【愚者の旅―The Art of Tarot】第16回 「吊された男 The Hanged Man」 どちらが上でどちらが下なのか。旅はさらに「内なる宇宙」へと続く――。

「ユング・タロット」の吊された男

セカンドステージに突入した「愚者の旅」。ナンバー12のカードは「吊された男 The Hanged Man」だ。「これもまた、解釈に奥行きがあってワクワクします」というのは、この連載のナビゲーター、イズモアリタさん。「運命の輪」でひとつのステージを終え、「力」で理性と野性を融合させた愚者。「彼が突入していくのは、さらに神秘主義的な世界。『吊された男』はそれを示しているようなのです」とアリタさん。「12」という数の1の位と10の位を足してみると、「1+2=3」。「3」は創造性や生産性を示しており、それが偶数であることで「逆相」を示すとすれば、創造性や生産性は外の世界ではなく内側の世界に向くことになる。

「マルセイユ版」の吊された男

それぞれのカードで描かれているのは、文字通り「吊された男」である。なぜ彼は吊されているのか。吊されているのはどこなのだろうか。「吊される」という状況からは、何かの「罪」を犯して「罰」を受けているというバッドイメージが連想される。実際、アメリカ在住のタロット研究家、レティシア・バルビエさんの著書『タロットと占術カードの世界』(原書房刊、鏡リュウジ監訳)によると、中世ヨーロッパでは《片足で吊される処刑は(中略)裏切り者や汚職・詐欺に関わった者、特に欲に駆られた者に与えられた者に与えられた屈辱的な行為》だったそうである。

「バッカス版」の吊された男

ただ、「マルセイユ版」でも「ライダー版」でも、「吊された男」の表情は、意外と穏やかだ。だとするとこれは「刑罰」ではなく、何かの「修行」なのだろうか。「滝行」などと同じ「荒行」の一種なのだろうか。「バッカス版」のカードを見ていると、この男は「吊されて」さえもいない。木の棒に縛り付けられた足を十字の形に組んでいる。足で示す「十字」がキリストの磔刑を暗示しているとすると、「困難の向こうにある祝福」「他者のすべてを受容する自己犠牲の精神」という言葉が浮かんでくる。

「ライダー版」の吊された男

よく見ると、ヴィスコンティ版」の男のポケットからはボロボロと丸いモノがこぼれ落ちている。これは一体何なのか。この男が持っている「悪徳」や「貪欲」なのか。それとも詐欺や裏切りで得た不浄な金がその身から離れていく様子なのか。「裏切り」といえば、キリストの十三番目の弟子、イスカリオテのユダは、「銀貨30枚」で神の子を祭司長に「売った」のだった。ユダの裏切り、キリストの磔刑、その向こうにある再生と祝福……そんなイメージが浮かんでは消えていく。

「ヴィスコンティ版」の吊された男

「マルセイユ版」や「バッカス版」で、男の足を縛り付けている棒を支えているのは2本の樹だ。「マルセイユ版」では、左右の樹に6つずつ、「バッカス版」では左右の樹を併せて6つ、「芽」のようなものが見える。「6」という数字が楽園を示し、「芽」が生命を意味するのであれば、これは「生命の樹」なのだろうか。「6+6=12」でもある。さらに「ライダー版」では、男の背後に光の輪が輝き、吊されている樹は神そのものを示すT字形の「タウ十字」のようにも見える。月明かりのもと、光輪に包まれた男が描かれている「マザーピース・タロット」。月が深層心理の象徴だとすると、「生命の樹」に「吊された男」の苦行の向こうには「内宇宙」という「新たな世界」が見えているようだ。足に絡みつく縄は、楽園にいたヘビのようでもある。

「マザーピース・タロット」の吊された男

「このカードは、今まで自分が生きてきた世俗の価値観を捨てて、『手も足も使わずに世界を見る』ということを表しているようにも見えますね」とアリタさんはいう。「逆さ吊り」による「自己犠牲」を経ることで、男は「より高次の精神世界に到達する」のだろうか。世俗の常識を捨て、様々な概念を反転させて自分自身を変えることで、世界をも変容させるというイメージなのだろうか。「エル・グラン・タロット・エソテリコ」では、「男」はすでに人間ですらない。周りにある生命の樹のエネルギーを、ポセイドンの鉾を思わせる三つ叉の避雷針のようなもので探る「装置」のようになっている。

「エル・グラン・タロット・エソテリコ」の吊された男

冒頭の「ユング・タロット」を見てみよう。「吊された男」は、「陰」と「陽」のエネルギーの源に足と頭を置き、そのエネルギーが交叉する空間を浮遊している。体に巻き付いているのは、生命の象徴のヘビ、世俗の価値観を超越したその世界には、上も下もないのである。「男=愚者」がこれからのみ込まれていくのであろう「深遠なる世界」。そこにあるのは希望なのか絶望なのか。「旅」は、いよいよ核心に迫っていくのである。

(美術展ナビ取材班)

「吊された男」のカードのいろいろ


【愚者の旅―The Art of Tarot】タロットって何?

14世紀から15世紀にかけてヨーロッパで原型が作られたタロットは、18世紀から19世紀にかけて占いのツールとして使われるようになり、19世紀から20世紀にかけて神秘主義と結びついた。タロットカードに描かれる絵は寓意と暗喩に満ち、奥深く幅広い解釈が出来るようになったのである。数多くの画家たちが腕を競ったカードの数々は、まさにテーブルの上の小さなアート。タロット研究家で図案作家のイズモアリタさんをナビゲーターに、東京タロット美術館(東京・浅草橋)の協力で進めるこの企画は、タロットのキーパーソン「愚者」の「旅」にスポットを当てながら、カードに描かれている絵の秘密を解き明かしていく。

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