「日本史王」本郷和人のアート入門!第2回 特別展「日本美術をひも解く―皇室、美の玉手箱」(下) 「かっこいいな!」明治・大正の工芸

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「日本史王」の本郷和人です。東京藝術大学大学美術館で開かれている特別展「日本美術をひも解く―皇室、美の玉手箱」(925日まで)を訪れた前回は、宮内庁三の丸尚蔵館が収蔵する鎌倉時代の国宝《蒙古襲来絵詞》と《春日権現験記絵》を、「日本史王」の目で紹介しました。


2回目となる今回は引き続き、この特別展で「美しいな」「すごいな」と感じたものを紹介します。「日本史王」の旗を掲げたからには、歴史については批判も覚悟!の気持ちですが、アートについて僕は素人です。黒川廣子館長が色々教えてくれた作品の情報もみなさんと共有しながら、歴史学者の僕なりにレビューしていきます。

本郷和人さんと黒川廣子館長(左) 撮影・青山謙太郎 国宝《唐獅子図屏風》(宮内庁三の丸尚蔵館蔵)の展示は8月28日で終了しています

武器としては役に立たなくても「かっこいい」と感じる理由は?


僕が、2つの国宝と同じ3番目の部屋で「うわ、かっこいい!」と思わず声を上げたのが、この《太平楽置物》(宮内庁三の丸尚蔵館蔵)でした。
近代日本工芸史が専門の黒川館長によると、彫金家の海野勝珉が明治32年(1899)に製作し、翌年1900年のパリ万国博覧会に出品された彫金の作品です。
甲冑を着て刀を持っているので、武士に見えるのですが、これは舞楽を舞っている姿だそうです。黒川館長が「後ろも見てください」と指さしたのは、背中に担いでいる矢が逆さに入れられている部分。これは戦闘用ではないことを意味しています。
鎧も腰のところがキュッと絞られていて、ガンダムみたい。腰のベルトは仮面ライダーみたい。兜が上に反り返っているところも、どこを見てもすごくかっこよくて、僕の中の少年の心がくすぐられましたね。

でも、こうした要素って、歴史的な武士の甲冑とは全く方向性が違うのです。
前回紹介した《蒙古襲来絵詞》と《春日権現験記絵》には、鎌倉時代の武士の大鎧おおよろいが描かれています。大鎧は美しい造形ですが、もともとは段ボールをすぽっとかぶるように、前後左右をガチガチに防御するための構造をしています。胸の前にぶらさがっている板も、単なる飾りではなく、弓を射る体勢のときに出来る隙間を防ぐのが目的です。
一方の《太平楽置物》の甲冑は、防具としての実用性はほとんどないですね。でも、「かっこいい」って感じてしまう何かがあります。

この感じは何でしょうか?
前回も少し触れた、武士は「地方で力が強いものたちから発生したのか」、「京で天皇や貴族を護衛する職業から生まれたのか」という点ではどうでしょう。僕は、戦闘での実用性の無い甲冑を着た姿は、いかにも「京の武士」っぽいなぁと思ったのです。
隣に展示されている山崎朝雲《賀茂競馬置物》(大正13年)(宮内庁三の丸尚蔵館蔵)も、馬に乗っている人物が、筋肉隆々の若い男性ではなくて、「おじさん」なんですよ。「競馬」は「くらべうま」と読み、「競馬けいば」とは違うのです。単に馬の速さや力を競うのではなく、乗る人の「教養」を感じさせることが大事。いかにも「京の武士」らしいです。

山崎朝雲《賀茂競馬置物》大正13年(1924)(宮内庁三の丸尚蔵館蔵)【通期展示】 *内覧会で撮影

鎌倉時代の史料と明治・大正時代の工芸が同じ部屋に展示されているからこそ、思いがけないことが浮かんだり、結びついたりする。これは展覧会鑑賞ならではの楽しさですね。

教えてもらわないと分からなかった 七宝の超絶技巧

会場は、3階と地下1階に分かれています。これまでに紹介したものは3階の展示室です。地下1階の最後の部屋で、思いがけない、「すごい」とうなる作品と出会えました。

並河靖之《七宝四季花鳥図花瓶》明治32年(1899) (宮内庁三の丸尚蔵館蔵)【通期展示】 *内覧会で撮影

この並河靖之《七宝四季花鳥図花瓶》(宮内庁三の丸尚蔵館蔵)は、《太平楽置物》と同様に、明治32年 (1899)に作られた花瓶です。

正直に言うと、たくさんのすばらしい作品を見てきて、最後の部屋だったので、「きれいな絵付けの花瓶だな」くらいで通り過ぎそうになったのです。そのとき、黒川館長が「ちょっと待ってください。これ七宝の絵なんですよ!」と教えてくれました。

「有線七宝」と言って、細いテープ状の金属を輪郭線にし、釉薬の境界線とする技法だそうです。黒川館長によると「通常の有線七宝は細い銀の線を使用しますが、この作品はすべて金の線です。金は銀と比べて値段も80倍以上するので、普通は使わない。そこがすごいところでもあります!」とのことです。

言葉では説明しきれない超絶技巧ですので、ぜひ会場で目をこらしてみてください。きっとびっくりしますよ。

 今回の展覧会を鑑賞して思ったこと

高橋由一《鮭》明治10年 (1877)頃 (東京藝術大学蔵)【通期展示】 撮影・青山謙太郎

今回の特別展を見て、アートの世界には、これまで誰も見たことがない作品を創り出す天才的な作家と、専門的な技を尋常じゃない高さにまで重ねていくタイプの作家の2つがあるのかなと思いました。

 最近、現代アートの研究者と対談する機会があったのですが、その時、教えてもらったのが、現代アートの原点といわれているデュシャンの「泉」です。小便器を横にひっくり返しただけですが、それまで誰も考えつかなかった天才的なアイデアですよね。僕も話しを聞いて、なるほどと理解できました。

 一方で、技を積み重ねていくタイプは、近現代のアートではどう評価されているのでしょうか?

前回、《春日権現験記絵》について、歴史学者にとっては、絵よりも、文章である「詞書ことばがき」のほうに目をひかれると言いました。でも、絵のほうも、気になることがあったのです。

描いたのは、高階隆兼という人物なのですが、絵所預という絵を描く専門の貴族です。

この頃の貴族は世襲です。現代の感覚だと「絵を描くことって世襲できるの?」と違和感がありませんか。文化勲章を親子で授与された日本画の上村松園と上村松篁の例ももちろんありますが、お母さんが有名な絵描きだからという理由で、その子どもが描いた絵がアートとして高く評価されるという話はあまり聞かないですよね。

アートファンのみなさんはどう思いますか?

 それと、特に現代アート好きな人に教えてもらいたいのは、今回のような日本美術の展覧会で展示されている歴史的な史料を鑑賞したときに、どんなところに惹きつけられますか? きっと歴史学者とは違う感覚があるのだと思います。ぜひ感想とともに寄せてもらえるとうれしいです。

◆本郷和人(ほんごう・かずと) 1960年、東京都生まれ。東京大学史料編纂所教授(日本中世政治史、古文書学)。近著に『歴史学者という病』(講談社現代新書)。

 *「日本史王」本郷和人のアート入門!への感想をメールでお待ちしています。
t-bnavi@yomiuri.com (@を半角の@ にしてお送りください)

特別展「日本美術をひも解く―皇室、美の玉手箱」
会期:2022年8月6日(土)~9月25日(日)
会場:東京藝術大学大学美術館(東京都台東区上野公園12-8)
開館時間:午前10時~午後5時、9月の金・土曜日は午後7時30分まで開館
※入館は閉館の30分前まで
※本展は日時指定予約の必要はありませんが、今後の状況により入場制限等を実施する可能性があります。
※最新情報は展覧会公式HPをご確認ください。
休館日:月曜日(ただし、9月19日(月・祝)は開館)
観覧料:一般2,000円、高・大学生1,200円、中学生以下無料
詳しくは展覧会公式HP:https://tsumugu.yomiuri.co.jp/tamatebako2022/

「日本史王」本郷和人のアート入門!第1回

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