【探訪】時代を越えて愛される奇才 「近松半二―奇才の浄瑠璃作者」展 早稲田大学演劇博物館  小説家・永井紗耶子

小説家・永井紗耶子さんが、得意の時代ものに深く関連する展覧会を紹介してくれます。江戸時代を代表するストーリーテラーです。

「近松」と聞いて、真っ先に思い浮かぶのは……やはり「門左衛門」でしょうか。

しかし、今回は「近松半二」展です。

近松半二って、誰……と、思われる方もいるかもしれません。

かく言う私も、歌舞伎も人形浄瑠璃も好きで足を運んでいるにも関わらず、はっきりとその存在を認識したのは、第161回直木賞受賞作である大島真寿美さんの『渦 妹背山婦女庭訓魂結び』を読んでから。すると「あれも、これも、それも近松半二の作品だったんだ」と改めて驚くほど、多くの名作を世に送り出しているのです。

今回の演博の企画展「近松半二―奇才の浄瑠璃作者」は、元々、近松半二が好きな方はもちろん、「それ、誰?」という方にも分かりやすく楽しめる展示でした。

「鎌倉三代記」の三浦之助義村・佐々木高綱・時政息女時姫

 二人の「近松」と浄瑠璃

 

近松を名乗る半二は、別に近松門左衛門の息子ということではありません。しかし、浄瑠璃を盛り上げた近松門左衛門と全く無縁の間柄ではありません。

近松門左衛門といえば、「曽根崎心中」「女殺油地獄」「国姓爺合戦」など、現代にも演劇のみならず、映画やドラマにも取り上げられる作品を書き上げた人物です。半二の父である穂積以貫という人物は、儒学者であったのですが、大の浄瑠璃好きだったとか。近松門左衛門が活躍していた全盛期の竹本座に出入りし、文学顧問として門左衛門とも交流がありました。

その門左衛門が逝去した後に生まれたのが、以貫の子、成章……後の半二です。

やがて浄瑠璃作者となった半二は、自らが書き手としてデビューする際に、近松門左衛門に「私淑した」と言われています。私淑……とは、つまり「全然、会ったこともない人だけど、師と仰いでいます」といった意味です。それで「近松」を名乗るようになったのです。

つまり、近松門左衛門の熱狂的なファンであり、同時にその後を追いかける作者でもあったということ。

しかし半二も、「近松」の名に恥じない作者となっていくのです。

『独判断』(右は近松半二肖像)

圧巻、ずらりと並んだ署名入り本

 

この展覧会で、おお!っと、思わず声を上げたくなるのが、ずらりと並んだ浄瑠璃の本たち。寛延四年、1751年に書かれた半二のデビュー作である「役行者大峰桜」から、半二自身の署名の入った正本や、番付表や絵尽などが展示されているのです。その数なんと、人形浄瑠璃作品(正本、番付、絵尽を出品)61作、歌舞伎1作(番付のみ出品)、随想が1作(版本のみ出品)……と、計63作品!

題名を見て見ると、「妹背山婦女庭訓」、「新版歌祭文」、「鎌倉三代記」、「本朝廿四孝」……と、いずれも歌舞伎や文楽を見たことがある方ならば、御存じのものばかり。「あれ、先月の歌舞伎座の演目だったかな」と思うほど、現代にも愛されている作品が並んでいます。

半二は歴史に題材をとった作品を得意としていました。とはいえ、史実に基づく……というのとは少し違います。歴史上の人物たちをキャラクターとして、そこに物語を描いていくのです。そのため、今の大河ドラマのように、時代考証はしていない。だから、鎌倉時代や、奈良時代の物語でも演じる人形たちの装いも江戸のもの。例えば、登場人物の名前こそ、北条時政や源義経、源頼朝……といった鎌倉時代であっても、内容としては大坂夏の陣を描いているということも。

そんな思い切りエンタテイメントに振り切った作品だからこそ、当時の人たちは熱狂し、その作品を何度も見たいと思わせたのでしょう。そして、その普遍的な魅力があるからこそ、現代を生きる私たちが見ても面白い、楽しい作品でもあるのです。

これらの本や絵尽、番付を見ていると、「面白いこと」を求めてやまない大衆と、それを作りたい半二たち浄瑠璃作者が、互いに一つの時代を創っていった熱気が伝わってきます。

「伊賀越道中双六」岡崎の段より唐木政右衛門とお谷

人が演じる歌舞伎と、人形浄瑠璃と

 

近松半二が活躍した頃の大坂道頓堀には、もう一人、同世代の作者、並木正三がいました。正三は、師匠である並木宗輔と共に「一谷嫩軍記」を書き上げた浄瑠璃作者でした。しかしその後、歌舞伎に転身、「霧太郎天狗酒醼」など、次々と書き上げ、歌舞伎中興の祖と言われるほどになります。

当時、歌舞伎の人気が盛り上がり、次第に人形浄瑠璃の人気が落ち始めていました。

そして、半二の作品は、歌舞伎でも演じられるようになるのです。

晩年に至るまで「浄瑠璃作者」としてあり続けた近松半二にとって、歌舞伎の隆盛と人形浄瑠璃の衰退はどんな風に映ったのか……。そこにある物語は、後世の人々の想像力を刺激します。大島真寿美さんの『渦』もそうですし、明治時代に自らも戯作を書いた岡本綺堂は、『近松半二の死』という作品を残しています。

しかし、半二が残した作品は、歌舞伎でも演じられることで、より一層、多くの人々を魅了しています。

歌舞伎と人形浄瑠璃、同じ演目で二つを見比べてみるのも楽しいと思います。

歌舞伎の見所はやはり、役者たちの芝居や、芸。例えば文楽人形のように演じる人形振りなどは、熟練の役者でなければ見られないものです。そして華やかな衣装も見逃せません。今回、初代中村吉右衛門が「近江源氏先陣館」で佐々木盛綱を演じた際の衣裳も展示されています。初代吉右衛門は、この佐々木盛綱を当たり役として、昭和十八年には天覧歌舞伎でも演じたとか。衣裳からも迫力を感じます。(展示入れ替えあり)

また、歌舞伎の「妹背山婦女庭訓」の絵看板からは、役者たちの躍動する様を感じることもできます。

信勝画絵看板「妹背山婦女庭訓」

そして人形浄瑠璃の見所は、義太夫の語る物語と、人のように動く人形たち。

会場には半二の作品に登場する人形「八重垣姫」や「傾城」が並んでいます。こうしてみると、美しいけれど静かな人形たちです。それが一度、舞台上で動き出すと、物語と共に私たちの想像力も手伝って、実に表情豊かに動き出すのです。展示の最後、これまでの半二作品の公演ポスターがあるのですが、その写真に写る人形たちの姿は、雄弁に語り、芝居をしているように見えるのです。

三代目吉田文五郎使用の文楽人形「お染」

この「近松半二」展を見て、また半二作品の舞台を見たくなりました。

この特別展のほか、演博にはさまざまな演劇に関する常設展もあります。そちらと併せて見ることで、より一層、この特別展も楽しめると思います。

「近松半二 奇才の浄瑠璃作者」
会場:早稲田大学演劇博物館 2階企画展示室
会期:2022年4月26日(火)~8月7日(日)
開館時間:10:00~17:00(火・金曜日は19:00まで)
休館日: 6月1日(水)、15日(水)、7月6日(水)、20日(水)
主催:早稲田大学演劇博物館・演劇映像学連携研究拠点
入館無料
※同館HP(https://www.waseda.jp/enpaku/)。
永井紗耶子さん:小説家 慶應義塾大学文学部卒。新聞記者を経てフリライターとなり、新聞、雑誌などで執筆。日本画も手掛ける。2010年、「絡繰り心中」で第11回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。著書に『商う狼』『大奥づとめ』(新潮社)、『横濱王』(小学館)など。第40回新田次郎文学賞、第十回本屋が選ぶ時代小説大賞、第3回細谷正充賞を受賞。4月上旬に新刊『女人入眼』(中央公論新社)