【和田彩花のカイエ・ド・あーと】第18回 ユトリロが描いたパリ

ユトリロが描いたパリ

2015年に新宿で開催されていた「ユトリロとヴァラドンー母と子の物語―」という展覧会が今でも忘れられません。

とくに、ユトリロの風景画を気に入ったのを覚えています。単純に好きというよりも、気になって頭から離れない……というような気持ちが強かったです。また、この展覧会ではアルコールに依存し、精神的に安定することの難しかった彼の人生を知りました。

当時20歳前後だった私にとっては、これらのエピソードが衝撃的な画家の人生として強く印象に残りましたが、ユトリロの立場とか、親との関係を想像できるような経験はあのときの私にはなかったなと振り返ったりもしています。

そんなユトリロ作品との思い出を持っている私ですが、最近はユトリロの立場や生きた環境を考えずにはいられなかったりして、また新しいユトリロ作品との関係を築いています。

今回は、松岡美術館所蔵の1938年頃に制作された《モンマルトルのキュスティーヌ通り》についてお話します。

モーリス・ユトリロ《モンマルトルのキュスティーヌ通り》
モーリス・ユトリロ《モンマルトルのキュスティーヌ通り》
1938年 油彩、カンヴァス 松岡美術館蔵

現代の私たちがパリと聞けば、ユトリロが描き出したような街並みをすぐに想像できますが、本作に描かれているパリのモンマルトルは19世紀以降に整備されていった街で、それまでは採石場があったり、ぶどう畑や風車が見られるような場所だったようです。ユトリロが描き出したモンマルトルの景色は、整備されて間もない街の様子だったりするのかもしれません。

また、アパルトマンの外壁はこんなにも白さが主張される色なのだろうかと疑問を持ちました。ユトリロの画業には「白の時代」と言われる時期がありますが、アパルトマンの外壁に輝く白もこの時代に獲得されたものだったりするのでしょうか。

ユトリロは、パリのモンマルトル周辺の街の様子をテーマに描き続けた画家ですが、同時に哀愁という言葉で表されるような感覚までも描き出していく画家でもあります。本作では、キュスティーヌ通りを歩く人々の姿や建物一階には赤や青などの色彩が見受けられ、ユトリロ作品特有のもの悲しさを強く感じられるわけではないかもしれません。とはいえ、明るい印象が目に飛び込んでくる画面ではなかったり。個人的には、街路樹の葉が枯れ落ち、枝の状態になった幹から肌寒さを思い出させられ、少し寂しく感じたりします。みなさんはどう思われますか?

都市に生まれ変わった街をテーマにしているはずなのに、ユトリロには決して明るく前向きな出来事や風景になっていたわけではないかのよう。

画面から受け取れるもの悲しさとユトリロを象徴するエピソードを重ねて、孤独を抱えていたのかもしれないなんて考えることもできますが、なんだかそう簡単に言いたくはなかったりします。

人間の孤独とか、心で欲しているものはそれなりに複雑だったりするものです。歳を重ねるたびに人の複雑な心の内に接することが多くなった私は、そんな風に思います。

<ココで会える>
松岡美術館は、初代館長であり美術館の創設者である松岡清次郎が若いころから書画骨董を愛し、約半世紀をかけて蒐集した一大コレクションで成り立っており、開館以来、所蔵品のみで展示を行っている特色がある。それは、「私立美術館は美術品を蒐集した館の創立者の美に対する審美眼を、その一つひとつの美術品を通して、ご覧いただく方に訴えるべきところ」と考えた清次郎の意志によるもの。約130件の近代西洋絵画コレクションでは、19世紀後半から20世紀前半の多彩な作品が揃う。2022年にリニューアルオープンし、現在は「松岡コレクション めぐりあうものたち Vol.2」が開催中。東洋の息吹が感じられる西洋美術作品を紹介している。10月23日まで。
美術館公式サイト

和田彩花
和田彩花1994年8月1日生まれ、群馬県出身。アイドル。2009年4月アイドルグループ「スマイレージ」(後に「アンジュルム」に改名)の初期メンバーに選出。リーダーに就任。2010年5月「夢見る15歳」でメジャーデビューを果たし、同年「第52回日本レコード大賞」最優秀新人賞を受賞。2019年6月18日をもって、アンジュルム、およびHello! Projectを卒業。アイドル活動を続ける傍ら、大学院でも学んだ美術に強い関心を寄せる。
初のソロアルバム「私的礼讃」が好評配信中!

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