【愚者の旅―The Art of Tarot】第12回 「正義 The Justice」 右手に剣、左手に天秤。「公正さ」を示しているようにも見えるのだけど……

「マルセイユ版」の正義

カードナンバーⅧ。実はここが「愚者の旅」、最大の難所である。デッキによってカードが異なっているからだ。ヴィスコンティ版やマルセイユ版ではⅧは「正義 The Justice」だが、ゴールデン・ドーン・タロットやライダー版では「力 The Strength」。これは一体、どういうことなのか。「愚者の旅」では、どちらを選べばいいのか――。

「ゴールデン・ドーン・タロット」の正義

「もともと昔は『正義』がⅧだったんです」と話すのは、本連載のナビゲーター、イズモアリタさんだ。「古い時代」の並びが反映されているのが、「ヴィスコンティ版」や「マルセイユ版」。「力」はⅪだったのである。では、だれがⅧとⅪを入れ替えたのか――。

19世紀の魔術結社ゴールデン・ドーンの思想では、鮮やかに示されています」とアリタさんは続ける。ゴールデン・ドーンは、タロットをカバラや占星術と絡めて複雑かつ体系的な解釈を作り上げていったのだが、その際、獅子の描かれている「力」のカードの方がⅧの位置、天秤の描かれている「正義」の方がⅪの位置にふさわしい、と考えた。18世紀から19世紀にかけて、フランスからイギリスへと神秘主義の主流が移っていく際に、こういう解釈が生まれていったのかもしれない。

20世紀のタロットのスタンダード「ライダー版」も、ゴールデン・ドーンの解釈を踏襲したため、現在のタロットデッキには、「Ⅷ=力」と「Ⅷ=正義」の2バージョンが存在するようになった。まあ、時代によってタロットカードの絵柄も解釈も変化していっているので、「どちらが正しい」ということはないのだが……。

「ここでは、より古い伝承である『正義=Ⅷ』を選んでおきましょう」とアリタさん。というわけで、今回の旅路では、Ⅷの場所で「愚者」は「正義」と出会うことになる。

「ヴィスコンティ版」の正義

ⅧであろうがⅪであろうが、「正義」の基本的な絵柄は変わらない。中央に何やらフォーマルな格好をした女性がいて、片手に剣、片手に天秤を持っている。背景には2本の柱とそれをつなぐ幕。服の色は赤が多い……。「天秤は公正を表しています。剣を持って前をまっすぐ見ていますから、『正しいことを貫き通す』という強い意志が感じられますね」とアリタさん。

「フォーマルな服」は法服だろうか。そう考えると、この女性は「裁判官」なのだろう。「秤」を持って「正義」を貫く。実際に今でも欧米の裁判所に行けば、こんな格好の「正義の女神」の像がある。

「正義」「知恵」「力」「節制」は、「枢要徳(Cardinal Virtues)」と呼ばれ、古代ギリシャの時代から西欧社会の中心的な徳目となっており、このうちタロットカードには、「正義」「力」「節制」があるのだが、どうして「知恵」がないのかな? そんなことも思ってしまう。

「タロット・デ・パリ」の正義

ところで、これまでもちょいちょい出てきたのが、背景にある「幕」や「柱」のモチーフだ。初出、Ⅱの「女教皇」あたりでは、それはベールのように人物の背景を覆っている感じなのだが、Ⅴの「教皇」ではがっしりとした「2本の柱」となる。Ⅶ「戦車」のカードでは柱に支えられた天蓋のようになり、このⅧの「正義」では2本柱と幕が強固に組み合わされている。「前面にいる人物を支える『教え』がどんどん普遍性を帯びている象徴なのでしょうか」とアリタさん。「マルセイユ版」や「ライダー版」で「裁判官」が着ている法服の色は「カーディナル・レッド」、つまりキリストが流した血の色を思い起こさせる。「正義」を司る「権威」はどうやらとても重いモノのようである。

「ライダー版」の正義

「番外編」で触れた「数」についても考えてみよう。「8」は「4」+「4」、「安定した状況」の2倍である。「安定」といえば柱。「ゴールデン・ドーン・タロット」の2本の柱は黒と白、陰と陽のイメージで彩られる。手に持つ秤は、4本の糸で支えられた2つの皿で出来ている。2つの論理、世界を「秤にかける」というのはどういうことなのだろうか。それは「生と死」の狭間にある人間界の摂理に関わることなのか。それとも「肉体と精神」の相剋についての寓意を表しているのだろうか。

「ダリ版」の正義

「マルセイユ版」をよく見ると、この「女裁判官」は左膝でこっそりと天秤の皿を持ち上げているようにも見える。肘で秤を押しているようにも見える。え? 「正義」を司るはずのこの人、「不正」をしているの? どうやらそこには「公正」という概念に対する達観した視線もあるようだ。いかに「正義」を貫こうと思って「公正」な裁きを試みても、人間に感情がある限り、どこかで無意識的な判断のゆがみが出てくるものなのである。「正しくあろう」という意志は常にあるのだが、人間は愚かで不完全な生き物なのだ。

「エル・グラン・タロット・エソテリコ」の正義

だからだろうか、「トート版」のⅧは、「正義」ではなく「調整 The Adjustment」となっている。調和、協調性、均衡……「2つの安定」のバランスから成るⅧのカードは、単純に「正義」の剣を振り回すのではなく、謙虚に人間の弱さを認識しながら世界と向き合わなければいけない、と言っているようだ。世俗の成功をⅦの「戦車」で得た「愚者」だけど、その力をふるうためには常に「己の弱さ」を頭に入れながら、「何が正しいか」を希求しなければいけないのだろう。何を持って正義とするかは、とても難しい問題だ。正義の刃は鋭いが、もろく欠けやすいものでもある。

(美術展ナビ取材班)

「正義」のカードのいろいろ。右上2番目は「マザーピース・タロット」、左下2番目は「トート版」


【愚者の旅―The Art of Tarot】タロットって何?

14世紀から15世紀にかけてヨーロッパで原型が作られたタロットは、18世紀から19世紀にかけて占いのツールとして使われるようになり、19世紀から20世紀にかけて神秘主義と結びついた。タロットカードに描かれる絵は寓意と暗喩に満ち、奥深く幅広い解釈が出来るようになったのである。数多くの画家たちが腕を競ったカードの数々は、まさにテーブルの上の小さなアート。タロット研究家で図案作家のイズモアリタさんをナビゲーターに、東京タロット美術館(東京・浅草橋)の協力で進めるこの企画は、タロットのキーパーソン「愚者」の「旅」にスポットを当てながら、カードに描かれている絵の秘密を解き明かしていく。