鮫島圭代の「学芸員さんに聞く!5分でわかる展覧会のみどころ」「未来の博物館」

特別企画「未来の博物館」
会場:東京国立博物館
第1会場:〈時空をこえる8K〉 本館/特別5室
第2会場:〈四季をめぐる高精細複製屛風〉 本館/特別3室
第3会場:〈夢をかなえる8K〉 東洋館/エントランス
会期:2022年10月18日(火)~2022年12月11日(日)
休館日:月曜日
観覧料:無料(ただし、総合文化展観覧料もしくは開催中の特別展観覧料[観覧当日に限る]が必要です)
詳しくは(https://cpcp.nich.go.jp/modules/r_free_page/index.php?id=81)へ。
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最先端のアート展で気軽に遊びたい! 日本美術の楽しみ方を簡単に知りたい!そんな方にぴったりの展覧会「未来の博物館」が、東京国立博物館(東博)で開催中です。館内の3つの会場で、デジタルコンテンツを楽しめる体験展示です。

今回は、そのなかから第3会場「ふれる・まわせる名茶碗」と「みほとけ調査」にフォーカスし、文化財活用センター(愛称〈ぶんかつ〉)の西木政統まさのり研究員と、松沼穂積ほづみ専門職にインタビューしました。


―「未来の博物館」展は、東博と同じ国立文化財機構の〈ぶんかつ〉が行ってきたプロジェクトなのですね。

西木政統研究員(以下、西木)
ええ。展覧会で多くの方が作品を見て感じる魅力というのは、実は、研究者が感じているものとは少し異なります。研究者は作品を間近で見る機会がありますが、展示室ではガラスケース越しに、作品保護のために制限された照明のもとでしか見られないためです。そうした環境では、作品のどこに注目すればいいかある程度知らないと、十分に魅力を味わうことができません。

そうした魅力を新しい技術を使ってわかりやすく伝えていくために、2018年7月、〈ぶんかつ〉が設立されました。

松沼穂積専門職(以下、松沼)
その年度末に訪ねたデジタル機器の見本市で、シャープ株式会社がタッチパネルで操作できる高精細の8Kモニターを展示していたことが出会いとなり、翌年度から共同研究がスタートしました。ハンズオンコントローラーを動かすと、モニター上の高精細画像が連動する技術を見せていただき、「この技術を使って、お茶碗を手に取ってじっくり見られたらいいね」ということで始まったのが、「ふれる・まわせる名茶碗」です。

東博が所蔵する名茶碗と、形も重さも同じ茶碗型の白いコントローラーを作りました。茶碗の魅力は、重さや持ちやすさにもあることから生まれたアイディアです。手の上で動かすことで、モニターに映る3DCGの立体的でリアルな茶碗を、360度好きな角度から鑑賞できます。

―やきもの鑑賞の知識がなくても、手に持つことで、普段使っている茶碗と比べるなど、自分に引き寄せて鑑賞できますね。

松沼
3DCGは、あらゆる角度から写真を撮って合成するフォトグラメトリという技術で作られています。展示室では、茶碗が魅力的に見えるように照明を工夫しているため、強いフラッシュで撮って合成すると別物のように見えてしまって。そこで、シャープの技術者に改めて展示室で作品を見ていただきました。重要文化財「青磁輪花茶碗 銘 馬蝗絆ばこうはん」の透き通るような青色を再現するのは、特に難しかったです。

西木
「みほとけ調査」もシャープと〈ぶんかつ〉の共同事業です。懐中電灯型の操作デバイスを手に持って動かすことで、モニターに映し出される3DCGの仏像にライトを当てることができます。仏像に近づいたり、さまざまな角度からじっくり見たりすることで、研究者が作品を見るように鑑賞できるのです。

―展示室で仏像を見るときと違って、モニター上の仏像をいろいろな角度から見られますね。まじまじと眺めるうちに、いろいろな発見ができそうです。

西木
そうですね。私たち研究者のように本物を間近に見られれば、誰もが、すごいものだと感覚的にわかると思います。それを疑似的に体験できるわけです。

ぜひ、モニターの前で上下左右、自由に動いてみてください。横へ移動すると、連動してモニター上の仏像がゆっくり回転するのですが、昨年の実証実験を経てモニターの横幅が長くなり、仏像の背中までよく見られるようになりました。

本来、お寺では須弥壇のうえに安置され、「仏さまは下から見上げるもの」です。現在の「みほとけ調査」では、しゃがむと、モニターに仏像の下部が映るのですが、今後は、しゃがむと仏像が向こう側に傾くような、下から見上げるアングルも考えたいですね。

私たちがよくしていることなのですが、展示室で実物の仏像を見るときも、しゃがんで見上げたり、可能な場合は後ろに回ってご覧いただけたらと思います。

―懐中電灯型のデバイスを手に持つので、臨場感があり、体験に没入できますね。

松沼
ライトで照らすことで、自分が今どこを見ているのかを強く意識した、能動的な鑑賞ができると思います。

重要文化財 菩薩立像 鎌倉時代

西木
実物を肉眼で見てもわかりにくいところも、はっきりと見ることができます。この菩薩立像は、目に水晶が使われているので、光が当たると光るのですが、展示室では、仏像の上方から照明を当てており、目には直接当てていません。ですが「みほとけ調査」なら、モニター上で目を照らすことができます。

―この仏像がお寺に置かれていたときには、目の部分に太陽光が差し込むと光ったのでしょうか。

西木
そうです。太陽光やろうそくの光が反射して目がキラッと光ると、仏像に命が宿っているように見えます。鎌倉時代は、仏像の表現にリアリティーが求められるようになったのですが、その魅力を実感できると思います。

衣にはきれいな文様が描かれていますが、時を経てくすんでいるため、近づいて光を当てないとよく見えません。そうと知らずに実物を見ても気づけませんが、「みほとけ調査」だと、何となくライトを当てるだけで文様が見えるので、直感的に美しさが分かります。

体には、金粉をにかわで溶いた金泥きんでいが薄く塗られています。これは鎌倉時代に広まった装飾技法で、金の粒が乱反射して、人肌が光を放っているように見えます。このマットな質感も、展示室の照明では見えにくいのですが、「みほとけ調査」だとよく分かると思います。

―こうした体験展示が、通常の展覧会の入り口にあったらいいですね。仏像や陶磁器の見方が感覚的にわかるので、より深く実物を鑑賞できそうです。

松沼
まさにそれがこのコンテンツの狙いです。自分の中に作品の見方の軸ができれば、ほかの作品を見る時も身近に感じられるのではないでしょうか。

 

―第2会場の「四季をめぐる高精細複製屛風」についてもお聞かせください。

西木
こちらはキヤノン株式会社と〈ぶんかつ〉の共同研究により制作した高精細複製品を活用した展示です。国宝「松林図屛風」の複製屛風に雪が降る演出のプロジェクションマッピングを投影するなど、4つの屛風で四季それぞれの情景をあらわしています。

松林図のような渋いテイストの作品は、日本美術を見慣れていないと世界観が想像しにくいですよね。それをプロジェクションマッピングの映像で補っています。より多くの方をいかに屛風の絵画が織りなす豊かな情景へご案内するかを考えて作られた展示です。

―乃木坂46と日本美術の名品のコラボが話題となった、企画展「春夏秋冬/フォーシーズンズ 乃木坂46」(2021年、東博・表慶館)にも、そうした狙いがあったのでしょうか。

西木
まさにそうです。あのときは、博物館は初めてという若い世代が多く来館されました。「未来の博物館」展の第1会場「時空をこえる8K」でも、タレントの山崎玲奈さんなど6人のナビゲーターが、国宝「洛中洛外図屛風(舟木本)」について語る8K映像を大型LED画面で流しています。こうしていろいろなフックを用意して、文化財のことを知ってもらい、楽しんでいただく人の裾野を広げることも私たち〈ぶんかつ〉の重要なミッションです。

―せっかく素晴らしい美術品が国の財産としてあるのですから、多くの方に親しんでいただきたいですね。

松沼
そうですね。文化財は、「自分たちにとって大事なものなのだ」という意識がないと、後世に残っていかないと思います。多くの方に興味を持っていただき、将来の保存につなげていきたいです。


鮫島圭代 Tamayo Samejima
美術ライター、翻訳家、水墨画家
学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。著書に「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)ほか。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/