美術展ナビ×太田記念美術館コラボ企画【いろはde浮世絵】第2回「いろはの㋺」――ロックな豪傑が大活躍

歌川国芳「通俗水滸伝豪傑百八人之壱人 浪裡白跳張順」

江戸の荒事、京都の和事。江戸時代最大の娯楽、歌舞伎の世界では、昔からこんな事が言われていた。上方の芝居では、男と女のしんねりむっつりした「恋の駆け引き」の物語が人気だったのに対し、『助六』や『暫』など豪放かつ雄大な英雄譚が江戸の庶民には好まれたのである。粋で鯔背な男伊達。歌川国芳(17971861)の描く「通俗水滸伝豪傑百八人之壱人 浪裡白跳張順」は、典型的な当時の「かっこいい男」のイメージだ。世間の規範をもはみ出してしまいそうなエネルギーに満ちた「悪」の魅力。何かと言えば「ロックンロール」と叫んでいた、故・内田裕也氏を思い出したりもする。文政・天保年間(182030年代)に出版したこの「水滸伝」のシリーズで、国芳は人気絵師の仲間入りをした。

国芳の絵に代表される「武者絵」は、「美人画」や「役者絵」と並び、古くから浮世絵の主要ジャンルのひとつだった。いつの時代もヒーローは庶民の憧れなのである。歴史や伝説、小説などの一場面を抜き出してみたり、豪傑の姿を格好良く描いてみたり。その「武者絵」に大きな進歩をもたらした絵師が勝川春亭(生年不明~1824)だ。春亭は三枚の絵を1つのセットにしてワイドスクリーン的な画面にする「三枚続き」の手法を多用、ダイナミックで豪快な作品を次々と生み出した。「武者絵の可能性を大きく広げ、国芳ら後輩絵師にも大きな影響を与えました」と太田記念美術館の日野原賢司・主席学芸員はいう。

勝川春亭「素戔嗚尊と山田大蛇」

春亭が活躍し始めた19世紀初頭は、江戸の文化の変革期でもあった。「老中・松平定信の行った寛政の改革(17871793)の前は、大田南畝(17491823)らの御家人が、かなりの部分、江戸の文化を支えていたのです。でも、改革後は『お上の締め付け』で、そういう人たちがあまり大っぴらに活躍できない空気ができた。文化の担い手は『御家人などの教養人』から『裕福な町民層』へと移ったのです」と日野原さん。印刷技術が発達したことも、変革に拍車をかけた。「出版も(現代のマンガのような)黄表紙から、より複雑な物語が展開される合巻へと中心が移りました」ともいう。曲亭馬琴の『椿説弓張月』や『南総里見八犬伝』などの伝奇物語が大衆の人気を得る。これに伴って「武者絵」の人気も高まった。

さらに、天保十三(1842)年、倹約・質素を旨とする天保の改革が老中・水野忠邦によって推し進められ、「『役者の似顔絵』と『遊女や芸者の絵』が禁止されたことも、武者絵の需要を高めました」と日野原さんは続けて説明する。幕末から明治へと、動乱が続く時代。歌舞伎では「白浪もの」が流行し、ピカレスク・ロマンが好まれる世相になっていた。その時代、西洋画の技法を取り入れながら、武者絵を発展させたのが、落合芳幾(18331904)、月岡芳年(183992)といった国芳門下の絵師たちだ。芳幾、芳年が競作した『英名二十八衆句』(186768)の連作は芝居や講談などから題材を得た殺人、事件の場面を描いている。リアルで即物的なその描写で、「無惨絵」とも呼ばれたそれらの絵は、殺伐とした時代の空気を写し出している、ともいえそうだ。

月岡芳年「義経記五條橋之図」

国芳とその一門が築き上げた「武者絵」の全盛時代。英雄たちは世に跋扈する悪党ども、妖術使いや化け物たちをばったばったと切り倒していた。源頼光と渡辺綱、坂田金時ら頼光四天王による酒呑童子討伐や土蜘蛛退治、素戔嗚尊のヤマタノオロチ退治……。それは英雄自身の強さを示すだけでなく、矛盾と汚辱に満ちた世の中の犠牲になった者たちへの鎮魂と追悼の場でもあった。「義経記五條橋之図」での源義経と武蔵坊弁慶の出会い、保元の乱で敗れ、伊豆大島に流された鎮西八郎為朝……世をはみ出した「ロックンロール」な豪傑たちの活躍は、現実社会に押しつぶされそうになっている大衆の「かくありたし」という願望であり、夢であったのだ。

「武者絵」から「無惨絵」と流れる伝統は明治時代、様々な猟奇事件をおどろおどろしく取りあげる「新聞錦絵」に受け継がれる。一方で、有識故実に詳しい菊池容斎らの影響のもと、より史実に近い「歴史画」に近づく傾向も出てくる。そしてこれら「武者絵」の“子どもたち”は、日清戦争の様子を伝える「戦争画」としてジャーナリスティックな役割を果たした後、写真技術が発達する20世紀に入ると、その役目を終えていくのである。

(事業局専門委員 田中聡)

美術展ナビ×太田記念美術館コラボ企画【いろはde浮世絵】
江戸時代、日本を代表するポップカルチャーだった浮世絵。マネやゴッホなど西洋の画家たちにも影響を与え、今や世界に誇る日本文化のひとつ、とまで言われている。そんな浮世絵の「いろは」をいろは47文字に併せて学んでいくのが、この連載。浮世絵を専門に収集・研究・展示している太田記念美術館(東京・原宿)と美術展ナビのコラボレーション企画だ。