【探訪】歴史と物語を堪能する「刀剣の間」「国宝 東京国立博物館のすべて」展 東京国立博物館 小説家・永井紗耶子

今回の「国宝 東京国立博物館のすべて」展の見どころの一つは、日本最多を誇る19件の国宝刀剣コレクションでしょう。
これまで「紡ぐ」サイトにて「おちこち刀剣余話」というコーナーにて、刀剣について色々と書いて参りましたが、ここまで名だたる名刀がずらりと並ぶのは、なかなかあることではありません。
今回の展覧会では、刀剣の魅力を余すことなく堪能できるよう、ライティングやガラスケースでの展示にこだわったとのこと。今まで見られなかった名刀もあるので、楽しみに足を運びました。
酒呑童子を切った「童子切」
通称「刀剣の間」に一歩足を踏み入れると、最初に姿を見せるのは「童子切」です。

その姿は神々しくも清冽……とでも言いましょうか。美しいのですが、それだけではない、鋭さを感じさせる一振りです。
平安時代中期、源満仲が、伯耆国の名工、大原安綱に打たせたのがこの刀。それは源氏の祖である源頼光の手に渡ります。その頃、都で美女を攫って食べていると言われる鬼がありました。大江山に住まう酒呑童子という鬼を退治するべく、頼光はこの安綱の刀を携えて向かいました。そしてついに首を切り落としたと伝わります。
この伝説は、事実であったかどうかは分かりません。しかし或いは、「酒呑童子」に例えられる何者か……敵や盗賊のようなものがいたのかもしれません。そしてそれを退治した頼光の武功を称えるために語られた物語なのかもしれません。
真実は分かりませんが、以来、この刀は酒呑童子を切ったことから「童子切」と称されるようになったとか。
後にこの「童子切」は足利将軍家に渡り、豊臣秀吉や徳川家康などに伝わって行きました。
天下人たちを魅了した一振りが、ガラス越しとはいえ、こんなに間近に見られるとは……正に眼福です。
優美な「三日月宗近」
そこから更に奥へと足を進めると、今度はぐるりと刀たちに囲まれます。
刀には魂が宿る……と言われることがありますが、正にその通り。何とも言えぬ圧のようなものがじわじわと迫って来るのです。19件もの国宝や重要文化財の刀剣があれば、その力は並々ならぬものがあっても不思議はないでしょう。この「圧」を感じるのも、「刀剣の間」の楽しみ方の一つでしょう。
そして、やはりここで触れておかねばならないのは、会場真ん中にある「三日月宗近」でしょう。涼やかな姿にひきつけられるのですが、間近で見ると緊張もする。優美な美しさを持つ一振りです。

この刀は平安時代の刀工、三畳小鍛冶宗近の作。こちらもまた「天下五剣」の一つです。
こちらはいわゆるファンタジー的な伝説はないのですが、ここ今日に至るまでの来歴がすごい。戦国時代、松永久秀と三好三人衆の襲撃を受けた13代将軍足利義輝が、この刀を振るったと言われています。義輝は将軍であると共に、武勇に優れた人であったとか。しかしながら義輝はこの襲撃によって命を落とします。
その後、この三日月宗近は三好政康から豊臣秀吉に献上され、秀吉の正室、高台院のものとなりました。そこから徳川秀忠に渡り、江戸時代には徳川家の所蔵となったとされています。しかしその途中で、尼子氏の忠臣で、歌舞伎などにもヒーローとして登場する山中鹿之助の手に渡ったとも伝わります。
正に、歴史の重要な場面にあって、天下人の手を渡って来た一振り。もしもこの刀が何かを語るとしたのなら、どんな物語を紡いでくれるのだろう……と、思い巡らさずにはいられません。そして、擬人化するならば、どんな姿……と、考えたなら、なるほど確かに、美しい姿であろうと思うのです。
一国にも代えがたい「大包平」
他にも語りたい刀は数多ある……というか、ここに並ぶ刀たちは皆、全てに伝説や物語、名だたる人々の歴史が詰まっているのですが、あと一振りを語るとしたら、これでしょう。
大包平です。

ずらりと並ぶ刀の中で、思わず吸い寄せられるように近づいてみたくなる一振り。重厚な佇まいと、勇ましさ。貫録を感じさせる、どこか歴戦の古武士のような雰囲気を感じます。
これを鍛えたのは、平安時代の刀工、包平。そして持っていたのは池田輝政でした。
池田輝政は、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と、戦国の三英傑に仕え、数々の歴戦を勝ち抜いて来た武将です。そしてこの大包平を愛用し、「一国にも代えがたい」として、大切にしていたとか。池田輝政は刀剣には強いこだわりがあり、独自の美意識の持ち主であったようです。
江戸時代に入ってから、池田は築城にも携わり、姫路城を建てました。あの美しい白い城を見ると、池田輝政の美意識が垣間見えるようにも思えます。
実はこの大包平、戦後になってからGHQのマッカーサー元帥が欲しがったという逸話が残されています。しかし所有者が「自由の女神と引き換えならば」と切り返し、マッカーサーも断念をしたとか。池田輝政が「一国にも代えがたい」と言ったように、これは正に国の宝と言うに相応しいでしょう。
この「刀剣の間」は、正に一生分の刀を堪能できるとさえ思える贅沢な場所です。
まずは、何の先入観もなく、呼ばれるままに刀に近づいて、その刀身を眺めてみてはいかがでしょう。その後に、解説を読んだり、音声案内などで情報を集め、再度、刀をじっと見る。すると、この刀に感じていた魅力の正体がちょっとずつ見えて来るように思えます。
歴史と物語を感じる、刀剣の魅力を堪能してみて下さい。
