【愚者の旅―The Art of Tarot】第29回 「世界 The World」 愚者がたどり着いた「世界」とは? すべては「ひとときの夢」なのか――

「ライダー版」の世界

「愚者の旅」はついに終点にたどり着いた。最後のカードは「世界」である。「ライダー版」を見てみよう。抜けるように青い空、羽根のようなもので囲まれた結界の中に、女性(?)がひとり浮かんでいる。獣や人、鳥が見守る中、手にロッドのようなものを持って、何だか踊っているようにも見える。とてもハッピーで穏やかなイメージ、それが「世界」のカードの基本になっている。

「マルセイユ版」の世界

女性(?)を囲む「翼の輪」は円環を示しているようにも見える。ふわふわとした羽根は、それが天使に守られているイメージなのだろうか。何だか神聖な感じだ。円環といえば連想されるのが、自分で自分のしっぽを咥えている伝説のヘビ「ウロボロス」。初めもなく終わりもない、ウロボロスの姿は古来、永遠、不滅を象徴するものとされてきた。「ゴールデン・ドーン・タロット」で女性を囲んでいるのは、世界を構成する様々なエレメントのようだ。

「ゴールデン・ドーン・タロット」の世界

真ん中にいる女性(?)は何者だろうか。すべての魂の源である「宇宙霊魂(アニマ・ムンディ)」なのだろうか。「マルセイユ版」でも「ライダー版」でも「ゴールデン・ドーン・タロット」でも薄衣を纏っているこの「女性」、「実はアンドロギュノス(両性具有者)ではないか、という解釈もあるんです」とこの連載のナビゲーター、イズモアリタさんはいう。男でも女でもない生命そのもの、「永遠の円環」に囲まれた姿は、そういう存在がふさわしいようにも思えてくる。四隅で女性(?)を見守っているのは、ワシ、獅子、牛、人間の「四聖獣」。世界を構成する「四大元素」の象徴に囲まれた「円環の世界」は、すべての可能性を内包する「宇宙卵」のようでもある。

「トート版」の世界

真ん中の女性(?)はどうして踊っているのだろうか。「踊る神」といえば、インド神話のナタラージャ。「舞踊の王」ともいわれるこの神は、ヒンドゥー教の主神のひとつ、シヴァ神の踊る化身であり、踊りながら世界の破壊と創造を司るのである。「バッカス版」の女性(?)はタウ十字が描かれた地球の上で踊っているのだが、丸と十字はマンダラを構成する基本要素。そして、ユング心理学では、マンダラを「人類に共通する宇宙観を示すイメージ」と位置づけている。このカードを「宇宙=The Universe」とする「トート版」とともに、創造も破壊も「宇宙のすべて」がこのカードの中にある、と彼女(?)らの姿は示しているようなのである。

「バッカス版」の世界

「マザーピース・タロット」を見ると、その踊りは生命そのものであり、すべての民族の「平等」や「統合」を示唆しているようにもみえる。ここで踊っている女性(?)はタンバリンを持ち、生命の炎の松明を掲げているのだが、「マルセイユ版」や「ライダー版」では、彼女はロッドを持っている。小さなロッドを持っているのは、ナンバー1のカード「魔術師」だ。そのロッドで四元素を操る術を彼女(?)は会得しているのだろうか。いずれにしても、最後の最後に「愚者」が訪れたのは、森羅万象を網羅した、すべてのものが平等で完成された「世界」なのである。

「マザーピース・タロット」の世界

思い出してみよう、「愚者の旅」のスタートを。タロットのナンバーの外にある「0」である「愚者」のカードは、「イノセント」であり、「すべての可能性を秘めた」存在なのだった。“20世紀最大の魔術師”ことアレイスター・クロウリーの記した『トートの書』によれば、それは〈大いなる業の始まり〉の象徴だったのだ。クロウリーは「宇宙(=世界)」は〈大いなる業〉の成果の顕現を表しており、「愚者」と「宇宙」の間の20枚のカードは各段階の〈大いなる業〉とその代理人たちを現すという。イノセントな「愚者」が始めた旅は、様々な段階を経て「世界」にたどり着いたのだが、その「世界」はすべての可能性を内包する「宇宙卵」でもあった。「愚者」は様々な段階の経験をして、スタート地点である「イノセントな世界」に戻ったともいえる。

「ドリーミング・ウェイ・タロット」の世界

「それはつまり、一夜の夢のようなものでしょうか」とアリタさんはいう。「禅宗で『悟り』のプロセスを『牛を探す』10枚の絵で表した『十牛図』のようでもあります」とも付け加える。おじさんが寝ている姿を描いた「ドリーミング・ウェイ・タロット」の「世界」のカードは、まさにそういうイメージを現している。私たち地上の人間の代表であるおじさんは、やがて夢から覚めて現実の世界に立ち戻る。そして、「夢」とは裏腹の現実社会を生きながら、新たなる「愚者の旅」をその心の中に育み始める。ひとつの旅の終わりは、新たな旅の始まりへとつながっていく。それはウロボロスのように終わりのない円環であり、永遠の生命がそこには輝き続けているのだ。

〈うつし世はゆめ、夜の夢こそまこと〉

ヒトの心の裏側を描き続けた怪奇と幻想の作家、江戸川乱歩の言葉である。

(美術展ナビ取材班)

「世界」のカードのいろいろ


【愚者の旅―The Art of Tarot】タロットって何?

14世紀から15世紀にかけてヨーロッパで原型が作られたタロットは、18世紀から19世紀にかけて占いのツールとして使われるようになり、19世紀から20世紀にかけて神秘主義と結びついた。タロットカードに描かれる絵は寓意と暗喩に満ち、奥深く幅広い解釈が出来るようになったのである。数多くの画家たちが腕を競ったカードの数々は、まさにテーブルの上の小さなアート。タロット研究家で図案作家のイズモアリタさんをナビゲーターに、東京タロット美術館(東京・浅草橋)の協力で進めるこの企画は、タロットのキーパーソン「愚者」の「旅」にスポットを当てながら、カードに描かれている絵の秘密を解き明かしていく。