鮫島圭代の「学芸員さんに聞く!5分でわかる国宝のみどころ」「国宝 楼閣山水図屏風」

東京国立博物館創立150年記念 特別展「国宝 東京国立博物館のすべて」
会場:東京国立博物館(平成館)
会期:2022年10月18日(火)~ 2022年12月11日(日)
休館日:月曜日
観覧料:一般2,000円/大学生1,200円/高校生900円
*本展は事前予約制です。
*会期中、一部作品の展示替えを行います。
詳しくは(https://tohaku150th.jp/)へ。

今秋の大注目展、「国宝 東京国立博物館のすべて」が、10月18日(火)から2022年12月11日(日)まで、東京国立博物館で開催されます。
この特別連載では、ずらりと並ぶ国宝のなかから、ぱっと見ただけでは鑑賞のポイントがわかりにくい2点にフォーカス!
思わず誰かに話したくなるような「絵の楽しみかた」を、学芸員さんにやさしく教えていただきました。

第1回目の今回は、近世絵画を研究されている大橋美織(おおはしみおり)絵画・彫刻室研究員(日本絵画)による、「国宝 楼閣山水図屛風ろうかくさんすいずびょうぶ」(池大雅筆 江戸時代 18世紀)の解説です。(展示期間:11月15日-12月11日)

国宝 楼閣山水図屛風 池大雅筆

―この絵が描かれた背景を教えてください。

この楼閣山水図屛風を描いた池大雅は、江戸時代中期、18世紀半ばに京都で活躍し、日本の文人画を代表する画家といわれています。

「文人」というのは、中国では、とても簡単にいってしまえば、人柄に優れた、知識人、教養人のことです。なかでも絵画にも造詣のあった文人を「文人画家」、彼らの描く絵画を「文人画」といいます。彼らは、職業画家ではないため、趣味や余技として絵を楽しんでいました。画技を追求することよりも、自分の意にかなうものを描いたのです。

日本では江戸時代に、中国の絵画や版本が主に長崎を通じてもたらされました。日本の文人画家たちは、中国の文人の思想や生き方に憧れ、限られた中国絵画や画譜などを懸命に学び、そこに自らの感性と想像力を加えて作品を生み出していきました。

 

-中国の景勝地を描いたこの絵にも、中国への憧れや、楽しんで描く気持ちが現れていますね。

まさにそうですね。

右隻に描かれているのは、洞庭湖どうていこという湖のほとりに建つ岳陽楼がくようろうという建物です。一方、左隻には、欧陽脩おうようしゅうという文人が、赴任先で友人たちを集めて宴を催したという酔翁亭すいおうていが描かれています。どちらも、古くから中国の文学や絵画の主題となっていた有名な場所です。

江戸時代の画家たちは、実際に中国に行くことはできなかったわけですが、長崎などから入ってくる限られた情報を共有し、憧れの土地へと思いをはせました。この絵を描くにあたって、大雅は、中国で作られた画帖(小さなアルバム仕立てのもの)の絵をもとにして、屛風という大きな画面に構成し直しました。「高い楼閣から洞庭湖の広がりを見たら、きっとこんな感動があるのだろう」、「こういう楽しい宴が行われていたのだろう」など、想像しながら描いたのでしょう。

この屛風は、左右の画面とも、一面に金箔が貼られていて、その上に絵が描かれています。

伸びやかでリズミカルな墨の線も魅力的ですが、緑青ろくしょうの緑や、群青ぐんじょうの青などの色も、心地よいアクセントになっています。大雅は色彩感覚にも優れた画家でした。

この屛風を斜め横から見たり、かがんで見上げたりすると、光の反射によって絵具がキラキラと輝いたり、絵具の下に金地が透けて見えたりします。そうした微妙な輝きや色合いは、肉眼で見ないとわかりません。展覧会場でぜひ楽しんでもらえたらと思います。

国宝 楼閣山水図屛風 池大雅筆 右隻

右隻の洞庭湖の絵では、画面の左からこちらへと向かってくる船とともに描かれる、迫力ある波のうねりが圧巻で、画面右奥のなだらかな波との対比も見事です。風に吹かれる柳の枝からは、風の音や葉っぱの匂いなどまで伝わってきませんか? 楼閣を見ると、楽しそうな人々の笑い声まで聞こえてくるようです。

こうした波、風、笑い声なども、実際に作品の前に立つと、より強く感じることができます。五感で楽しむことができる作品ですね。

国宝 楼閣山水図屛風 池大雅筆 左隻

左隻には、真ん中に酔翁亭の建物を描いています。まるで、この絵を見ている私たちも山のなかにいるようですね。岩を墨の線で描き、さらに金色の線でくくり、緑青や群青を用いることで、装飾的に見せています。これは「金碧青緑山水きんぺきせいりょくさんすい」という中国の伝統的な画法で、大雅は、憧れの中国の景勝地を表すために、あえて古い画法を使って描いたと考えられます。

大雅は、幼い頃、神童といわれたほど書も上手かったことが知られ、きれいな墨の線も見どころです。木の葉などを、線や点でリズミカルに描き、その積み重ねが、絵が放つ躍動感を生み出しているのです。

右隻は、広がりのある湖を描いているのに対して、左隻は、木々が茂る山のなかの景色です。こうした、みつの対比もこの屛風の魅力です。展覧会場では、ぜひ右隻と左隻の間に立って見比べてみてほしいなと思います。

このように、この絵を見ていると、国も時代も超えて、自分が絵の中に入り込んでいるかのような感覚になります。なぜ大雅がこれほど実感にとんだ作品を描くことができたのか。その理由は、大雅が自然に親しみ、それぞれのモチーフの描写も的確だからだと思います。

大雅は旅が好きで、各地をめぐり、富士山にも何度も登っています。また、琵琶湖で水の動きを観察していたことも知られています。大雅自身が自然のなかで感じた感動や観察眼を、まだ見ぬ憧れの風景を描く際にも生かしたのでしょう。風になびく柳、うねる波など、それぞれのモチーフが的確に描かれているからこそ、私たちもまた、実際にこの場所に行ったような気分になれるのだと思います。

―絵の細部を見ると、道端でお茶を飲む人など、いろいろな人が描かれていて、そうした発見も楽しいですね。

そうですね。文人画は、教養が高い人が描いたことから難しいと思われがちですが、絵の背景を知らなくても気軽に楽しむことができます。

私はお酒を飲むのが好きなのですが、左隻の建物のなかにいる真ん中の人は、さかずきを手に持って、いい表情をしていますよね。ゆったりと自然のなかに身を置いて、気のあう仲間とお酒を飲んで。この絵を見て、「またみんなで飲みたいね」とか、「楽しいとこんな表情になるよね」など、自分に近づけてもっと気軽にこの絵を楽しんでもらえたらと思います。とはいえ、絵のなかの彼らは、詩を詠むなど、高尚なこともしているわけですが。(笑)


鮫島圭代 Tamayo Samejima
美術ライター、翻訳家、水墨画家
学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。著書に「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)ほか。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/