【京のミュージアム #1】龍谷ミュージアム 古都ならではの博物館で知る仏教最初期の姿 春季特別展「ブッダのお弟子さん -教えをつなぐ物語ー」

「仏立像」 ガンダーラ 2~3世紀

豊かな歴史を背景に、数多くの美術館や博物館を抱える京都。同地在住の元新聞記者のベテランライター、秋山公哉さんが古都やその周辺でキラリと光るミュージアムを、展覧会や常設展示とともに紹介していきます。第1回は京都ならではの仏教総合博物館、龍谷ミュージアム(下京区)です。

釈尊などの如来や菩薩の催しはたくさんありますが、弟子を主役に取り上げたものは珍しいのではないでしょうか。そのユニークな展覧会「ブッダのお弟子さん―教えをつなぐ物語―」が、京都市の龍谷ミュージアムで開かれています。開幕前日の4月22日、内覧会に行って来ました。今回の展示では釈尊を身近で支えた10人の直弟子(十大弟子)や16人の高弟(十六羅漢)など出家信者と、在家信者らのそれぞれの個性や生活に焦点を当て、5章立てで紹介しています。釈尊の弟子たちがそれぞれに個性豊かで、釈尊の教えをつないで行ったことが分かります。

展覧会名:春季特別展「ブッダのお弟子さん ー教えをつなぐ物語ー」

会  場:龍谷大学 龍谷ミュージアム (京都市下京区堀川通正面下る、西本願寺前)

会  期:2022年4月23日(土)~6月19日(日)

     前期4月23日(土)~5月22日(日) 後期5月24日(火)~6月19日(日)

開館時間:午前10時00分~午後5時(入館は午後4時30分まで)  

休館日 :月曜日

観覧料 :一般1300円、高校生900円、小中生500円、小学生未満、障がい者手帳をお持ちの方と同伴者1人無料  ※入館は予約優先

アクセス:京都駅より徒歩12分、京都市バス「西本願寺前」下車徒歩2分  

詳しくは龍谷ミュージアムホームページ

第1章 初めての仏弟子、そして釈尊に帰依した神々や人々

仏伝浮彫「初転法輪」 ガンダーラ 2世紀 半蔵門ミュージアム蔵
釈尊がサールナート(鹿野園)で、かつての修行仲間5人に初めて教えを説いた「初転法輪」を表す場面です。縦30センチ弱、横50センチほどの浮き彫りですが、仏教教団が生まれた瞬間です。釈尊の周りを剃髪した5人の弟子、神々や在家の人たちが囲み、釈尊に視線を集めて説法を聞いている姿が印象的です。
釈尊は最初、法を説くことを躊躇したと言います。釈尊が悟った教えは深淵で人々に説くのは難しいと言うのです。それを懇願して翻意させたのが異教の神である梵天(ブラフマー神)と帝釈天(インドラ神)というのも不思議です。その場面の仏伝浮彫「梵天勧請」も、神々の真剣な表情が生き生きとしています。第1章では仏伝に度々登場すると梵天や帝釈天、釈尊を裏切ろうとした提婆(だいば)(だっ)()鬼子母神(きしぼじん)維摩詰(ゆいまきつ)居士など多彩な個性の仏弟子たちを紹介しています。
「ハーリーティー(鬼子母神)像」(手前) ガンダーラ 2~3世紀
日本でもお馴染みの鬼子母神。今では子供の守り神で、この像も我が子を抱いて穏やかな顔をしていますが、かつては人の子をさらって食べてしまう恐ろしい鬼女でした。釈尊によって末子を隠され、子を失う悲しみを知り、心を改めて仏弟子になったというのです。その様子を描いた清朝時代の絵「鬼子母掲鉢図」もあります。絵に描かれた様子を見ると、それぞれの場面が印象に残ります。鬼子母神はインドの神ですが、清朝に描かれた絵では顔も風俗も漢人風なのも面白いところです。
重要文化財「維摩居士像」 中国 南宋時代(13世紀) 京都国立博物館蔵 前期展示

維摩経という仏典に書かれた在家の信者の維摩詰(通称維摩)は、仏教の深い摂理を理解し弁舌も巧みでした。この絵は病気のふりをして、見舞いにやって来る釈尊の弟子たちを待ち構える維摩居士の姿を描いたものです。釈尊は直弟子を見舞いにやろうとしますが、みんな言い負かされたことがあるので嫌がります。維摩居士は街の長者で妻子もあり、人々の説法の場に出かけるだけでなく、賭博場や酒場などにも出入りしたそうです。そんなことを知って絵をみると、何とも人間的でおかし味が湧いてきます。維摩経はサンスクリットのテキストの他に多種の漢訳やチベット訳も存在します。

第2章 釈尊の涅槃を見まもった仏弟子たちー釈尊からのメッセージ

釈尊は涅槃の時、弟子たちに「わたしの死後は、わたしの説いた教えと、わたしの制した律とがおまえたちの師となる。怠ることなく励みなさい」と言い残したといいます。この章では涅槃図を中心に釈尊の涅槃とその時の弟子たちの様子を紹介しています。
「国宝 仏涅槃図模写」(奥) 愛知県立芸術大学日本画研究室制作 日本 平成26~29年(2014~17)  愛知県立芸術大学芸術資料館蔵  原品:日本 平安時代・応徳3年(1086) 和歌山県・金剛峯寺蔵
原本は日本現存最古の涅槃図です。涅槃図はガンダーラ以来描かれて来ましたが、特に日本では膨大な数が遺されています。大陸の作品に比べ登場する人物が大幅に増えているそうです。よく見ると図の下の方には嘆き悲しむ動物の姿もあります。すべての生き物が仏性を宿しているという、大乗仏教の考え方を反映しています。
重要文化財「仏涅槃図」 日本 平安時代後期(12世紀) 岐阜・汾陽寺蔵 画像提供:奈良国立博物館 後期展示
涅槃経には釈尊の涅槃の時の弟子たちの様子が書かれています。釈尊の世話をする係で一番説法を聞いたことから「多聞第一」と称された阿難(あなん)は、まだ悟りを得ていないため泣き崩れます。それを兄弟弟子の阿那律(あなりつ)が諫めます。その様子を基に図の中に二人を探すのも面白いかも知れません。図の中にある登場人物の名前の書かれた短冊で探すこともできるかも。また、十六羅漢は十大弟子の次の世代という印象を持ちがちですが、涅槃図を見ると同じ画面に描かれています。これで同世代の弟子だということが分かります。

第3章 仏弟子から十大弟子へ

重要文化財「木造 十大弟子立像」 日本 鎌倉時代(13世紀) 
10軀のうち目連、羅睺羅:日本 江戸時代(17世紀) 京都国立博物館蔵
(手前左右端の2軀)「木造 十大弟子立像のうち伝舎利弗・伝目連立像」日本 鎌倉時代(14世紀) 神奈川・称名寺
釈尊の直弟子10人を「十大弟子」と呼びますが、最初から10人が決まっていた訳ではありません。「○○第一」と言うように卓越した能力を持つ弟子が大勢いました。10人に定型化されるのは『維摩経』においてと言われます。10人の姿やエピソードを絵や立像とともに紹介しています。筋張った首や腕、あばらの浮き出た胸、厳しい表情などからは様々なことが感じ取れそうです。エピソードを知った上で見るとさらに面白いでしょう。いくつか紹介すると。「智慧第一」の舎利弗しゃりほつ。釈尊の教えを一番理解し後継者と目されていましたが、釈尊より先に亡くなってしまいます。「神通第一」の目連もくれん。奇跡を起こすことが得意でした。舎利弗とは幼なじみで異教徒だった二人が釈尊のもとへ去る時、師匠はショックで亡くなってしまったそうです。「頭陀ずだ第一」の大迦葉だいかしょうは厳しい修行でいつも衣がぼろぼろ。釈尊入滅直後に行われた仏典編纂会議(第一結集)の責任者です。「密行第一」羅睺羅らごらは釈尊の息子で、釈尊から「実の子という驕る心を捨てなさい」と常に言われ、それを守りました。「多聞第一」が阿難あなん。釈尊の従兄弟とも言われ、外見がよく似ており、優しくて女性信者に人気があったそうです。釈尊の世話係で説法を一番聞いたとされます。
(右)「ブッダおよび比丘像」 タイ ラタナコーシン朝(19世紀) 京都国立博物館蔵
(左)「薬師如来説法図」 中国 五代・天成4年(929) 白鶴美術館蔵  前期展示
ところで十大弟子の中でも二大弟子と言うと、東アジアでは大迦葉と阿難です。上の写真の左の図は中国・敦煌で描かれたものですが、薬師如来の左右にその二人が描かれています。でも、右の図でブッダの左右に立つのは舎利弗と目連です。東南アジアではこの二人だそうです。大乗仏教の東アジアと上座部仏教を中心とした東南アジアの仏教では、弟子の捉え方も違うのですね。

第4章 羅漢と呼ばれた弟子たち

日本では「羅漢さん」と呼ばれて親しまれている阿羅漢。「供養に値するもの」という意味で、「釈尊の教えを聞き、一切の欲望を離れ、悟りを得た者」として尊ばれています。十大弟子に続く理想の出家者とされた16人の高弟十六羅漢は、釈尊の涅槃の際に「教えを護るためにお前たちは涅槃してはいけない」と後を任されました。この章では日本に現存する中国で制作された最古の羅漢像、日本で制作された現存最古の羅漢像の二つの国宝を含めて、阿羅漢の姿や特徴を紹介しています。

京都・清涼寺蔵の国宝「十六羅漢像」は中国・北宋時代(11~12世紀)の作で、日本に現存する中国で制作された最古の羅漢像です。鋭い眉目、力強い線と抑えた色調が印象的で阿羅漢の威厳を示しています。本来出家者は俗世から離れ欲望を断ち、涅槃に入ることを目的に修行をしています。「教えを護るために涅槃をしてはいけない」とは、その目的が果たせないという厳しい使命ですね。日本の羅漢さんは柔和な表情をしたものが多いのですが、こんな険しい表情と姿をしているのも頷けます。

国宝「十六羅漢像のうち第九尊者」 日本 平安時代後期(11世紀) 東京国立博物館 後期展示
日本で制作された現存最古の羅漢像。かつて滋賀・聖衆来迎寺に伝来したのもで、16幅すべてが残る極めて貴重なものです。画中画や供養具など大陸の古い羅漢図を模範にしていますが、超人的な姿ではなく日常の生活風景を描いています。経典を開く尊者の右手には香炉の蓋を挙げる僧と火を付けた縒(紙)をつまむ僧、左手では従者らしき者が果物の皮を剥いているようです。穏やかな日常が描かれていて心地良ささえ感じます。

第5章 羅漢図より読み解く出家者の生活

仏典には釈尊入滅直後に大迦葉が主宰して500人の阿羅漢を集め、釈尊の教えである経と僧団の生活規則である律の確認をしたとあります。そこから唐末になると、500人の阿羅漢は今もどこかで理想的な出家生活を送っていると考えられるようになります。この章では五百羅漢図を中心に出家者たちの生活の様子を紹介しています。
出家者たちの生活の様子を描いた羅漢図

食事の支度である「展鉢(てんぱつ)」の様子を描いた大徳寺に伝わる五百羅漢図(上の写真の右端)では、老羅漢が膝に浄巾(じょうきん)を整え、前には鉢や漆器を置いています。鉢の中には匙や箸などの入った袋が見えます。鉢を持って食事をしている絵もあります。面白いのは裁縫をしている絵です。針に糸を通している羅漢がいて、老眼は大丈夫?…なんて余計なことを考えてしまいますが、当時の中国の出家者たちの仏道実践の様子がうかがえる興味深い絵です。

いつもは脇役で個性もあまり知られていない阿羅漢たちですが、釈尊の教えが伝わったのは彼らの働きがあったからでしょう。改めて仏教の幅広さを知った思いです。

記念講演会

・「羅漢図から見る僧院生活」5月14日(土) 講師:西谷功・泉涌寺宝物館学芸員

・「律蔵から知る仏弟子たちの修行生活」5月21日(土) 講師:佐々木閑・花園大学教授

いずれも13:30~15:00 龍谷大学大宮学舎東黌101教室

事前申し込み必要 無料 先着150人 観覧券必要 詳しくは同ミュージアムHP(https://museum.ryukoku.ac.jp/)へ。

◆龍谷大学 龍谷ミュージアムとは

龍谷ミュージアム

仏教文化の魅力と価値を積極的に発信する仏教総合博物館として、2011年4月に開館。仏教の誕生から現代の仏教まで分かりやすく伝えることをコンセプトに、「アジアの仏教」、「日本の仏教」のシリーズ展のほか、年数回の特別展、企画展を開いている。また、教育、研究活動にも力を入れている。

中国・新疆ウイグル自治区トルファン郊外にある、ベゼクリク石窟寺院15号窟の原寸大復元展示(写真下)は、シルクロードファンには必見。龍谷大学とNHKが共同で取り組んだデジタル復元を基にしたのもで、現在では破壊と破損が進んでほとんど見られない仏教壁画が見事に再現されている。

ベゼクリク千仏洞外観(2002年、筆者撮影)

★ちょっと一休み★

展覧会を見て少々疲れた体を休めようと入ったのが、近くにある「京つけもの 西利」(https://www.nishiri.co.jp/)。なんで漬物店にと聞かれそうだが、ここのソフトクリーム(写真上)が美味しいと聞いたからだ。名前は「AMACOソフトクリーム」(350円)。漬物のすぐきから発見されたラブレ乳酸菌を使った体に優しいスイーツだとか。食べてみるとほの甘くて、しっかりした食べ応え。確かに疲れた体には優しそう。他にも同じく甘麹を使ったチーズプリンやパウンドケーキなどもある。(ライター・秋山公哉)

秋山公哉:1957年生まれ。読売新聞編集局編成部、読売プラス編成本部などを経て、読売新聞事業局で「美術展ナビ」を担当。2022年からフリーのライターに。