【京のミュージアム #3】樂美術館  あ!この茶碗好きかも 樂歴代 特別展「茶碗が紡ぐ ものがたり」8月21日まで

16代続く樂家歴代の作品とそのものがたりに向き合える会場

千利休が使った黒樂茶碗で知られる初代から、当代16代までの樂家歴代の作品を展示した特別展「茶碗が紡ぐ ものがたり」が樂美術館で開かれています。樂茶碗は桃山時代に、千利休と初代長次郎が出逢うことで生まれました。唐物や高麗物が中心だった当時、佗茶の世界に合った新たな和物茶碗を模索する中で造られたものです。今回の展示は歴代の作品を〝ものがたり〟を通して見ていこうという試みで、それぞれの茶碗に沿って人の物語、作陶の物語が分かりやすく解説されています。企画展は8月21日まで。

樂歴代 特別展「茶碗が紡ぐ ものがたり」
会場:樂美術館 (京都市上京区)
会期:2022年4月29日(金)~8月21日(日)
開館時間:午前10時00分~午後4時30分(入館は午後4時まで)
休館日:月曜日 (祝日は開館)
アクセス:京都市バス「堀川中立売」下車徒歩3分、同「堀川今出川」下車徒歩7分、地下鉄「今出川駅」下車徒歩13分
入館料:一般1100円、大学生900円、高校生500円、中学生以下無料、障がい者手帳提示の方500円(介助者1人無料)
詳しくは樂美術館ホームページ

樂焼・樂家

樂家初代長次郎は茶の湯の大成者である千利休の創意のもと、抹茶を飲むための黒樂茶碗、赤樂茶碗を造り樂焼を創設しました。ルーツは中国・明の技法である緑、黄、褐色の三彩釉。長次郎は唐物が中心だった当時の茶の湯の世界に、ろくろを使わない手捏てづくねという手法と三彩釉と同じ焼成の技法で、新たにカラフルな三彩釉から色を排除した黒や赤のモノトーンの樂茶碗を造り出したのです。利休の侘びの思想を反映して、極限まで装飾性を排除した重厚な存在感を示しています。当初は今焼かれた茶碗ということで「今焼茶碗」、また聚樂第建設の時に掘られた土を使ったことから「聚樂焼」とも呼ばれました。それが次第に「樂焼」と呼ばれるようになったそうです。長次郎を祖に約450年間、樂家では今も三千家(表千家、裏千家、武者小路千家)のための茶碗を造り続けています。

初代長次郎 「黒樂茶碗 銘 面影」 山田宗徧・石川自安書付 畠山崇撮影

長次郎を代表する黒樂茶碗の一つで、樂家に古くから伝わる大切な一碗です。襲名の茶事では今でも大切に使われているそうです。光沢のないカセた肌に慎ましやかな趣は、利休の侘びの美意識を伝えるものと言われています。

第一展示室

十五代直入「焼貫黒樂茶碗 銘 猫割手」 1985年制作 個人蔵 畠山崇撮影

1階には二代常慶から当代の十六代吉左衞門までの、歴代15人の作品が並んでいます。展示室に入るとすぐ正面、十五代直入の「猫割手」が目に飛び込んできます。変わった名前に興味を引かれて説明を読むと。仕事場に入り込んだ野良猫に割られてしまった大切にしていた茶碗。落胆する直入を見て、夫人が欠片を集めて内緒で修復に出します。

数ヶ月後、銀継ぎの技法で修復された茶碗に、直入は元の茶碗より良くなったと喜び名前を付けました。以後、樂家のもてなしの茶碗となっているそうです。修復された茶碗を新しい命として見て面白がる。精神の幅の広さを感じます。

また、修復の技法にも驚かされます。大坂城落城の時に壊れ、金継ぎで完璧に修復されたなつめに驚愕したことがありました。ただ残念なことに、そうした技術を持つ人が減ってきているそうです。

三代道入 「赤樂茶碗 銘 僧正」 表千家九代了々斎箱書付 畠山崇撮影

初代長次郎とはまた違った印象の茶碗です。四角が並ぶ姿に抽象画家のモンドリアンを思い出してしまいました。樂焼きは初代長次郎の侘びを大切にしながらも、代々それぞれの独自の茶碗世界を造り出しています。そのことが長い歴史をつないできた大きな要素なのでしょう。道入は別名ノンコウといい、歴代随一の名工とされます。これは若い時の挑戦の一碗です。本阿弥光悦とも交流があり、作風にも影響を受けています。

十六代吉左衞門さんは「樂家のキーポイントの人。道入は長次郎を模倣せず、新たな茶碗を生み出した。そこにそれ以後の歴代の視線が定まりました。もし、道入がいなかったら家は途切れていたかもしれない」と言います。道入が活躍したのは江戸時代初期。樂家の後ろ盾だった利休が切腹し、時代も豊臣から徳川へと動きます。作陶だけではなく政治的にも様々な困難があったのでしょう。

五代宗入 「黒樂茶碗 銘 亀毛(きもう)」 表千家七代如心斎箱書付 畠山崇撮影

宗入は長次郎に魅せられ自らの軸にしていますが、やはり独自の世界を造り出しています。肉厚で肉感的。ザラザラとしたカセ肌と呼ばれる黒釉が艶をにじませています。同じ黒樂茶碗でも長次郎、下の写真の左入ともども独自の世界を持っているのが分かります。

六代左入「黒樂茶碗 銘 姨捨黒」  左入二百之内 表千家七代如心斎箱書付 畠山崇撮影
八代得入 「赤樂筒茶碗」 共箱 畠山崇撮影

得入は体が弱く25歳で隠居、29歳で亡くなります。作品は多くありませんが、若者らしい真摯な作が特徴です。この作品は10代後半から20代前半の作なのですが、完成度が高く落ち着いた印象です。作陶に限らず一般に年齢によって作風が変わるものですが、隠居後には当代という重荷が外れて作風の幅が広がるそうです。歳を重ねた後の得入の作品を見てみたかったという思いが湧いてきました。

十代旦入 「掛分黒樂茶碗 銘 破レ窓」 表千家十一代碌々斎箱書付 畠山崇撮影

面白い銘です。透明釉の部分に亀裂があり光が漏れるので付いたとか。水が漏れないのかと思いますが、偶然にもそこに透明釉が入り込んで漏れを防いでいるのだそうです。

銘は作者ではなく所有者が付けることが多いということですが、そこにも様々なものがたりがあるのでしょう。茶碗は飾り物ではなく使われるものです。茶碗を見ると扱われ方が分かるそうです。樂茶碗は柔らかさを残して窯から出すので、特によく分かるとか。銘は付かなくても持ち主に愛され丁寧に扱われた茶碗は、自ずとそのことを現しているのかも知れません。

十六代吉左衞門 「今焼茶碗」 個人蔵 田口葉子撮影

当代の新しい茶碗です。歴代それぞれが自分の世界を持つ茶碗を造り、ものがたりが生まれ、銘が付いていきます。この茶碗にはこれから、どんなものがたりが生まれていくのでしょうか。

ところで、樂家の黒樂茶碗造りは4月と11月の年2回。樂家の家内にある窯で、少数の茶碗を焼きます。裏方役の女性も含め、20人近くの手伝いの方が集まるそうです。みんな一般の社会人で会社の有給を取って来る人も。代々受け継ぎ、親から「自分の仕事のことは置いても、樂家の手伝いだけは行け」と言われた人もいるとか。作業は夜中に及び1000度近い高温になる体力を使う危険な作業ですが、自分たちで樂家の茶碗を造り上げるという意識で途切れることなく続いているそうです。京都の文化の土台を支える力を感じます。

第二展示室

ここはちょっとブレイクの間。茶事の雰囲気を出した展示です。茶事とは少人数で懐石、濃茶、薄茶でもてなす正式な茶会のこと。懐石で使う小皿や蓋物、徳利、食籠、水指などが並んでいます。すべて樂家歴代の作です。鵞鳥の大香炉などもあり、茶碗のような小さなものばかりではなく、大きなものも造っていたのを知りました。

第三展示室

三代道入 「黒樂茶碗 銘 青山」 重要文化財 加賀七種之内 畠山崇撮影

ここには樂家歴代に加え、樂家に縁のあった人々の作品なども並びます。「黒樂茶碗 銘 青山」は長次郎の重く沈み込むような趣に対し、明るく軽やかな美しさを現しています。道入を分岐点として樂家歴代は長次郎を手本にしながらも、それぞれの作風に挑んでいくことになるのです。そう言われると黄味を帯びた紋や色合い、形に時代に切り込んでいく覚悟のようなものを感じるのが不思議です。

十六代吉左衞門さんは「この茶碗が好き、でいい。解説を読んでさらに深く知り、次ぎに次ぎにと広がっていくきっかけになれば」と話しますが、見ていくうちに確かに「この茶碗好きかな」という茶碗が現れてきます。

本阿弥光悦 「黒樂茶碗 銘 村雲」 畠山崇撮影

光悦はもともと刀の研ぎ、目利きを生業とした京都の文化人で、二代常慶から茶碗造りを教わったようです。この茶碗も樂家の窯で焼いたと考えられるそうですが、光悦独特の形と黒釉の使い方です。

樂家が代々ご用を勤めた紀州徳川家の九代治寶から拝領した「樂」の字が見える。
十五代直入 「皪釉樂茶碗 銘 梨花」 1998年制作 畠山崇撮影

直入の初期の代表作で本人も気に入っていた作品。個人の所有となったのですが、習っているお茶の先生から「樂茶碗は黒か赤」と言われて泣く泣く手放し、やがて直入の元に戻ってきたという茶碗です。今では樂美術館で大切にされているという、企画展最後の展示に披露されたものがたりでした。

◆樂美術館とは

1978(昭和53)年に14代吉左(覚入)が、樂家が所蔵する作品を一般の人にも見てもらいたいと開設した。樂家には次代の手本にと残してきた初代長次郎からの歴代の作品や、茶道工芸美術品、関係古文書など450年にわたる1200点を超える作品が保存されてきた。それを一括して、樂家に隣接して建てられた樂美術館に寄贈。年4回の企画展(コロナ発生後は3回に)を開き、関連イベントと共に一般に公開している。

★ ちょっと一休み ★

十五代直入さんがよくコーヒー豆を買いに来るというのが、樂家の近くにあるカフェ デ コラソン( https://cafe-de-corazon.com/)。店内の棚には自家焙煎された20種類のコーヒー豆が、浅煎りから深煎りまで順に並ぶ。焙煎機の置かれた、L字型のカウンターに8人が座れるだけの店内には焙煎後のコーヒーの香りが漂う。マスターの川口勝さんが言うにはコーヒー豆で大切なのは新鮮さ、手作業によるカビや黒ずみなどの丁寧な選別、そして豆の種類に適した焙煎度。美味しいコーヒーを飲むためには、豆の種類より好みに合った焙煎がカギだとも言う。お腹の空いた人にはランチセットやスイーツもある。コーヒーの値段は715円~770円。ちなみに筆者が選んだのは深煎りのケニア。

(ライター・秋山公哉)

秋山公哉:1957年生まれ。読売新聞編集局編成部、読売プラス編成本部などを経て、読売新聞事業局で「美術展ナビ」を担当。2022年からフリーのライターに。

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