【愚者の旅―The Art of Tarot】第8回 「恋人 The Lovers」 「統合」なのか「選択」なのか・・・・・・「恋」とはかくも難しきもの?

「ヴィスコンティ版」の恋人

「恋人 The Lovers」という名前である。見ると、上空で天使が弓矢を構えている。さぞかし幸福感に満ちた縁起のいいカードだろうと思う人も多いだろう。でもですよ。これまでこの連載を読んで頂いている方にはもうおわかりだろうが、タロットはそんなに単純なものではない。実は、このカード、デッキによって様々なニュアンスがあり、様々な解釈がある。では、見比べていただこう。

「トート版」の恋人

ストレートに「祝福された恋人」のイメージを醸し出すのが、「ヴィスコンティ版」だ。緑の庭園。傘の下で男女が手をつなぐ。いかにも恋の成就を表しているようなカードなのだが、気になるのは上空の天使が目隠しをしていること。これは一体、何を意味しているのだろうか。同じく「祝福」のイメージが強い「トート版」。着飾った男性と女性が祭壇(?)の前で手をつないでいる。目を引くのは、右側の女性(?)が白人なのに対し、左側の男性(?)の肌の色が黒いこと。よく見ると、従者として付いている子供の肌の色も違っているし、傍で見守っている動物(ライオンかな?)と鳥(ワシかな?)の色も違う。単純に解釈すれば、「人種を越えた結婚」や「異文化交流」を意味していると言えそうだ。相変わらず天使は目隠しをしていて、どこを狙っているのかよく分からない。

「マザーピース・タロット」の恋人

「異質なもの」との「統合」のイメージがさらに出ているのが「マザーピース・タロット」。ここでは黒と白、陰と陽のイメージがハッキリと打ち出されている。天使のかわりに門の向こうの空に見えるのは、沈んでいるのか昇っているのか、どちらかは分からないけど太陽だ。2人の人間の魂が乗った船も近づいてきている。そう、違う立場の人間同士、急接近しているのは間違いない。それがアキレスとアマゾネスの戦いになるのか、それともクリムトの抱擁になるのか・・・・・・。「ライダー版」では一転、太陽の下に裸の男女がいる。大天使のような存在が見守る中、男女の後ろにあるのは、生命の木と知恵の木だろうか。とすれば、ここはアダムとイブのいた「楽園」? あれ、イブの後ろ、知恵の木に蛇が巻き付いているぞ。そうすると、これから、その実を食べる「選択」が訪れるのだろうか。

「ライダー版」の恋人

まったく違う絵柄なのが、「マルセイユ版」や「バッカス版」だ。画面中央の男性(?)と2人の女性(?)が話しているようにみえる。どちらの女性を「選択」するか、男性が迷っているのか。それとも、片方の女性がもう一方の女性を男性に勧めているのか。頭の上で今にも矢を放とうとしている天使は、恋を司るクピドなのだろうか・・・・・・。

「いずれにせよ、『恋人』のカードで、『愚者の旅』では初めて天使が登場します」と本連載のナビゲーター、イズモアリタさん。「天使は、“聖なる次元”から人間界へと何かしらのインスピレーションを放っているわけですよ。今まで存在しなかった『聖なる次元』、つまり『内面的な世界』からのひらめきで、『下界』、つまり『世俗的な世界』にいる人々が何かの選択を迫られている。そんな様子が見て取れますね」

「マルセイユ版」の恋人

堕天使や悪魔は人間に対し、「誘惑」して「誘導」することができるが、天使は人間に「ひらめき」を与えるだけで、能動的に行動に関与することができない。人間は「ひらめき」を得ても、「自分自身の思索の結果」でどんな行動をするかを選ぶことができる。だから、恋の物語は複雑化していくのである。この時点では、「聖なる次元」の天使の導きが「卑しき地上」の人々に届くかどうかは分からない。「ひらめき」を感じることはできるのだが・・・・・・。人の世に降り立ち、経験を積んで指導的立場になった「愚者」は、ここで初めて「内なる世界」「まだ自分が知り得ていない自分」があることに気付いたともいえそうだ。ただしまだ、その「内なる世界」への入り口はこの時点では開いていない――。

いずれにしても、多くのカードで「異世界との遭遇」的なイメージが続き、「統合」「選択」がキーワードとして組み込まれているのである。そんな中で、ちょっと変わっているのが、「ゴールデン・ドーン・タロット」だ。岩に鎖でつながれた裸の美女。まさに彼女を海の怪物が襲おうとしているところに、天から勇者が救済に駆けつけている。これまでのデッキとはまったく違ったモチーフだ。19世紀、世界でも有数の魔術結社だったのが「ゴールデン・ドーン(黄金の夜明け団)」。数々の神話や伝承を取り込み、整理した結果をタロットに託しているだけに、どうしてこういう構図にしたのだろうか。

「ゴールデン・ドーン・タロット」の恋人

「これは明らかに、ギリシャ神話のアンドロメダとペルセウスの物語を下敷きにしていますね」とアリタさん。「自分の美貌は神にも勝る」との母・カシオペアの放言に怒った神々によって、海の怪物の生贄とされたアンドロメダ。あわや、という時に、怪物ゴルゴンを倒したばかりの英雄ペルセウスが偶然現れて、彼女を救出する。そして、アンドロメダはペルセウスの妻となり、ペルシャ王家の祖となる――。ディスコミュニケーションによる苦難、異文化の英雄との遭遇、「救助」という選択、共有して得られる幸せな未来・・・・・・。よく見ると、「恋人」の要素がそこかしこにちりばめられているように見えなくもない。あくまでこちらの「解釈」ではあるけども・・・・・・。

さてさて、「愚者の旅」に戻ろう。異文化と出会い、コミュニケーションの重要性を認識したように見える「愚者」。必要なのは「統合」と「選択」なのだけど――。

(美術展ナビ取材班)

「恋人」のカードのいろいろ。左端は「バッカス・タロット」、左下2枚目は「ダリ版」

【愚者の旅―The Art of Tarot】タロットって何?

14世紀から15世紀にかけてヨーロッパで原型が作られたタロットは、18世紀から19世紀にかけて占いのツールとして使われるようになり、19世紀から20世紀にかけて神秘主義と結びついた。タロットカードに描かれる絵は寓意と暗喩に満ち、奥深く幅広い解釈が出来るようになったのである。数多くの画家たちが腕を競ったカードの数々は、まさにテーブルの上の小さなアート。タロット研究家で図案作家のイズモアリタさんをナビゲーターに、東京タロット美術館(東京・浅草橋)の協力で進めるこの企画は、タロットのキーパーソン「愚者」の「旅」にスポットを当てながら、カードに描かれている絵の秘密を解き明かしていく。