阿弥陀仏が口から出ている空也上人立像、どうやって運んだ?特別展 「空也上人と六波羅蜜寺」輸送担当者に聞く「展覧会の裏側」第2回

重要文化財「空也上人立像」(部分) 康勝作 鎌倉時代・13世紀 京都・六波羅蜜寺蔵。報道内覧会で撮影

東京国立博物館 本館特別5室で5月8日(日)まで開催中の特別展「空也上人と六波羅蜜寺」。今回の「展覧会の裏側」では、実際に輸送を担当した日本通運・関西美術品支店の村井鹿重さんと徳山宣和さんに話を聞きました。本展での輸送を例に美術品輸送の実態に迫ります。(ライター・鈴木翔)

梱包前の点検(朝日新聞社提供)

運ぶだけでない 展示作業 まで立ち合う

――空也上人展の輸送はどのようなスケジュールで行われたのでしょうか?

村井
「開幕半年くらい前に展覧会場となる東京国立博物館の研究員さん、朝日新聞社、展示品を貸し出すお寺の方々、そして私たち作業チームが集まって、全体のスケジュールを作りました。
今回は開幕の2週間前頃、京都の六波羅蜜寺に伺い、梱包こんぽう作業を行いました。梱包の済んだものは順に別の保管場所に一旦移動してから何便かに分けて東京国立博物館まで運んでいます。会場の清掃作業や報道・関係者向けの内覧会などを考えると、数日前までには展示作業を終えなければならないスケジュールでした」

鹿杖を外す(朝日新聞社提供)

徳山
「展示作業が終わるまで会場でずっと立ち会いました。全員が東京に行くわけではありませんが、今回は京都で作業をした私とサブリーダーの2人が東京に行き、関東美術品支店 の社員を加えた4、5人で開梱かいこん作業をしました」

徳山
「梱包作業 に先立って2、3回下見に伺いました。研究員さんや主催者にも立ち合ってもらい、採寸をしたり、素材や形で気になる部分を確認しました。トラックが入れるルートもあわせてチェックしました」

胸元の鉦鼓を外す(朝日新聞社提供)

——トラックは特別な車なのですか?

徳山
「美術品運搬専用車という特別仕様車で、コンテナに空調設備がついています。そのほか、美術品に走行中の振動が伝わらないようにエアサスペンションを装備し、防犯のための仕組みも備わっています」

どうする?口から出る阿弥陀仏が取り外せない

顔の梱包(朝日新聞社提供)

——「空也上人立像」は口から出ている6体の阿弥陀仏の部分をどう梱包したのかが気になります。

徳山
「空也上人立像は、六波羅蜜寺以外の寺にもこれと似た像があって、他の寺院のものを運んだことがありますが、それらの像は阿弥陀仏の部分が脱着式でした。
ところが、 より古い六波羅蜜寺の空也上人立像は取り外せないことが難題となりました。 針金の部分は見た目では強度が分かりづらいので、いつも以上に振動を抑える必要がありました。梱包材は和紙と綿布団でほかの仏像と変わりませんが、阿弥陀仏の部分についてはとにかく、振動が伝わらないような包み方を心がけました」

顔の梱包(朝日新聞社提供)

村井
「実は空也上人立像の輸送にはもうひとつ大変な点がありました。仏像には大きく分けて立像と坐像という2つの形があります。比較的重心が安定している坐像は椅子のような木枠に固定して運びます。一方で立像の方は担架のような木枠にくくりつけて寝かせて運ぶのが一般的です。ただ今回の空也上人立像は腰が大変曲がっていて寝かせて運ぶとバランスが悪いことが分かりました」

顔と両手の梱包が終わったところ(朝日新聞社提供)

——どう対処したのですか?

村井
「立てたまま運ぶという普段とは違った方法で対応しました。そうした点もあって運ぶ時も非常にゆっくりと動かす、箱の床に緩衝材を敷くなど、いつも以上に慎重な扱いが求められました」

升に台座を置き、台座から一度外した像を戻す(朝日新聞社提供)

仏像のかたちに合わせて、一つ一つ木枠を手作り

——仏像はどのように梱包するのですか?

村井
「基本的に仏像に直接触るところには『薄葉紙』という和紙をあてています。中性紙なので素材に優しく、書道などで使う和紙に比べると腰のある素材で、丸めるとフワフワとしたボールのような形になります。これを貼り付けて緩衝材にした上で、周りを綿ぶとんで包みます。天然繊維の綿なら化学反応も起こりませんし、湿気を吸ったり吐いたりしてくれるので管理しやすいという利点があります」

徳山
「それから包んだ仏像を木枠に留めます。木枠は木を切るところから運ぶものに合わせて、私たちの支店で一体一体手作りしています。昔の人の言葉に『段取り八分』なんて言葉もありますが、この木枠がうまくできているかどうかで現場での仕事の良し悪しが決まります。

升を木枠にはめる(朝日新聞社提供)

下見の段階でデータを取って自分の中でシミュレーションができていても、現場で作業を始めてみて初めて分かることもたくさんあります。 現場では研究員さんらと一体一体を点検して、危ないところを見極めながら梱包していきます。
例えば、作品によっては触ってはならないところがあって、私がここを留めたいと思っていても『そこは触らないで』と言われると、木枠に留める場所を変えなければなりません。そういうやりとりを繰り返しながら、仏像と木枠を完全に留めて安定させてから運んでいます」

「化仏」は木枠に横板を入れて支える(朝日新聞社提供)

美術品輸送のプロ中のプロ

——最後に御社の美術品輸送チームに日本通運といえば、歴史的には『モナリザ』や『ミロのヴィーナス』を運んだことでも有名ですね。

村井
「当社には美術品事業部という美術品輸送専門の組織があります。全体合わせて150人程度の組織で、その中にある東京の関東美術品支店、名古屋の中部美術品支店、そして私たち京都の関西美術品支店という3つの支店が実際の輸送を担当しています。
展覧会だけでなく個人のお客様からも美術品を預かることがあり、おおまかに分けると8対2の割合で展覧会の輸送業務の方が多いです。関東美術品支店には美術館クラスの設備を持つ大きな保管庫もあります」

——輸送チームにはどんな技術を持つ人がいるのですか?

村井
「輸送に関わる社員は静岡にある当社の研究センターで初級、中級と上級に分かれて美術品専門のトレーニングを受けます。さらに、そこで選抜されたメンバーが、日本博物館協会が認定する美術品梱包輸送技能取得士の資格試験を受けています。本当に自信の持てる者だけを送り出しています」

——皆さんの仕事とこだわりを知って、遠くのところにある美術品が身近な場所で見られることに対する感動が少し変わりそうです。

村井
「仏像というのは信仰の対象であって、美術品でありながら美術品ではないという側面もありますから、そこを心がけて扱うようにしています。
我々はどこまで行っても裏方の役割ですので何かを誇る気持ちはありませんが、今回の話を通じて美術品を運ぶ仕事があるということを、ちょっとでも知ってもらえたら嬉しいです」

取材を終えて

2人はとても冷静な語り口で職人気質を感じました。「この仕事を20年やっていますが、いつまでも慣れることはないですね」と語る徳山さんの言葉には、唯一無二の美術品を運ぶ重圧を ひしひしと感じました。特別展「空也上人と六波羅蜜寺」は5月8日(日)まで開催中。ぜひ、徳山さんたちが運んだ空也上人立像に会いに東京国立博物館へ!(ライター・鈴木翔)

展覧会の裏側第1回


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