【愚者の旅―The Art of Tarot】第9回 「戦車 The Chariot」 前進、成功、そして凱旋。ラッキー7の「戦車」で地上の野心は達成される

地上に降り立った「愚者」は様々な人生修業をした後に、社会の荒波に身を投じ、コミュニケーションの大切さを実感しながら数々の選択に立ち向かった。その結果、たどり着いたのが「戦車 The Chariot」のステージである。「ここで『愚者の旅』は新たな段階に入るのかもしれませんね」と話すのは、本連載のナビゲーター、イズモアリタさん。これまでの「愚者」の行為は「個」に関するものだった。「恋人」のカードで示された「聖なる世界」の存在。「愚者」はまだ「恋の駆け引き」に夢中でそれには気付いていないのだが、今後、「世界との統合」へとそのまなざしを向けていくのである。とはいえ、まだまだ「愚者」の「世俗の旅」は続いている。「戦車」はどんな状況を示しているのか。

様々な絵柄が示された「恋人」とは打って変わって、ほとんどのデッキで「戦車」のイメージは共通している。画面の中央にいるのは、力強く威厳に満ちた男性(女性のカードもありますが)。彼が乗っているのは2頭立ての馬車だ。「ライダー版」を見てみよう。背景は黄色で生命感に満ちあふれている。「中央の人物の後ろには天幕が張ってありますよね」とアリタさん。「そこに“未来からの凱旋”の雰囲気があります。天命によって動き、成功は約束されているという感じ。まるでアレキサンダー大王みたいですね」。アレキサンダー大王はあのアリストテレスから世界についての知恵を学び、それを大帝国建設へと結びつけた。

「戦車」という名前が付いてはいるが、絵柄からすると車はパレードに使われる「山車」のようにも見える。すでに勝利を収めているのか、それとも勝利は約束されたものなのか。威風堂々としていて、「地上の覇者」にふさわしい威厳がある。「戦車を引いている馬は、顔を合わせていないでしょう。そこからは、いろいろな考えを持つ者たちを『束ねている』という解釈も出てきます」とアリタさん。前進、成功、凱旋、バランスの取れた秩序の構築・・・・・・。いずれも前向きなイメージだ。

「ライダー版」で車を引いているのは白と黒のスフィンクス。あの「朝は4本脚、昼は2本脚、夜は3本脚の動物は何か」と聞いた神獣だ。なぜスフィンクスは神獣なのか。それは人間以上の知恵を持ち、百獣の王ともいうべき強靱な肉体を持っているからである。白と黒、陰と陽の神獣を従えたこの御者は、世界のバランスを保ちながら目的に向かってひた走る。「トート版」での御者は、それに加えて甲冑まで着込んでいる。いかにもマッチョで肉体的。強い肉体が精神を御しているという感じである。

ラッキー7という言葉があるとおり、7という数字には「飛躍」のイメージがある。数秘学的に言うと、6という数字は「楽園」とか「調和」とかを示しており、そこに1が加わった7には、「未知への挑戦」という意味が生まれている。7=4+3であると考えると、「安定した基盤」を示す4と「創造性」を示す3が合わさったものである、という解釈もできそうだ。白のスフィンクスと黒のスフィンクスは、それぞれ心と肉体を表しているのだろうか。心と体を調和させて、「運命の輪」である「車輪」を回す。そうすることによって、希望に満ちた世界へと歩きだせる。そんな寓意もあるのかもしれない。

取りあえず「愚者」は栄光の道を歩み、何らかの勝利を収めて凱旋した、といえそうだ。ただ、思い出してみよう。彼が乗っている馬はいろんな方向を向いているのである。ひとつの目標に突っ走っていきすぎたら思わぬ落とし穴に落ちる危険性も秘めているし、肉体と精神のバランスを取るのが難しくなることもあるのかもしれない。「ライダー版」に顕著だが、御者の肩に三日月の意匠があるカードもある。それは征服した国々を暗示しているのかもしれないし、うがってみると御者自身の精神的な弱さを示唆しているのかもしれない。
さらに言えば、「ヴィスコンティ版」の「戦車」には女性の御者が乗っているが、これを「政略結婚へと向かうところ」と捉える見方さえある。「戦車」の表す成功とは、あくまで肉体を介した人間社会での成功だし、それは永遠のものではないかもしれないのだ。20歳で王位を継承したアレキサンダー大王は30歳までにギリシャからインドまで広がる大帝国を建設したが、32歳の時に熱病で崩御。大帝国は瞬く間に分割された。ただ、アレキサンダー大王の「帝国」のおかげで、インドからギリシャ、エジプトまで、広く世界は文化を共有できるようになった。歴史は大きく動いたのである。
はかなき夢、しかしそれは未来に向けて大きな爪痕を残した。「戦車」に乗って世俗の成功を祝った「愚者」。彼はどこへ向かうのか――。
(美術展ナビ取材班)

【愚者の旅―The Art of Tarot】タロットって何?
14世紀から15世紀にかけてヨーロッパで原型が作られたタロットは、18世紀から19世紀にかけて占いのツールとして使われるようになり、19世紀から20世紀にかけて神秘主義と結びついた。タロットカードに描かれる絵は寓意と暗喩に満ち、奥深く幅広い解釈が出来るようになったのである。数多くの画家たちが腕を競ったカードの数々は、まさにテーブルの上の小さなアート。タロット研究家で図案作家のイズモアリタさんをナビゲーターに、東京タロット美術館(東京・浅草橋)の協力で進めるこの企画は、タロットのキーパーソン「愚者」の「旅」にスポットを当てながら、カードに描かれている絵の秘密を解き明かしていく。