【愚者の旅―The Art of Tarot】第21回 「節制 The Temperance」 西洋の「枢要徳」のひとつ。人間はバランスが大事――。

「ライダー版」の節制

新たな旅のステージに入った「愚者」は、「死神」で生と死の深淵を覗くことになった。次なるステーションは「節制 The Temperance」である。前にも書いたが、「節制」は「正義」「力」「知恵」と並ぶ「枢要徳(Cardinal Virtues)」のひとつ。「正義」と「力」はすでにカードに登場した。「知恵」はなぜかないのだが、タロット全体がそれを現しているという説もある。古代ギリシャの時代から、西欧社会の中心的な徳目となっている4項目の「枢要徳」。最後に登場することを考えても、「節制」は重要な要素なのである。

「マルセイユ版」の節制

「ライダー版」でも「マルセイユ版」でも、絵柄の根本は変わらない。女性が壺(あるいは杯?)から壺へと何かの液体を注いでいる。背中に羽根があるところをみると、この女性は天使なのだろうか。注がれている液体は何なのだろう。女性は屋外にいて、足元は川なのか湖なのか池なのか、とにかく水場である。「ゴールデン・ドーン・タロット」や「ライダー版」では、彼方に火を噴く山が見えるのだが、これは何を意味するのだろうか。「マルセイユ版」を含む3種類のカードは女性の額、もしくは頭のすぐ上に光を抱いている。これは一体、何を意味するのだろうか。

「ヴィスコンティ版」の節制

より古い形を残す「ヴィスコンティ版」を見てみると、この女性には羽根が生えていない。着衣や全体の佇まいから考えると、むしろ純朴な庶民のように見える。同じなのは、壺から壺へと何かを流し込んでいる姿だ。「注ぎ込まれているのは水だと言われています」と話すのは、この企画のナビゲーター、イズモアリタさん。「その先にある壺には、ワインが入っているとも言われています」。え? ワインと水を混ぜているの? 実は古代ギリシャの時代から、ヨーロッパでは「ワインの水割り」は、特別珍しくない飲み物だったという。飲み過ぎを避けるために、アルコールに弱い女性のために、炭酸水で割ったワインを飲むことはドイツやフランスでは、今でも日常的にあることなのだそうだ。そう言われると、「節制」の意味が分かってくる。「飲み過ぎ」を避け、生活を律するための知恵、「ワインの水割り」。さらにいえば、「水割り」はあまり水を入れすぎてもおいしくないし、混ぜすぎないのも意味がない。バランスが重要だし、そのための「技」も必要だ。もともとは、そんな解釈ができるカードのように見える。

「タロット・デ・パリ」の節制

「天使の羽根」や「頭の光」、「足元の水」と「遠くの火山」……。「マルセイユ版」以降、カードに付け加えられたイメージは、「節制」のカードの解釈に、さらに深みを与えている。大アルカナで最初に天使が登場するのは、「6」の「恋人」。この時は、世俗の世界にいる人々は、天使の姿を見ることすらできていない。だが、「14」の「節制」では、登場する人物そのものが天使になっている。「旅をしている『愚者』は、すでに肉体という“鎖”から放たれているのでしょう」とアリタさんはいう。多くの目を持ち翼を持つ天使。それは、神を見ることが出来るケルビム(智天使)なのだろうか。

「ゴールデン・ドーン・タロット」の節制

熱く乾いている「火山」と冷たく湿っている「水場」。そこには、「熱・冷」「乾・湿」という「四大元素」の構成要素がそろっている。そこで「何かをブレンドしている」天使の姿は、世界をうまく「融合」させているようにも見える。額の光は「第三の目」なのだろうか。五感の向こうにある神秘的な世界。天使の目はそこまでも見据えているように思えるのだ。そう考えると、「水」が行き来するふたつの壺は「意識」と「無意識」を現しているのだろうか。そして「水」のしたたる世界の中にいる「ドリーミング・ウェイ・タロット」の天使は、生命のあふれる世界を象徴しているようにも見える。

「ドリーミング・ウェイ・タロット」の節制

20世紀最大の魔術師」ことアレイスター・グローリーによる「トート版」はさらに先鋭的だ。大きな器に何かを注ぎ込んでいる人物は、陰と陽を併せ持つアンドロギュノス(両性具有者)のように描かれている。注ぎ込んでいるのは、「火」と「水」のようだ。それらが融合される様子を「水の番人」のワシと「火の番人」の獅子が見守っている。ここに描かれているのは、矛盾する要素を融合させて新たな世界を創り出す錬金術の秘儀なのだろうか。「トート版」だけこのカードが、「Art=技」と名付けられているのが、象徴的だ。

「トート版」の節制

足すと「21」という数字が浮かびあがるタロットカードのペア。「14」の「節制」の裏にあるのは、「7」の「戦車」である。「勝利」の「凱旋」を得るためには、「節制」が不可欠であり、矛盾する様々な物事を「融合させていく」ための「技」や「バランス」が必要なのかもしれない。どうやら「愚者」は旅の中で、さらにまた世界の真理に触れたようである。

(美術展ナビ取材班)

「死神」のカードのいろいろ


【愚者の旅―The Art of Tarot】タロットって何?

14世紀から15世紀にかけてヨーロッパで原型が作られたタロットは、18世紀から19世紀にかけて占いのツールとして使われるようになり、19世紀から20世紀にかけて神秘主義と結びついた。タロットカードに描かれる絵は寓意と暗喩に満ち、奥深く幅広い解釈が出来るようになったのである。数多くの画家たちが腕を競ったカードの数々は、まさにテーブルの上の小さなアート。タロット研究家で図案作家のイズモアリタさんをナビゲーターに、東京タロット美術館(東京・浅草橋)の協力で進めるこの企画は、タロットのキーパーソン「愚者」の「旅」にスポットを当てながら、カードに描かれている絵の秘密を解き明かしていく。

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