【愚者の旅―The Art of Tarot】第30回〈エピローグ〉 タロット作者は何を考えていたのか――魔夜峰央さんにイズモアリタさんが聞く

「愚者の旅」も「世界」のカードで終焉を迎えた。22枚の大アルカナで示されたのは、人間世界の様々な営みとその向こうにある「真の世界」の数々の秘密。古今東西の神秘思想、フォークロア、歴史の記憶を下敷きにイメージを膨らませたカードを図案作家のイズモアリタさんのナビゲートで読み解いてきたわけである。それでは実際にデッキを作ったアーティストは、どんなことを考えて、どんな思いでタロットと取り組んできたのだろうか。本連載でも何度も登場した「魔夜峰央タロット」の作者、漫画家の魔夜峰央さんと、大アルカナのデッキを作ったばかりのアリタさんに、タロットへの想いを話し合ってもらった。(美術展ナビ取材班)

アリタ 魔夜先生のデッキ、私は大好きなんですよ。9歳の頃にタロットに出会い、中学2年生の時から占星術にのめり込んだ私なんですが、先生のホロスコープ(占星術で使う天体図)を拝見させて頂いたら、ビアズリーさん(イギリスのイラストレーター、詩人、小説家のオーブリー・ビアズリー)によく似ているんです。写真を見ていると、先生のお顔もビアズリーさんに似ているような気がします。ビアズリーさんの絵に惹かれるところはあるのでしょうか
魔夜 ビアズリーさんに私、似てますかね(笑)。何年か前、新潟の美術館での展覧会に呼んで頂いて、初めてその絵を生でたくさん見ました。(自分の絵の描き方に)近いものを感じましたね。「黒」という色に私はこだわりを持っているんですが、ビアズリーさんも同じように見える。蛍光灯の下では出せない「黒」なんです。私自身、小さい電球ひとつの下で、何度も墨汁を塗り直して、「黒」の色を出している。そうしないと気が済まないんです。
アリタ ビアズリーさんは、歌川国芳など日本の浮世絵師の影響が強いようですが、魔夜先生のカード、例えばナンバー13の「死神」なども、まさに国芳、というふうに見えます。その辺りはいかがでしょうか
魔夜 あの絵はまさしく国芳の《相馬の古内裏》に描かれたガイコツ、「がしゃどくろ」を意識して描いたものですね。いろいろ浮世絵は見てきましたが、私は国芳が好きなんです。(葛飾)北斎よりも好きなぐらい。「がしゃどくろ」は「死」のイメージだけでなく、何だか「包容力」を感じるんですよ。私の今使っている名刺の裏にも「がしゃどくろ」の絵を入れているぐらいです
オーブリー・ビアズリー(1872~1898)は、19世紀末のイギリスで人気を集めた夭折の鬼才。独特の幻想的な雰囲気を持った白黒のペン画で知られ、オスカー・ワイルドの戯曲「サロメ」の挿絵が特に有名だ。日本の浮世絵の影響を受けていると言われるが、ビアズリーの影響を受けた日本の画家も数多い。新潟県立万代島美術館で2016年、「ビアズリーと日本」展が開かれている。

アリタ 先生の作られたデッキは、「死神」以外でも「道(タオ)」の雰囲気を感じさせたり、「龍」のイメージがあったり、東洋的な雰囲気のものが多いですね。例えば、「世界」のカード。中央にあるのはウロボロスですが、その下の人間にはやはり東洋的な雰囲気がある。その辺り、何か強く意識したことはおありでしょうか
魔夜 28歳の時に作ったカードですからねえ。細かいことは忘れてしまいましたねえ(笑)。確かどなたから頼まれて絵を描いたんで、自分から「作りたい」と言ったわけではないような気がします。あまり深く考えたのではなく、おそらく2、3日で思いつくままに描いたような記憶がありますね。……はっきり覚えているのは(ナンバー9の)「隠者」のカード。『忍者武芸帳』という映画があったんですよ(1967年公開、大島渚監督、ATG配給)。その「忍者」というイメージを意識して絵に入れました
アリタ ただ、先ほどの「がしゃどくろ」のお話を伺っていても、先生の死生観には独特のものがあるような気がするのですが……。タロットを作られたことが、その後の漫画家生活に影響を与えたということはあるのでしょうか
魔夜 「死生観」というか、人間は亡くなった後、消滅してしまうのではなく、「転生」を繰り返すものだ、という思いはあります。……タロットを描いたことで制作姿勢が変わったということはないです。デビューして2作目がタロットの話なんですよ。漫画家になる前から、タロットには触れてきていましたから、それによって何かが変わった、ということはないです
魔夜峰央さんは1953年、新潟市生まれ。1973年に「デラックスマーガレット」誌に描いた「見知らぬ訪問者」でデビュー。アニメ化もされた『パタリロ!』や『ラシャーヌ!』など、耽美的な世界の中にギャグを入れ込む独特の作風で人気を得た。2010年代後半には、1980年代に出版された短編集に収録されていた『翔んで埼玉』がネットで話題になり、2019年には映画化もされた。一方のイズモアリタさんは1966年、島根県出雲市生まれ。現在はテキスタイル図案作家として活躍する傍らで、タロットの制作、リーディングのイベントなども行っている。

アリタ なるほど。漫画家になる前から、そもそもタロットのような神秘的なものに興味があったわけなのですね。そのルーツはどこにあるのでしょうか
魔夜 小学校2年生の時、『第二の地球』という少年少女向けのSF小説を読んで、「不思議な世界」、「非日常の世界」に興味を持つようになったんですよ。小学生のころはずっと図書委員をしていて、グリム童話とかイソップ童話とか、そういうものも随分読みました。それからですね、(SFとかファンタジーとか)全部ひっくるめてそういう「不思議なもの」が理屈抜きで好きになったのは
アリタ ホロスコープを見ると、先生は7歳の頃に何か魂の扉が開かれるような新しい周期を迎えられた、と出ています。それは、そういうことなのですね
「第二の地球」は昭和36年(1961)に講談社から刊行された『少年少女世界科学名作全集 15』に収録されている。作者はミルトン・レッサーで、高橋豊訳。ミルトン・レッサー(1928~2008)は別名スティーヴン・マーロウ。アメリカのSF/ミステリー作家で、SF分野では少年少女向けの作品で知られているという。

アリタ 先生のタロットデッキは、28歳の時に作られたものだそうですが、また「タロットを描いてみたい」というお気持ちはありますか? 先生のタロットを楽しんでいらっしゃるファンの方も多いのですが、そういう方にメッセージがおありでしたら、最後にお願いします。
魔夜 いやあ、最近、目が悪くなりましたからね、もう描こうとは思わないです(笑)。『翔んで埼玉』もそうですが、若い頃にしか描けないものって、やっぱりあるんですよ(笑)。その時代、想いのままに描いたカードですけど、それが皆さんのお役に立っているのなら、有り難いことです。まあ、(占いとかリーディングの結果には)私は責任を持てませんけどね(笑)

※「愚者の旅―The Art of Tarot」の連載は今回で終わりです。ご愛読ありがとうございました。連載をまとめた書籍は2022年12月、祥伝社新書で発売される予定。魔夜峰央さんとイズモアリタさんの対談の「ロングバージョン」も、新書版には収められる予定です。
【愚者の旅―The Art of Tarot】タロットって何?
14世紀から15世紀にかけてヨーロッパで原型が作られたタロットは、18世紀から19世紀にかけて占いのツールとして使われるようになり、19世紀から20世紀にかけて神秘主義と結びついた。タロットカードに描かれる絵は寓意と暗喩に満ち、奥深く幅広い解釈が出来るようになったのである。数多くの画家たちが腕を競ったカードの数々は、まさにテーブルの上の小さなアート。タロット研究家で図案作家のイズモアリタさんをナビゲーターに、東京タロット美術館(東京・浅草橋)の協力で進めるこの企画は、タロットのキーパーソン「愚者」の「旅」にスポットを当てながら、カードに描かれている絵の秘密を解き明かしていく。