【愚者の旅―The Art of Tarot】第5回 「女帝 The Empress」 豊潤、多産、創造性・・・・・・すべてを生み出し、包み込む母のような存在

「マルセイユ版」の女帝

「技術」と「知恵」と「直感」を学んだ「愚者」。次のカードは「女帝 The Empress」である。「女教皇」とか「女帝」とか、何だかエラそうな人ばかり出てきて、あまりテクテクと旅をしているようには見えないなあ。そんなことを思う方もいらっしゃるかもしれない。でも、よく考えてみよう。この「愚者の旅」は、列車に乗って名所旧蹟をたどるような旅ではないのである。「Ⅰ『魔術師』からⅣ『皇帝』まで、一人の人物を表すカードが続くんですが、これは地上に降り立った愚者が、人間世界の色々なシチュエーションを経験している、というふうにも解釈できるんです」と説明するのは、本企画のナビゲーター・イズモアリタさん。「例えば、メタバース内で愚者が様々なキャラ設定を通じて経験値を上げている。そんなイメージですかね」。未成熟な若者がオトナへの階段を上っている、自分探しの「心の旅」をしている。そんな受け取り方をした方がよさそうだ。

「ドリーミング・ウェイ・タロット」の女帝

さて、その「女帝」のカードからもたらされるイメージは、見るところ「豊潤」「多産」「創造性」といった所だろうか。「『数秘学』の考え方でいうと、『1』は男性性を表す奇数であり、さらに物事の始まりをも示しています。それに、受動的な女性性を表す偶数の『2』を足した数が『3』。なので、『3』からは『何か新たなものを創り出す』というイメージができてくるわけです」とアリタさん。マルセイユ版の「女帝」は、手に持った錫を自分の子宮に向けているように見える。ドリーミング・ウェイ・タロットは、もっとストレートに妊娠している若い女性の姿が描かれている。

「マザーピース・タロット」の女教皇

いずれにしても柔和で幸せそうな雰囲気だ。それはカードの色を見ても明らか。「女教皇」のカードが青系の寒色を使っていることが多いのに対し、「女帝」は黄色などの暖かみのある色が多い。黄色といえば、農耕の神、豊穣をもたらす者でもある古代エジプトの女神イシスのイメージカラー。そう考えると、イシスと「女帝」のイメージが重なってくる。「ライダー版」や「トート版」を作った“魔術師”クロウリーの「トートの書」では、「処女のまま、ホルスを身ごもった」イシスはⅡ「女教皇」と関係づけられているのだが、「豊穣」というイメージの「女帝」は、そこから続くものと言えるのかもしれない。ライダー版の「女帝」は豊かな自然の中、ゆったりとしたワンピースを着て、豪華な椅子で寛いでいる。イシス神の頭の上には、「王権」を示す玉座が描かれているのが通例。そんな所にもイシス神との共通性が感じられる。

「ゴールデン・タロット」の女帝

まあ、カードの下の方に何となくエスニックな女性の姿が描かれているマザーピース・タロットを見ても分かる通り、「豊穣」を「母性」と結びつけ、それを女神に託す信仰は世界中のどこにでもあったものだ。頭の隣に縄文土器の地母神のような意匠があるマザーピース・タロットを見ていると、そんな想いが強くなる。より直接的にそんな雰囲気を醸し出しているのが、膝の上に赤ん坊をのっけてあやしているゴールデン・タロット。どのカードを見ても、「女帝」とはすべての命を慈しみ、大きな愛で包み込む「グレートマザー」ではないか、と思えてくる。

「ライダー板」の女帝

ただ、すべてを包み込む母性である「グレートマザー」には、だからこそのマイナス面もある。ユング心理学の元型の考え方に基づいていうと、「大きな愛で子供を慈しむ」グレートマザーという存在は、逆に「子供を束縛し、自分の中にのみ込んで破滅させてしまう」危険性も持っているからだ。分かりやすくいうと、過保護な教育ママになりがちなのである。あるいは自分の子供を愛し過ぎるために、他者を犠牲にしてしまう鬼子母神のような存在も、神話やフォークロアの世界には多数存在する。頭に王冠を抱き、手には高貴な立場を象徴する錫を持っている「女帝」。大いなる「グレートマザー」であるからこそ、気を付けなければならない、わきまえなければならないこともあるのだ。

「1JJスイス・タロット」の女帝

とはいえ、「無垢なる者」の「心の旅」は、今のところ順調に見える。豊かな自然のもと、ゆったりとした状況で心身を育み、新たな生命を生み出そうとしているのだから。Ⅲ「女帝」と次のカードⅣ「皇帝」とは、色々な意味で対になっているところが多いのだが、それは次回へのお楽しみ、ということにしておこう。

(美術展ナビ取材班)

「女帝」のカードのいろいろ。左端は「トート版」右端は「バッカス版」、右下2枚目は「タロット・デ・パリ」


【愚者の旅―The Art of Tarot】タロットって何?

14世紀から15世紀にかけてヨーロッパで原型が作られたタロットは、18世紀から19世紀にかけて占いのツールとして使われるようになり、19世紀から20世紀にかけて神秘主義と結びついた。タロットカードに描かれる絵は寓意と暗喩に満ち、奥深く幅広い解釈が出来るようになったのである。数多くの画家たちが腕を競ったカードの数々は、まさにテーブルの上の小さなアート。タロット研究家で図案作家のイズモアリタさんをナビゲーターに、東京タロット美術館(東京・浅草橋)の協力で進めるこの企画は、タロットのキーパーソン「愚者」の「旅」にスポットを当てながら、カードに描かれている絵の秘密を解き明かしていく。

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