【愚者の旅―The Art of Tarot】第1回 「愚者 The Fool」 始めでもあり終わりでもある不思議な存在 ひょっとしてタロットの主人公?

「ライダー版」の愚者

22枚の大アルカナと56枚の小アルカナで構成されるタロット。より深い意味を持ち、絵柄的にも面白いのが大アルカナだ。最初に登場するのがこのカード、「愚者 The Fool」。ところがこれが、一筋縄ではいかない、なかなかナゾの多い存在なのだ。

カードの上、または下にある番号を見て欲しい。ライダー版の「愚者」は「0」、ゼロという数字が振ってあるが、マルセイユ版にはそれがない。「実はカードによっては、大アルカナの最後、22が振られることもあるんです」と説明するのは、今シリーズのナビゲーター、イズモアリタさん。「つまり『愚者』はナンバリングの外にある、特別なカードとも受け取れるんです」。マルセイユ版の中には、ふたつ特殊なカードがある。ナンバーのない「愚者」と13番、名前のない「死神」だ。これが何を意味するのか。そこを考えることから、タロットの「謎解き」は始まるのかも――。

「マルセイユ版」の愚者

カードナンバーのことわりの外にある「愚者」、それは「タロットが象徴するすべての物事を超えた者=何者でもない者」であり、“ナンバーの呪縛”から放たれている者であるとも言えそうだ。「こういう解釈もあるんです」とアリタさんはいう。「タロットは愚者が経験する旅なのである、という」。何者でもない無垢の存在である愚者が旅をして、1番から順に経験を積んでたどり着くのが21番、「世界 The World」なのだ、と。そこでひとつの旅を終えた後、彼は再び「呪縛から離れた者」となり、次の旅へと臨む「愚者」になるのだ、と。

「あるいは、その『旅』で紡ぐ物語、『世界』での出来事は『愚者』の夢かもしれない、という解釈もあるんです」とアリタさんは続ける。すべての束縛から放たれた自由な存在、トランプのジョーカーともイメージが重なる。

「ゴールデン・ドーン・タロット」の愚者

だから、「The Fool」という名前にも様々な寓意があり、それに伴って様々な姿がカードに描き込まれている。大体のイメージは、「袋と杖を持ち、鈴を身に付けており、イヌだかネコだかよく分からない動物を連れている」ことだ。袋の中には「パンドラの箱」のように希望や絶望が詰め込まれているのだろうか、鳴り響く鈴の音は輪廻転生の数を示しているのか。イヌやらネコやらの獣は、存在そのものの「業」を示すのか、それとも「愚者」の動きをサポートする何者かを表しているのか――。ただ、これらのイメージも絶対不可欠のものではない。

The Fool=オロカナモノ」を強調しているのが、20世紀初頭にライダー社から出版された「ライダー版」だ。イギリスの魔術結社「ゴールデン・ドーン」に所属していた神秘主義の研究者、アーサー・エドワード・ウェイト博士が同じ結社のメンバーだった画家、パメラ・コールマン・スミスに作画を依頼したこのカード、2人の名前を取って、「ウェイト=スミス版」ともいう。世界で最も売れているタロットカードであり、神秘主義の色合いの強いカードでもある。

そこで描かれる「愚者」の姿を見てみよう。太陽の下、能天気な顔をした若者が上を向いて踊るように歩いている。だけど、そこは崖っぷち、危険がそこまで来ているのに、若者は気付かない。いかにも「未経験な」「オロカモノ」だ。獣は「危ない」と注意を喚起しているのか、一緒になって騒いでいるのか。

「マザーピース・タロット」の愚者

それとは全く逆の姿を見せているのが、「ゴールデン・ドーン・タロット」。先ほどの魔術結社ゴールデン・ドーンの秘密指令書に基づき制作されたものだという。そこで登場するのは、「無垢=Innocent」という言葉がぴったりの幼児。「何者でもない存在」の色合いが強く、そこには「無知の知」という哲学的な意味合いもありそうだ。

もともと「愚者」のカードには「正気を失った人」という要素もあったようで、そこがコミカルに打ち出されているのが、「マザーピース・タロット」。「ヒッピー文化やフェミニズムの時代を経て、1980年代に出来たカードだけに、ニューエイジ的な香りが漂ってきますね」とアリタさん。なるほど、ここでの愚者は、キノコを食べてラリっているようにも見える。一緒に居る動物たちも楽しそうだ。「ジョーカー」としっかり書かれているのが、「パタリロ!」などで有名な漫画家、魔夜峰央氏の描いた「魔夜版」(と今後略させていただきます)。15世紀のカードを基にした「ヴィスコンティ版」の「愚者」は、社会からドロップアウトした酔っ払いのおじさんみたいで、「1JJスイス・タロット」では、なんだかサーカスに登場する道化師のようだ。

「魔夜版」の愚者

「愚者」の持つイメージのどこを強調するかで、これだけ絵柄が違ってくるし、解釈も異なってくる。「ちなみにタロットのイメージが固まったルネサンス期のヨーロッパの宗教画と比べてみると、愚者のいでたちは旧約聖書の『トビアスと天使』のトビアスによく似ています」ともアリタさんはいう。無垢な少年が貸金回収の旅に出るのだが、そこには神様の命令で大天使ラファエルが同行して・・・・・・、というお話だ。だとすると、「愚者」が連れている獣はイヌだが。「同行する大天使ラファエルの姿は、14番のカード『節制』に似ているんですよ」とアリタさん。ここにもひとつのナゾがある。

18世紀から19世紀にかけて成立した「マルセイユ版」を見てみよう。古くからの言い伝えの雰囲気をもっともよく引き継いでいるといわれるタロットだ。なるほど、「純朴そうな」若者は、右手に杖を持ち、イヌを連れている。「この杖の角度が、もう1枚の“特殊カード”である『死神』のカマの角度と酷似しているんです」とアリタさん。この辺りにも何か意味があるのだろうか。連れているイヌは単に「トビアスの物語」のような従順なお供なのだろうか。色々と解釈が分かれるところなのである。

「ヴィスコンティ版」の愚者

「ゴールデン・ドーン・タロット」をもう一度見てみよう。イノセントな子供は、なにやら木になった果実を取ろうとしている。それをイヌらしい獣は黙って見守っている。ひょっとして「これを食べな」と勧めているのか。だったら、この獣は、旧約聖書でアダムとイブにリンゴを食べさせた「楽園の蛇」のような存在なのか・・・・・・。そう考えてみると「マルセイユ版」の獣も、何だか悪さを仕掛けているように見えてくる。

いい意味でとれば「希望」、「無限の可能性」。悪く取れば「未経験」、「無謀」。占いでは、そんなふうに解釈される「愚者」。いずれにしても、それはまだ何も始まっていない「真っ白」な状態であり、「すべての原点」であるといえる。その「愚者」が見る夢の中にいるのがあなたやわたしで、そんなあなたやわたしが「愚者」と一体となりながら経験していくのが「タロットの旅」・・・・・・、そう考えると、「愚者」はあなたであり、わたしでもあるのかもしれない。

「愚者」のカードのいろいろ。左上は画家、サルバドール・ダリのデザイン。右上は「1JJスイス・タロット」。

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