【愚者の旅―The Art of Tarot】第26回 「月 The Moon」 月は心の中を写し出す「鏡」。メランコリックでもありアーティスティックでもあり――

「ヴィスコンティ版」の月

いつか分からない時代、どこか分からない国。上空にはふたつの「月」が輝いている。ひとつは「自然の」月。もうひとつは、「人間が作った」ムーンステーションだ。入植者で賑わっていたムーンステーションだが、地上で起きた最終戦争の影響で物資を届けることができなくなってしまう。人々の見守る中で「死の世界」となった「第二の月」。地上にいる人々は、悔恨と憐憫、哀感と畏怖の念を持って夜空に輝くそれを眺める――。

「マルセイユ版」の月

小劇場演劇の雄、ケラリーノ・サンドロヴィッチが書いた戯曲『消失』では、こんな「月」のエピソードが語られる。天空の世界に「楽園」を作ろうとした傲慢な人間の行為に対する「神」の仕返し。「第二の月」の物語はまるで「バベルの塔」のようなのだ。いにしえから夜空を彩っている「自然の月」と、人間の愚かさの墓標となる「人工の月」。『消失』では、「月」の持つ様々な「顔」が提示される。エジプトでも中国でも西欧でも、人は月の様々な顔を見つめ続けてきたのだ。前置きがちょっと長くなってしまったが、「愚者の旅」のナンバー17のカードの「月」にも、人間が見つめてきた「月」の様々な要素が詰まっている。

「ライダー版」の月

ぽよんとした世界に降り立った「愚者」。希望に満ちた「星」の次のステージ。月の下にはイヌが2匹いて、向こうには一対の建物が門のように構えており、真ん中に長い道がある。手前には池があって、水の中にはザリガニが蠢いている。「マルセイユ版」、「ライダー版」、「ゴールデン・ドーン・タロット」の絵柄はほぼ同じ。「2匹のイヌは何だか神社の門前にいる狛犬みたいに見えますね。まあ、地獄の番犬のケルベロスかもしれませんが」と話すのは、本連載のナビゲーター、イズモアリタさんだ。「『マルセイユ版』では建物の片方は『開いて』いて、片方は『閉じて』いるようですね」。「ゴールデン・ドーン・タロット」では、建物は赤と青、異なる2色で描かれている。陰と陽の二元性を暗示するふたつの「門」。その間をたどる道は、陰陽が融合する究極の世界へとつながっているのだろうか。

「ゴールデン・ドーン・タロット」の月

自ら光を放ち、昼間の世界を司る太陽。月はその光を反射して夜空を照らす。つまり、月は「心の中に秘められたもの」であり「無意識」なのである。池や沼地などの水辺は、「意識」と「無意識」の境目。原始的な生き物であるザリガニは根源的な生命であり、それは「自我」を意味しているようにも思える。「意識」の世界である陸上で夜空に向かって遠吠えをするイヌたちは、人間の中に潜む獣性を示しているようだ。心の中でうごめいている様々な物事を鏡のように映し出すのが、天空にある月なのだろうか。ルナティック(狂気)という言葉があるように、月の映し出す世界は夜の闇の中にある陰画でもある。不安、欺瞞、妄想、まぼろし……『消失』の描く「第二の月」のイメージがそこにはある。

「ユング・タロット」の月

「希望」の次になぜ「月」のカードがあるのか。「ユング・タロット」を見てみよう。水辺を出て、イヌたちのいる原っぱを抜けた「人間」が陰陽の塔の間でグレイト・マザーの前に立っている。「大いなる存在」と向き合う前に、人は自分の心の中を見つめ直さなければならないのだろうか。《ここは生の入り口でもあり、死の入り口でもある》。『トートの書』の中で、アレイスター・クローリーは「月」のカードについていう。《丘の上には、名状しがたい謎や戦慄、恐怖が黒い塔となって立っている。偏見、迷信、旧習、何代にもわたる憎悪などが入り混じって、目の前の月の表面を暗くする。この径を歩き出そうとするには、途方もない勇気がいる》。心の中の闇と正対することは、だれにとっても簡単なものではない。

「トート版」の月

心の奥に潜む想い、ざわ…ざわ…ざわ…と揺れる感情。月が司る「無意識」や「深層心理」の領域は、芸術家たちの想像力の源でもある。白く冷たい月の光は、心の中のざわめきを鎮めていく。「マルセイユ版」、「ライダー版」、「ゴールデン・ドーン・タロット」をもう一度見てみよう。月からは「慈悲の光」がこぼれだし、地上にいる動物たちに降り注いでいる。「心の闇」の存在を認め、それを受け入れていくのならば、安らぎはそこにある。「第二の月」を直視してこそ、『消失』の世界には救いと未来があるのである。

「1JJスイス」の月

「1JJスイス」の「月」のカードでは、月光のもと、恋の歌を奏でる男女の姿が描かれている。音楽や絵画、演劇や映画、様々な芸術作品に月は取り上げられてきた。

MOON あなたは知っているの

MOON あなたは何もかも

初めて歩いた日のことも――

レベッカの「MOON」にはこんな歌詞がある。ただただ人間たちの営みを見続けている月。恐ろしくもあり、優しくもある光の下、「愚者」の歩みは続いていく。

(美術展ナビ取材班)

「月」のカードのいろいろ


【愚者の旅―The Art of Tarot】タロットって何?

14世紀から15世紀にかけてヨーロッパで原型が作られたタロットは、18世紀から19世紀にかけて占いのツールとして使われるようになり、19世紀から20世紀にかけて神秘主義と結びついた。タロットカードに描かれる絵は寓意と暗喩に満ち、奥深く幅広い解釈が出来るようになったのである。数多くの画家たちが腕を競ったカードの数々は、まさにテーブルの上の小さなアート。タロット研究家で図案作家のイズモアリタさんをナビゲーターに、東京タロット美術館(東京・浅草橋)の協力で進めるこの企画は、タロットのキーパーソン「愚者」の「旅」にスポットを当てながら、カードに描かれている絵の秘密を解き明かしていく。

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