【探訪】仏様の姿に凝縮された信仰の移り変わり 悠久の歩みを感じる至福 「SHIBUYAで仏教美術」展 渋谷区立松濤美術館 小説家・永井紗耶子

重要文化財 如意輪観音菩薩坐像 木造 古色(現状)平安時代 9~10世紀 画像提供:奈良国立博物館

ふくよかな顔立ちと、やわらかいフォルムから滲む、優しい慈しみ…

如意輪観音菩薩坐像と、こんな風に間近にじっくり向き合えるとは、なんて贅沢な時間なのでしょう。

今回、訪れたのは、渋谷区立松濤美術館で開催中の「SHIBUYAで仏教美術」展。

国中の仏教美術の至宝が集まる奈良国立博物館に収蔵された名品のうち、八十三件が展示されているのです。

つい先日、私は奈良の法隆寺まで、夢殿の秘仏、救世観音菩薩像の開扉を見に出かけました。その神秘的な笑顔と深い歴史を堪能した後、東大寺まで足を伸ばして、相変わらずの圧倒的な大きさと、威厳をしばらく眺め

「やはり、ここには日本の仏教の歴史が詰まっているなあ……」

と、思ったばかり。

そんな奈良の一部がこの松濤美術館にも、やって来たのです。

日本の仏教の足跡を辿る

 仏教が伝来したのが六世紀中頃。長い歳月を経て、日本の中で新たな解釈や表現がなされてきました。今回の展覧会では、その足跡がぎゅっと凝縮されていて、一歩、歩くごとに百年単位の時間と空間を渡っていくような面白さ。

密教は、修行を積んだ僧侶たちによって儀式が営まれます。その際に用いられたのが、曼荼羅。今回、展示されている大きな両界曼荼羅は、じっくりと眺めているうちに、その壮大な世界観に圧倒されるような迫力があります。ただ、密教の世界観は複雑で、分かりやすいか…と言われると、やや首を傾げてしまうところも…。当時の仏教が、極めて博識で身分の高い人々によって信仰されてきたのだろうな…と感じます。

両界曼荼羅 金剛界 絹本著色 鎌倉時代 13世紀(5月10日~29日展示) 画像提供:奈良国立博物館

次に現れるのは「浄土信仰」。こちらには、臨終の人を迎えに来る、優しい面差しの阿弥陀如来の絵図があります。数多の菩薩を従えて下りてくる阿弥陀如来の姿は、当時の人々にとって救いとなったことでしょう。浄土への憧れと信仰が伝わります。そして同時に、「浄土」の逆に存在する「地獄」についての絵巻も見ごたえ十分。辟邪絵では、善神たちが鬼を退治する様が生々しく描かれています。密教の壮大な宇宙とは異なり、より身近な物語が、仏教の親しみやすさに繋がっているように思えます。

阿弥陀聖衆来迎図 絹本著色 鎌倉時代 13~14世紀(4月9日~5月8日展示) 画像提供:奈良国立博物館

室町時代に描かれた「泣不動縁起」では、三井寺(滋賀・園城寺)の縁起についての絵巻物なのですが、平安時代の陰陽師・安倍晴明が登場し、そこにキュートな妖怪たちまで現れて、宗教画というよりもむしろ、エンタテイメントのような楽しさがあります。こうした「地獄」への恐れや、見えないけれどいるかもしれない「妖怪」の存在は、アニメや漫画、ゲームをはじめとした現代のエンタテイメントにも引き継がれ、今なお、じんわりと日本人の心の中に住んでいるような気がします。

泣不動縁起(部分) 紙本著色 室町時代 15世紀(場面替え有) 画像提供:奈良国立博物館

インドから渡って来た仏教は、平安末期には「実は元から日本にいた神々は、仏教の仏たちの仮の姿であった」という「本地垂迹説」が広まり、神仏は共に祀られ、信仰されるという、独自の進化を遂げていきます。

この緩やかな融合もまた、日本の仏教の特徴なのでしょう。それが一堂に会していることの驚きと感動がありました。

仏像の姿も、長い時を経て変化を遂げています。飛鳥時代の観音菩薩立像は、エキゾチックな顔立ちで、体はしなやかな曲線を描いており、ほっそりとした佇まい。何処か「人」離れした雰囲気を持ち合わせ、私は、柔らかさや温かさよりも「畏れ」のようなものを感じました。

観音菩薩立像 銅造 飛鳥時代 7世紀 画像提供:奈良国立博物館

でも、少し時代を経て平安時代になると、如意輪観音像に見るような柔らかいフォルムになり、ずっと傍らに寄り添っていたくなるような、癒しを感じます。更に鎌倉時代になると、地蔵菩薩立像のように骨格がしっかりとして動きまでも見えるような姿に。

地蔵菩薩立像 木造 彩色・截金 鎌倉時代 13世紀 画像提供:奈良国立博物館

時代と共に、当時の仏師たちが「仏」をどういう存在として捉えていたのかも、見えてくるような気がします。

 守られてきたもの、守り続けていくもの

 今回、拝見した仏像の中に「毘沙門天立像」がありました。

鎌倉時代の作で、今にも動き出しそうな体と、険しさの中にも品のある顔立ち。そして、足元に踏まれている邪鬼は、どこかユーモラスで愛くるしさもあります。

これは元は石清水八幡宮の宝塔院の中にあったとされています。しかし明治初期に宝塔院が壊され、奈良国立博物館に収められることになったとのこと。

明治初期に吹き荒れた「廃仏毀釈」の動きは、多くの寺を破壊し、国の宝とも言える仏像や仏教美術が海外に流出することにもなりました。ここに在るのは、先人たちがそれでも「守ろう」と努めたものなのだ…ということを改めて痛感しました。

毘沙門天立像 木造 彩色・截金 鎌倉時代 13世紀 画像提供:奈良国立博物館

その他にも、書や工芸などの多岐にわたる仏教美術が展示されており、見ごたえ十分。

コロナ禍で、なかなか自由に遠出がしづらい方もいらっしゃるかと思います。

こんな時、近くの美術館にふらりと立ち寄ることで、遠い時代に思いを馳せ、悠久の時を感じるのもまた、贅沢な時間なのではないでしょうか。

永井紗耶子さん:小説家 慶應義塾大学文学部卒。新聞記者を経てフリライターとなり、新聞、雑誌などで執筆。日本画も手掛ける。2010年、「絡繰り心中」で第11回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。著書に『商う狼』『大奥づとめ』(新潮社)、『横濱王』(小学館)など。第40回新田次郎文学賞、第十回本屋が選ぶ時代小説大賞、第3回細谷正充賞を受賞。4月上旬に新刊『女人入眼』(中央公論新社)


 

展覧会名:SHIBUYAで仏教美術―奈良国立博物館コレクションより

 会期:2022年4月 9日(土)~5月29日(日)

 前期:4月 9日(土)~5月 8日(日)

 後期:5月10日(火)~5月29日(日)

 ※会期中、一部展示替えがあります

 休館日:月曜日、5月6日(金)

 会場:渋谷区立松濤美術館(東京都渋谷区松濤、JR、東急、東京メトロ「渋谷」駅から徒歩約15分、京王井の頭線「神泉」駅から徒歩約5分)

 入館料:一般1000円(800円)、大学生800円(640円)、高校生・60歳以上500円(400円)、小中学生100円(80円)

※新型コロナウイル感染症拡大防止のため、土・日曜日、祝日、および5月24日(火)以降の最終週は「日時指定予約制」となっています。同館ホームページ(https://shoto-museum.jp/)から日時指定予約をお願いします。

 ※()内は渋谷区民の入館料

 ※土・日曜日、祝休日は小中学生無料

 ※毎週金曜日は渋谷区民無料

 ※障がい者及び付き添いの方1名は無料

 ※リピーター割引 観覧日翌日以降の本展会期中、有料の入館券の半券と引き換えに、通常料金から2割引きで入館できます。

 渋谷区立松濤美術館のホームページ(https://shoto-museum.jp/

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