツンとおすまししている。格子の外に群がってその姿を眺めているのも、スズメ、スズメ、スズメ……どうしてみんなスズメなのか。この絵は何を意味しているのか――。

弘化三(1846)年、この「里すずめねぐらの仮宿」を描いたのは、歌川国芳である。その前年、弘化二(1845)年の十二月、遊郭・吉原は大火事に見舞われた。当時、火事で妓楼が焼けてしまうと、吉原は住宅地で「仮営業」(=仮宅)をしたのだが、「本営業」よりもカジュアルで気軽だった「仮宅」は大変に繁盛したようで、この浮世絵ではその様子が描かれている。「ちょっと前の天保十三(1842)年、天保の改革の一環で、錦絵に遊女の姿を描くのがお上によって禁じられていたので、国芳は『登場人物』すべてを『スズメ』にして、『ここはスズメのお宿ですからね』ということにしたんです」と太田記念美術館の日野原健司主席学芸員は話す。

前回、「ろ」の回で紹介した「武者絵」の大家として有名な国芳だが、世情のあれこれを描いた「風刺画」の名手でもあった。有識故事や動物の世界を描いているようで、実はお上の方針をチクリと刺す。禁令の網をかいくぐりながら、「世情のアラ」を笑い飛ばす。国芳自身、奉行所に呼び出されて始末書を書いたり、隠密同心に身辺を探られたりしようだ。そんな姿に江戸っ子たちは、拍手喝采を送ったのである。

鈴木春信「やつし費長房」

「そもそも江戸っ子は、何事も洒落のめし、笑いにするのが好きだったんです」

こう続けるのは、日野原さんだ。

江戸は17世紀以降、急激に発達した「新興都市」であった。お侍から町人まで老若男女、様々な土地から様々な人が集まり、ひとつのコミュニティーを形成した。〈隣近所の人とも、初めて会う人とも、江戸の庶民は、まず駄洒落で打ち解け、笑顔からコミュニケーションが始まります〉と『お江戸風流さんぽ道』で書いたのは、江戸を舞台にした漫画やエッセーを書き続けた杉浦日向子氏。〈諸国万人の吹き溜まりの江戸では、異郷の者同士が、初顔合わせをする機会が毎日あるわけです(中略)だからこそ、和やかに過ごすためには「笑い」が秘薬となるのです〉。笑いはコミュニケーションの手段であり、「新興都市」のエネルギーのほとばしりを表すものでもあった。

浮世絵は江戸のポップカルチャーの代表格。当然、「笑い」とは切っても切り離せない関係にある。物事を別の物事になぞらえる「見立て」。過去の有名人物を当世人に当て込む「やつし」、表には現れてこない事実や人情の機微を鋭くえぐる「うがち」……。上に挙げた「やつし費長房」は、鶴に美女が乗っていて、何やら文を読んでいる。この絵の画題になっている費長房は中国・後漢時代(25220)に活躍した「方士」で、仙人になる“最終試験”には“不合格”だったものの、地上の鬼神を操ることができる護符をもらって、病気を癒やしたり雨を降らしたりすることができたという。その費長房が鶴に乗って巻物を読んでいる絵を江戸初期に狩野常信が描いており、どうやらこの絵はそれを下敷きにしているようだ。漢籍の知識、狩野派の絵の知識がないと理解できない、なかなか高尚なパロディーなのである。

勝川春扇「やつし玄徳雪中訪孔明」

続くこの絵、「やつし玄徳雪中訪孔明」は、『三国志演義』の名場面、「三顧の礼」のパロディー。粋なお姉さんが前髪姿の若衆のもとに忍んでくるところを、劉備玄徳の諸葛亮孔明訪問に見立てている。あれ? 見立て? タイトルは「やつし」なんだけど――。

「『見立て』と『やつし』の定義は難しいところがあって、江戸時代でもいろいろな使い方をしていたり、絵によっては厳密に分類しづらかったりすることがありますね」と日野原さん。「そこのところはあまり固いことはいわないで(笑)、絵そのものの面白さを楽しんだらいいと思います」

古代中国、蜀・魏・呉の三国盛衰の物語は江戸時代、庶民にもなじみ深いものになっていたとはいえ、こちらもなかなか風雅なパロディーだ。これだけ見ると、「『見立て』とか『やつし』とか『うがち』とか、何だか江戸時代の笑いって、難しいなあ」と思われる方も多いかもしれない。

でも、よくよく考えてみよう。RGらお笑い芸人が好んで取りあげる「あるある」ネタは、有名人の言動や日常の出来事の些細なところを拡大して見せる「うがち」そのものだ。軍艦や名刀を女の子やイケメンに置き換える『艦隊これくしょん―艦これ―』『刀剣乱舞―オンライン』などの「萌え擬人化」のゲームは、現代的な「やつし」といえそう。「忠臣蔵」や「三国志」の物語を現代社会に「見立て」る趣向は、『サラリーマン忠臣蔵』(1960年、東宝)をはじめとして、映画やドラマ、マンガなどで普通に行われているのである。実は「江戸の笑い」は21世紀にもつながっている。昔も今も、日本人の感覚は、さほど変わっていないのかもしれない。

(事業局専門委員 田中聡)

美術展ナビ×太田記念美術館コラボ企画【いろはde浮世絵】
江戸時代、日本を代表するポップカルチャーだった浮世絵。マネやゴッホなど西洋の画家たちにも影響を与え、今や世界に誇る日本文化のひとつ、とまで言われている。そんな浮世絵の「いろは」をいろは47文字に併せて学んでいくのが、この連載。浮世絵を専門に収集・研究・展示している太田記念美術館(東京・原宿)と美術展ナビのコラボレーション企画だ。