【愚者の旅―The Art of Tarot】第13回 「隠者 The Hermit」 手に持つランタンが照らし出すものは……

「ライダー版」の隠者

Ⅶの「戦車」で世俗の成功を味わった「愚者」は、Ⅷの「正義」で改めてこの世界の理を考えされられることになった。人間社会において完全に「公正」だということはありうるのか。だれの目から見ても「正しいこと」とは何なのか。思索していくうちに、どうしても「己の弱さ」と向き合うことになる。そこで登場するのが、Ⅸ「隠者 The Hermit」のカードだ。

暗闇の中を歩いているひとりの老人。手にはランタンを持っている。その姿は修行僧なのか、それともイエス・キリストの誕生を報せに来た「東方の三賢人」なのか。いずれにしても、イメージされるのは俗世を離れ解脱を目指す「絶対知」を希求する賢者の姿だ。

「ゴールデン・ドーン・タロット」の隠者

このカードを解釈する際に、「『杖を持って』『歩いている』ことが重要なのではないでしょうか」というのは、本企画のナビゲーター・イズモアリタさんだ。

「旅」の最初、「愚者」は杖を片手に自分の足で歩き始めた。それからいろいろな経験をして、知識を得て知恵を育んで、賢者と言っていいだけの識見を持つようになった、というのがこのカードのひとつの寓意なのである。「でも、これまでのカードを見ていると、意外と『動いている』姿は少ないんですよね」と続けるのはアリタさんだ。

ちょっと、愚者の旅路を振り返って見よう。「魔術師」は街角に立っている。「女教皇」から「教皇」までは、みんな自分の席に座っている。「恋人」では立ちあがっているけど、その辺りで噂話をしているようだ。続く「戦車」は乗り物でのパレード、「正義」になるとまた、建物の中に戻って何かを裁いている。確かに。「自分の足で大地を踏みしめて」いる「隠者」は、「愚者」以来久々に「歩いている」のである。

「マルセイユ版」の隠者

「マルセイユ版」の「隠者」が手に持つランタンは、どうやら八角形をしているようだ。「安定」の4が2つ組み合わさった形。それは「生」と「死」、2つの世界を示しているようでもある。2つの4の中にある1点の光。2×4+1=9。ランタンそのものが、Ⅸという数字を表しているようだ。「マルセイユ版」や「ライダー版」の「隠者」はその光に導かれて歩みを進めようとしているように見える。

「ゴールデン・ドーン・タロット」を見てみよう。そこは草木一本生えていない荒野。ひょっとすると砂漠なのかもしれない。「絶対知」を求める道は厳しい。先人による道標もなく、手がかりとなるような目印もない。「世俗」を離れた「何か」を求めようとする求道者は、聖地に向かって歩く巡礼のようにも見える。

「トート版」の隠者

暗闇を照らす光。「トート版」を見ていると、それは「隠者」の内面から迸っているようでもある。「絶対知」は自らの内にある。そんなことを言いたいのかもしれない。

一方で、「マザーピース・タロット」を見ていると、光は明らかに「隠者」の外にある。道は幾重にも分かれ、どれが正解なのか、巡礼者も迷っているようだ。手に持った杖は柄の部分が曲がっており、死神のカマをちょっと思わせる。とっても能天気な「若者」だった「愚者」は長い長い旅を経て、「賢者」と言われるようになった時には年老いてしまっている。だが、その道のりはまだまだ続いていくのだろうか。

「マザーピース・タロット」の隠者

叡智の探究、時の流れ。より古い伝承を残す「ヴィスコンティ版」では、「隠者」はランタンではなく砂時計を持っている。そこでイメージされるのは「時の翁」、ギリシャ神話のクロノスだ。

ローマ神話の農耕神サトゥルヌスと同一視されるこの「時の神」は、老人の姿をして砂時計と大きなカマを持っているのが通例。時の流れは無常である。その中にあって、人間の生命は一瞬にしか過ぎない。時の流れの中でひとり「絶対知」を求め続ける「隠者」。その行為は果たして成就するのか、それともむなしく終わってしまうのか・・・・・・。

「ヴィスコンティ版」の隠者

大地を踏みしめながら、「隠者」は一歩一歩足を進める。一見、その姿は「孤独」に見えるのだが、自分自身の内面を静かに見直す時間も、ヒトの営みには必要だとカードは言いたいのかもしれない。そこで積み上げられた経験と叡智は世界を潤し、人間社会を豊かにするのだから。ただ、その歩みの間にも時は刻々と流れていき、いくつもの生命が潰え、新たな生命が産まれていく。

もう一度、数字に戻ってみよう。9=3+3+3。「創造」を意味する「3」が3つ合わさった「9」という数は、「完成の一歩手前」を暗示している。「愚者」が「地上」で経験する旅は、ひとつの終焉に近づいているのかもしれない。

(美術展ナビ取材班)

「隠者」のカードのいろいろ


【愚者の旅―The Art of Tarot】タロットって何?

14世紀から15世紀にかけてヨーロッパで原型が作られたタロットは、18世紀から19世紀にかけて占いのツールとして使われるようになり、19世紀から20世紀にかけて神秘主義と結びついた。タロットカードに描かれる絵は寓意と暗喩に満ち、奥深く幅広い解釈が出来るようになったのである。数多くの画家たちが腕を競ったカードの数々は、まさにテーブルの上の小さなアート。タロット研究家で図案作家のイズモアリタさんをナビゲーターに、東京タロット美術館(東京・浅草橋)の協力で進めるこの企画は、タロットのキーパーソン「愚者」の「旅」にスポットを当てながら、カードに描かれている絵の秘密を解き明かしていく。

新着情報をもっと見る