「日本史王」本郷和人のアート入門!第5回 北条義時は毒殺された?「毒展」(国立科学博物館)で確かめに

本郷和人さん(右)と細矢剛さん

「日本史王」本郷和人です。僕は東京大学史料編纂所で、だいたい鎌倉時代を範囲にする『大日本史料』第5編の編纂を担当しています。
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」もいよいよあと2回(12月18日に最終回放送)ですね。僕は大河ドラマの時代考証をやっていないので、どんな終わり方をするのか知りませんが、主人公の北条義時(1163~1224年)の死が描かれるのではないかと予想しています。
本当に予想に過ぎないので、ネタバレになるかも分かりません。でも、もしかしたら当たってしまうかもしれないので、少しでもネタバレにつながることを避けたい人は最終回を見た後に、また読みに来てください。

突然の北条義時の死

さて、始めて、よろしいでしょうか?
承久元年(1219年)に、3代将軍源実朝が鶴岡八幡宮で公卿によって暗殺されます。承久3年(1221年)には、後鳥羽上皇が倒幕の兵をあげ、承久の乱を起こします。北条義時はこれを鎮圧し、京都に六波羅探題を置き、その地位を確固たるものにします。
承久の乱から3年後の元仁元年(1224年)6月12日に北条義時は突如、病を発して、翌日「念仏を唱えながら」亡くなったと『吾妻鏡』は記しています。62歳でした。

義時の死を巡っては、毒殺されたのではないかという説が以前からあります。
同時代の歌人、藤原定家(1162~1241年)が残した日記『明月記』に書いてあるのです。
後鳥羽上皇の側近の一人で尊長という僧侶がいましたが、承久の乱のあと逃走。6年後(義時の死の3年後)に捕まりますが、尊長は「殺せ! 義時の女房が義時を毒殺した。その毒で俺を殺せ!」と言ったというんですね。

僕の大学時代のゼミの先生だった石井進先生(故人)が日本史の辞典『国史大辞典』の「伊賀氏の変」の項目に次のように書いています。

ただ特に注目されるのは、義時の死因として伊賀氏による毒殺とか、近習による刺殺などの変死説が伝えられていることで、特に前者の毒殺説は事件から三年後、承久の乱京方首謀者の一人二位法印尊長の言として『明月記』に記録されている。事件に一役買っている一条実雅が尊長の実弟であることを思えば、この毒殺説は案外真実をついているかも知れない。少なくとも伊賀氏らが実雅を通じて承久の乱の京方の残党の動きと結びついていたことは十分考えられるところである。

これまでの「鎌倉殿」では、妙に「きのこ」が登場することもあり、大河ドラマでは毒きのこを使って奥さんに殺されるのでは?と僕は予想しています。

ただ、歴史研究者として史実の義時の死を考えたときに、この義時毒殺説は成立しないとも考えています。『明月記』のように毒殺の噂はありますが、義時だけでなく江戸時代以前の日本史では、毒による暗殺は確認できないと、否定的なのです。

大きな理由は、噂レベルではなく毒殺されたことが確認できる良質な史料がないことと、近代的なサイエンスの知識が無いとそもそも毒殺は無理なのではないかということです。

そんなときに、今回、上野の国立科学博物館で開催されている特別展「毒」(毒展)を見にいくことになりました。展覧会の監修者の1人で、きのこなどの菌類を専門とする同館の細矢剛さんに案内してもらいました。
果たして毒展を見終わったあとに、「北条義時の毒殺はなかった」という僕の考えが変わるのか、変わらないのか?
お楽しみに。

日本史上最も有名な毒殺で使われた想像上の鳥が実在した?

日本史上で最も有名な毒殺は、室町幕府をたてた足利尊氏が弟の直義をちん毒で殺したと『太平記』に書いてあることです。ちんという鳥の羽には毒があり、その羽を酒に漬け込んで飲ますという中国由来の暗殺方法です。ただ、ちんという鳥は想像上の生き物なのです。

ところが、細矢さんは「ちんですか、それかもしれない鳥が、会場に展示されていますよ」と言うではないですか!?

それでは、見てみましょう。こちらが、羽に毒のある「ちん」です。

名前は「ズグロモリモズ」(頭が黒くて森に住むモズ)といい、南太平洋のニューギニアに生息し、羽毛や皮膚に神経毒をもっていて、触れるとしびれや痛みなどの症状がでます。

ただ、ズグロモリモズの羽に毒があることがわかったのは、1992年とかなり最近のことです。細矢さんによると、博物館の学芸員がこの鳥の標本を触ると、どうも体に不調が出ることから、毒を持つことが判明したのだそうです。

この南太平洋にしかいない鳥が、室町時代の日本で毒殺に使われた証拠と言うには、時間と場所の隔たりがかなりありますね。

毒きのこで暗殺は可能か?

僕は「毒殺はなかった」説ですが、毒きのこを誤って食べて中毒死したケースは日本史でも史料から確認されています。

きのこが専門の細矢さんが強調していたのは、「派手な色は毒きのこ」「良い香りがするのは食用きのこ」など、見た目や香りで毒の有無を判断できるというのはすべて迷信ということ。食用か毒か分からない、名前が分からないきのこは絶対に食べてはいけません!

では、北条義時のお膳にある日、見たこともないきのこが入っていたら?
「おいおい、俺を殺す気?」ってすぐにバレそうですね。

毒きのこコーナーでどの毒きのこなら暗殺に使えるかを質問する本郷さん

また、日本には毒きのこだけでなく、フグやトリカブトなどもあります。
フグを丸ごと出されたら、同じようにバレてしまいますよね。

トリカブトはどうでしょう?

トリカブトは根に猛毒がありますが、味がかなり苦いそうなので、そのままで致死量分を食べさせることは困難だそうです。

日本では味噌ができたのが鎌倉中期以降とされています。義時のころは基本的に塩味のみなので、毒のある素材を気づかれずに食事に混ぜるのはかなり難しいといえるでしょう。

日本三大有毒植物のひとつトリカブト

鎌倉時代に毒だけ抽出できるか?

今回、理系の研究者の方に、文系の僕がどうしても聞いてみたかったのが、「毒だけを抽出するには、どれくらいの科学の知識が必要ですか? 学部生レベル、大学院生レベル、もっと上?」との質問です。

細矢さんの答えは「研究者レベルでないと、毒だけを抽出することは難しいでしょう」でした。

そう考えると、鎌倉時代に北条義時を毒で暗殺できる可能性はかなり低いのではないか、というのが今回の結論です。

展覧会を見る前と考えが変わっていないのか?と言われるとそうではありません。
今回、驚いたのは、日本に毒のあるものが想像以上に存在することでした。例えばきのこだけでも、お酒と一緒に食べたときにだけ毒になるものや、2004年以降に毒きのこであることが判明したスギヒラタケなどもありました。

毒きのこと食用きのこを見分ける法則は無いそうです。ただ、日本のどこかの地域のごく少数の集団が、食用と見分けがつかない毒きのこを”発見”して、誰かを毒殺した可能性が無いとは言い切れないかなぁ、毒であるという知識や情報が「暗殺の技術」としては歴史に残らなかっただけかもしれないかなぁ、とも思いました。記録に残ることだけが歴史ではないぞと、改めて考えなおす機会になりました。

歴史学者として「毒展」には刺激をたくさんもらいました。次回は、文系の一般人としてレビューしますね。(つづく)

◆本郷和人(ほんごう・かずと) 1960年、東京都生まれ。東京大学史料編纂所教授(日本中世政治史、古文書学)。近著に『徳川家康という人』(河出新書)、『歴史学者という病』(講談社現代新書)など。

特別展「毒」
会期:2022年11月1日(火)~2023年2月19日(日)
会場:国立科学博物館(東京都台東区上野公園7-20)
開館時間:9時~17時(入場は16時30分まで)
毎週土曜日は19時まで延長(入場は18時30分まで)*常設展示は17時閉館(入場は16時30分まで)
入場料:一般・大学生 2,000円/小・中・高校生 600円
※オンラインによる日時指定予約が必要です。
休館日:月曜日、12月28日(水)~1月1日(日・祝)、1月10日(火)
※ただし1月2日(月・休)、 9日(月・祝)、2月13日(月)は開館。
アクセス:JR「上野」駅(公園口)から徒歩5分
詳しくは展覧会公式サイトへ。

「日本史王」本郷和人のアート入門