【愚者の旅―The Art of Tarot】第23回 「塔 The Tower」 崩れ去るのは「バベルの塔」か「神の家」か。崩壊ですべてが清算される――

「マルセイユ版」の塔

「塔 The Tower」のカードを見て、まず頭に浮かぶのが旧約聖書、創世記の「バベルの塔」の物語である。
〈すべての地が同じ言葉を使っていた頃、人々は言った。「街と塔を作ろう。塔の先が天に届くほどの。有名になって、全地に散らされるのを免れよう」。主はその街と塔を見て仰せられた。「彼らは一つの民で、同じ言葉を話しているから、こんなことを企てたのだ。ならば彼らの言葉を乱し、互いに言葉が通じないようにしよう」。主が全ての地に人を散らされたので、街づくりは取りやめになった〉
簡単にまとめると、こんな感じだろうか。「神の領域」である「天」を侵そうとする「虚栄心」から来る「傲慢」な行為。怒った神による制裁。16世紀のオランダの画家、ブリューゲルが描いた「バベルの塔」の絵は、あまりにも有名だ。

「ヴィスコンティ版」の塔

「塔」=「バベルの塔」。その解釈が世間に広く流布されためか、このカードは、「死神」や「悪魔」と並び、大アルカナ22枚の中でも特に「不吉」なものとされている。RPGの名作「サガ・フロンティア」でも、「塔」は魔力を無限大に使う超強力な攻撃魔法。「塔」=「破壊」。そのイメージは日本のエンタメ業界にさえ、浸透している。

「ゴールデン・ドーン・タロット」の塔

ただ厳密に言うと聖書での「バベルの塔」は「建設が取りやめられた」のであって、「神の手によって壊された」とは書かれていない。そこに微妙な違いがある。「塔で描かれている建物は、『神の家』とも言われていますね」と話すのは、本連載のナビゲーター、イズモアリタさんだ。「神の家」とは何を指すのか、「バベルの塔」とはどう違うのか。

「ライダー版」の塔

カードの絵をもう一度、フラットな目で見直してみよう。「マルセイユ版」「ライダー版」「ゴールデン・ドーン・タロット」といった主要デッキのコンセプトは一致している。①真ん中に「塔」があり②王冠の形をした頂上部分が壊れている③「塔」を壊すのは、天からの一撃だ④そこからは2人の人間が落下している――。「『マルセイユ版』に関しては『塔の内側から何か(フェニックス?)が外に飛び出している』という見方もあります」とアリタさん。内にあった何かが飛び出すのか、外側からの力で建物が壊されるのか。いずれにしても、どうやらこの塔は「王の権威に守られた」もののようで、それが火だるまになっていて、人間が崩落している(あるいは転倒している)状況は同じだ。「トート版」や「ステラ・タロット」で光を放射しているのは「神の目」だろうか。エジプトの太陽神ラーは自らを崇めない人間を滅ぼすため、片方の目から破壊の神セクメトを生み出したのである。すべてを焼き尽くす巨大なエネルギー、それは特に「トート版」で強調されているようだ。

「ステラ・タロット」の塔

全く別の角度からカードを見てみよう。古くから神話や物語の「塔」の最上階には、「美女」が閉じ込められている。ディズニー映画でおなじみ、ラプンツェルは典型だ。「美女=美しく気高い大切なモノ」が「幽閉されている」のが、「王冠=世俗の権威」に守られた「神の家」(ちなみに「悪魔の家」という言い方もある)だとすると、「神の一撃」は、破滅ではなく解放を意味しているのかもしれない。崩落している人間たちは、「塔を守っていた番人」なのか、「単に巻き添えを食った」のか。「マルセイユ版」の男たちは、塔の近くで転倒しながら「大地に生える命の糧」である草をつかもうとしているようにも見える。「巻き添え」になったことで、彼らは何を得ることができるのか――。

「トート版」の塔

傲慢な人間への「神の鉄槌」か、幽閉された「美しき存在」の解放か。いずれにしても「塔」が示すのは、既成概念の破壊である。よくも悪くも、これまでのことを清算し、無に戻すことを意味しているようだ。「ゴールデン・ドーン・タロット」では、崩壊した塔から人間とともに、白と黒の「陰陽の気」がこぼれ落ちている。「マルセイユ版」で画面を覆う4色の玉は、世界を造る「四大元素」のようだ。絶対的な破壊、ただその後には「新たな生」がある。そんなことを暗示しているのだろうか。

「魔夜版」の塔

「バベルの塔」の物語に戻ろう。神によって「互いに通じない」多数の言語を持つことになった人間たちは、世界中に広がってそれぞれの文明を発展させ、多様な文化を育んだ。一時的な「崩壊」は、長い目で見れば「繁栄」につながったのである。「愚者」の「旅路」を振り返ってみよう。「傲慢」や「虚栄」は人間を「悪魔」にしてしまうのだ。だとすると、「その世界」=「神の家」=「塔」の「崩壊」は悪いことばかりでもない。幽閉された「美女」は解放された。一から物事を作り直すチャンスが訪れたのだ……。「塔」が示す「崩壊」は一筋縄ではいかない。旅する「愚者」も、それは十分感じているのではないだろうか。

(美術展ナビ取材班)

「塔」のカードのいろいろ


【愚者の旅―The Art of Tarot】タロットって何?

14世紀から15世紀にかけてヨーロッパで原型が作られたタロットは、18世紀から19世紀にかけて占いのツールとして使われるようになり、19世紀から20世紀にかけて神秘主義と結びついた。タロットカードに描かれる絵は寓意と暗喩に満ち、奥深く幅広い解釈が出来るようになったのである。数多くの画家たちが腕を競ったカードの数々は、まさにテーブルの上の小さなアート。タロット研究家で図案作家のイズモアリタさんをナビゲーターに、東京タロット美術館(東京・浅草橋)の協力で進めるこの企画は、タロットのキーパーソン「愚者」の「旅」にスポットを当てながら、カードに描かれている絵の秘密を解き明かしていく。

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