美術展ナビ×太田記念美術館コラボ企画【いろはde浮世絵】第1回「いろはの㋑」――いまどきに換算すると……

喜多川歌麿「扇屋 翡翠」は典型的な大判の錦絵。おそらく20文前後で売られていただろう

江戸時代のベストセラー、『偐紫田舎源氏』を著した戯作者の柳亭種彦(17831842)は、随筆集『柳亭記』で「浮世」には二つの意味があると書いている。

〈一つは憂き世の中(略)一つの浮世は今様といふ〉

「この世はままならぬもの」という諦観のもとでの「憂き世」は、つまり「リアルな世の中」ということか。「今様」とは「今風の」という意味で、ここでの「浮世」は「最新の流行や風俗」を意味しているのだろう。種彦の言を借りると、「リアルな世の中」の「最新の流行や風俗」を描いているのが、「浮世絵」なのである。

21世紀の今で言えば、雑誌やテレビ、あるいはツイッターやティックトックなどのSNSのような情報発信メディアだろうか。その「江戸時代の情報発信メディア」がどんなものだったのか。筆者のような俗物が「いの一番」で知りたいのは、それは「おいくらぐらい」で「どこで手に入る」モノだったのか、ということだ。

「資料が乏しくて、はっきりした事は言えないのですが」と前置きしながら、太田記念美術館の日野原賢司・主席学芸員はいう。「大判(タテ39㎝×ヨコ26・5㎝)の浮世絵1枚あたり、20文程度がひとつの目安だったようです」。江戸時代の通貨は金・銀・銭の3種類。それぞれが変動相場だったこともあり、「いまどき」の貨幣価値と比べるのは難しいのだが、ここは暫定的に金1両=銀60匁=銭4000文=10万円としておこう。そうすると、1枚約500円、大体コーヒー1杯、週刊誌1冊程度の値段ということになる。「かけそばが16文(約450円)だったのですが、それを基準にしたのでしょうか。贅沢を禁じた『寛政の改革』の時は1枚1618文、『天保の改革』の際には1枚16文以下にしろ、という『お上の指導』もありました」と日野原さんは話す。歌舞伎役者のブロマイド「役者絵」がより小さい細判(タテ33㎝、ヨコ15㎝)で出る時は、1枚8文(約200円)ほどだったようだ。

歌川国貞(三代豊国)「東海道五十三次之内 二川 石川友市」(これは極上摺)

とはいえ、浮世絵の技術は年々進歩する。彫りは精緻になり、様々な摺りの技法も生まれ、豪華な紙も使われるようになる。大判3枚でひと組になる「三枚続き」などの工夫もなされるようになる。「改革から時間がたつと、徐々に『お上の締め付け』が緩くなって、約20文という基準を上回る『豪華版』も出されたようです」と日野原さん。江戸時代末期。上は、歌川国貞(三代豊国)の「東海道五十三次之内 二川 石川友市」という作品。「これは極上摺が200文(約5000円)、中ぐらいのクラスが150文(約3750円)、並が100文(約2500円)で販売されていました」と日野原さん。三枚続きの作品も、「20文×3」の相場より少し高く、100文弱の値段で売られることもあったようだ。

歌川貞秀「冨士の裾野巻狩之図」

浮世絵は版画という「印刷物」で、それを出版していた「版元」は今で言えば出版社だったから、錦絵や役者絵は本屋である「絵草紙屋」で売られていた。では、一体どのくらいの部数が出ていたのか。「初摺200枚がひとつの基準だったようです」と日野原さん。人気作品は重版、重版でどんどん売れていく。上に挙げたのは、歌川貞秀の「冨士の裾野巻狩之図」。大判3枚で72文のセットが約8000部売れたという。「もっと摺れば、もっと売れたかもしれないのですが、『巻狩』の描写が『当時の世相を風刺している』とお上に眼を付けられる可能性があるとして、町名主の指示で版元が自ら絶版にしてしまいました」。72文×8000部は144両。この作品は今で言えば約1440万円を売り上げた。

この時代、「印税」という制度はなかったから、浮世絵版画のために絵師たちの描いた下絵は版元による「買い取り」だった。「初摺200枚、1枚20文」という初期設定で考えると、全部売れても4000文=1両=10万円。浮世絵は、絵師が絵を描き、彫師が印刷のための「板木」を彫り、摺師がそれを印刷する、という分業体制。版元の利益や経費を考えると、「 並みの絵師であれば、絵師にわたるのは 1万~1万5000円程度だったでしょうね」と日野原さんは推測する。もっとも「歌川広重や葛飾北斎、あるいは歌川国芳といった人気絵師であれば、仕事量も多く、画料はもっと高かったでしょう」と日野原さん。「ただし、おそらく並の絵師の3倍程度だったと思われます。」とも。1枚3万円から5万円。師たちの台所も大変だったようだ。

「ゴッホやルノアールといった西洋の画家たちが浮世絵を収集できたのも、ひとつには『安かったから』という理由があると思うんですよ」と日野原さんは付け加える。そういえば197080年代に日本のアニメがヨーロッパで浸透していったのも、「販売価格が安い」ことが理由のひとつだった。「浮世絵」と「アニメ」は今と昔を代表する日本のポップカルチャー。何だか不思議な歴史の符合である。

(参考文献:大久保純一『浮世絵出版論』吉川弘文館、2013年)

(事業局専門委員 田中聡)

絵草紙屋の様子を描いた歌川国貞の「今様見立 士農工商 商人」

美術展ナビ×太田記念美術館コラボ企画【いろはde浮世絵】
江戸時代、日本を代表するポップカルチャーだった浮世絵。マネやゴッホなど西洋の画家たちにも影響を与え、今や世界に誇る日本文化のひとつ、とまで言われている。そんな浮世絵の「いろは」をいろは47文字に併せて学んでいくのが、この連載。浮世絵を専門に収集・研究・展示している太田記念美術館(東京・原宿)と美術展ナビのコラボレーション企画だ。