【愚者の旅―The Art of Tarot】第7回 「教皇 The High Priest」 「内なる旅」の次に来るものは・・・・・・精神的な指導者であり、皇帝よりも権威を持っている存在

「ライダー版」の教皇

「無垢なる者」だった「愚者」は人間社会で様々な経験をして、立派な大人へと成長した。これから彼は何をすればいいのか。そこで示されるのが、この「教皇 The Hierophant」のカードである。よーく見てみよう。このカードは、これまでのカードと比べて何が違うのか、そしてそれにはどんな意味が込められているのか――。

「エルグランタロット・エソテリコ」の教皇

「ライダー版」を見ても、「マルセイユ版」を見ても、まず気付くことがある。「教皇」は「説法」をしているのだ。これまでのカードを思い出してみよう。「主役」である「女教皇」や「皇帝」はカードの中央に常に1人でいた。たまに動物を連れていることはあったけど、他人とコミュニケーションを取っている様子は描かれていなかった。「教皇」となった「愚者」は1人での「経験値上げ」の旅を終え、より広がりのある社会へと一歩足を踏み出したといえそうだ。

「マルセイユ版」の教皇

では「教皇」とはどんな存在なのか。中世ヨーロッパのカトリック社会では、地上における最高の権威者はローマ教皇だった。各地を統治する「皇帝」や「王」の権威は、その地域のみに及び、さらに言えばそれは世俗の出来事に対する支配権であった。ローマ教皇こそが世俗を超越した存在であり、全世界の精神的指導者、各国の「王」や「皇帝」の上位に立つ者だったのである。

キリストが流した血の色を示す「カーディナル・レッド」の法衣をまとい、「三位一体」を表す三重冠を身につけた教皇は、「キリストの代理人」そのものに見える。手に持っているのは三重の十字。背後には、教えの堅固さを示すのだろうか、がっちりとした柱が2本立っている。とにかく神々しく、力強い存在だということが見て取れる。

「マザーピース・タロット」の教皇

その前にいる2人の男性(?)は、そのいでたちからして弟子、もしくは聖職者なのだろう。まるで双子のようにそっくりの格好をしている。違うところがふたつあって、ひとつは身につけている衣裳の色。もうひとつは、右側の弟子が教皇の持っている杖を間近に見ている(触れている?)のに対し、もうひとりはその杖から無縁の所にいることだ。

本連載のナビゲーター、イズモアリタさんはこう話す。「右側の弟子が直接教皇の教えを受けているのに対し、左側の弟子は話を聞いているだけのように見えますね。『内なる想起』と『外からの解釈』、そんなことを暗示しているようにも見えます」。

「エル・グラン・タロット・エソテリコ」の教皇は「右」を指さしており、天上からのサインを自らの手で伝えているように見える。「マルセイユ版」の法皇も明確に「右」に顔を向けている。「教皇」の教えは、直接そこに触れているカトリック社会はもちろん、それを伝え聞くだけの他世界にも及ぶということなのだろうか。彼らが双子に見えるのは「人類はみな兄弟」というメタファーなのか。

「バッカス版」の教皇

いずれにしても成長した「愚者」は弟子を持つまでの存在になった。修業途中の「女教皇」のように、わざわざ手に「トーラー」を持つ必要もなく、自らの口で法を伝授し、人々を導くことができる。背後にある2本の柱は、彼がいるところが神殿であることを示しているのだろう。神と人間世界の媒介者、人間世界の優秀なリーダー、そういうイメージは、「マザーピース・タロット」でさらに強調されている。背後には山々からの雪解け水が作った美しい湖がある。それは、「世界の知恵」を象徴しているのだろう。背後に「剣の男」、世俗の権威をも背負った「教皇」は、多くの「迷える民」を前に、「トーラー」の教えを説いている。「迷える民」たちは、一心にその存在を崇め敬っているのである。

「教皇」のカードのいろいろ。中央は「ヴィスコンティ版」、右端は「1JJスイス・タロット」

ただ、「ひとつ気になることがあるんです」とアリタさんはいう。「教皇のカードとⅩⅤのカード『悪魔』が図柄的によく似ているんですよ」。よく見ると「ライダー版」の教皇の足元には2つのカギが置いてあるが、「そのカギは『悪魔』のカードで2人の人間がつながれている鎖に使うものだ、という解釈もあります」とも。教皇と悪魔、最高位の聖職者とラスボス級の悪役が、なぜ似たような絵柄で描かれるのか。絶対的な権力者の教皇だが、実は様々な罠に陥る可能性があるという暗喩なのか――。

権力が集中すれば集中するほど、誘惑も多くなり、何らかのきっかけで道をはずれてしまうこともある。周囲の声が聞こえなくなり、恐ろしい独裁者になる恐れもある。18世紀の欧州の一部では、「キリスト教に対する侮辱である」としてタロットに教皇を描くことを禁じられた。「バッカス版」でその代わりに描かれたのが、“酒の神”バッカス。享楽と陶酔の象徴であり、混乱と熱狂を生み出す神でもある。敬虔と崇高、猥雑と混乱。一見正反対に思える置き換えだが、よくよく考えてみると「教皇」の裏の意味を鋭く皮肉に切り取っている、といえるかもしれない。

(美術展ナビ取材班)

【愚者の旅―The Art of Tarot】タロットって何?

14世紀から15世紀にかけてヨーロッパで原型が作られたタロットは、18世紀から19世紀にかけて占いのツールとして使われるようになり、19世紀から20世紀にかけて神秘主義と結びついた。タロットカードに描かれる絵は寓意と暗喩に満ち、奥深く幅広い解釈が出来るようになったのである。数多くの画家たちが腕を競ったカードの数々は、まさにテーブルの上の小さなアート。タロット研究家で図案作家のイズモアリタさんをナビゲーターに、東京タロット美術館(東京・浅草橋)の協力で進めるこの企画は、タロットのキーパーソン「愚者」の「旅」にスポットを当てながら、カードに描かれている絵の秘密を解き明かしていく。