【展覧会の裏側】美術館照明の殿堂・パナソニック汐留美術館で光へのこだわりを聞く

東京・汐留にある「パナソニック汐留美術館」。現在同館では、日本工芸会陶芸部会50周年を記念した「未来へつなぐ陶芸 ―伝統工芸のチカラ展」が開催中です。作品保護の観点から外光を入れることが難しい美術館。色も形も異なる139点の陶芸作品が集まる中で、作品が持つ本来の魅力を大きく引き立てているのが照明へのこだわりです。
パナソニックの企業美術館として全国の学芸員が視察に訪れるほど照明に力を入れている同館。今回は本展を担当した客員学芸員の森谷美保さんと照明デザイナーの吉塚奈月さんに話を聞きました。(ライター・鈴木翔)

全国から学芸員が照明の視察に訪れる「パナソニック汐留美術館」
——まず初めに美術展の照明を考える上で最も大切にされていることを教えてください。
森谷美保さん(以下、森谷)
「まずは作品保護を第一に考えながら、作家が本来伝えたいと思っている色だったり素材の美しさを見せることに努めるのが照明における学芸員の役割だと思っています」
吉塚奈月さん(以下、吉塚)
「私の役割は作品保護の観点と美しく見せることを両立させながら、ギリギリのせめぎ合いの中で良い光を作っていくことです。その上で、主役はあくまで作品ですから、演出をし過ぎずにそれぞれの持ち味を素直に引き立てるようにしています」
——美術展照明にはどんな方々が関わり、どのような流れで設置されていくのでしょうか?
森谷
「パナソニック汐留美術館の場合は、私たち学芸員と吉塚さんのような照明デザイナー、照明プランを一緒に考えてくださる専門業者さん、展示ケースなどを作ってくださる造作業者の方々、照明の設営業者さんなど全部で10人くらいのスタッフが関わっています。毎回、展示内容が決まって会場図面が出来上がった段階で一度打ち合わせをして、学芸員から展覧会の概要と作品の素材ごとの照度を説明し、特に目立たせたい部分について要望を投げかけます。その後にもう一度、意見のすり合わせをして実際の設営に臨んでいます」
——パナソニックが運営する企業美術館です。それゆえに設備や鑑賞環境には並々ならぬこだわりがあると思います。
森谷
「美術館の中には学芸員が照明を調整しているところも多く、当館のように照明の専門チームを抱えているところは珍しいです。そこはやはり、照明を事業に持つメーカーが運営している美術館だからこそですね。ここまで繊細に照明に取り組んでいる美術館は他にないと思っています」

——まさに美術館自体が「美術館照明のショールーム」みたいな場所ということですね。
吉塚
「そうかもしれませんね。私たちは他の美術館の照明も依頼されることがあります。その際には、まずは当館を見ていただくことをおすすめしています。どの展覧会もすべて照明デザインをしっかりやっていて、設備の使い方を含めて実践の場をお見せできますから。視察にいらっしゃる方のほか、全国の学芸員さんを対象に『学芸員照明研究会』という学びの場を定期的に開催していて社会貢献活動の一環になっています」

300灯ものライトが照らす会場
——ジョルジュ・ルオーを中心とする「西洋絵画」と「建築・住まい」、そして「工芸・デザイン」の3つを展示の柱とされています。それぞれで照明の考え方は変わってくるものでしょうか。
吉塚
「そうですね。「建築・住まい」については作品に光をあてるという以上に全体の雰囲気に気を遣っていて、照明が展示設計の一部になっていることもあります。例えば、昨年開催した『サーリネンとフィンランドの美しい建築展』では、光があたると白く染まるという伝説を持つ、フィンランドのヴィトレスクという湖を照明でも表現しようとLEDのテープライトを使いました」

——どんな照明器具を使っているのでしょうか。
吉塚
「絵画などを照らす際には、壁面を均等に照らすウォールウォッシャ照明という器具を使います。ほかには、個々の作品にあてるスポットライトや室内全体を照らす光天井。あとは展示ケースの照明ですね。今回の展覧会では300灯近いスポットライトと展示ケースの照明が一点一点の作品を照らしています」

——今の照明器具はLEDが主体だと思いますが、やはりLED化がもたらした恩恵は大きいですか。
森谷
「LEDになって鑑賞環境がものすごく変わりました。調光がかなり細かくできるようになったので、版画や素描、建築展などでの図面は特に見やすくなったと感じます。例えば、当館が数多く所蔵するルオーの作品というのはブルーの色が綺麗なんですけど、そのブルーの見え方が変わりました。彼はステンドグラスの職人のもとで修行を積んだ人なので、そういったガラス質の綺麗なブルーを見せられるようになったと感じます」
——光の強さを表す照度(単位:lx/ルクス)は、照明学会などによって細かなルールが決められているそうですね。調整するのに難しいところはどんなところでしょうか。
森谷
「照度の基準は、水彩、油彩、工芸品など素材ごとに決まっているので、今回のように陶磁器の作品だけであれば基本的に全体の基準は同じです。しかし、建築関連の展覧会のように、図面もあれば模型もあり、彫刻もありといったケースになると、それぞれの素材で照度が変わってきます」
吉塚
「なかでも光に最も敏感な素材のひとつが紙です。紙を画材にした作品は50lxより光が強いと退色してしまいます。特に日本の美術品は紙に描かれた作品が多いので、できるだけひとまとめにしたいと考えます。でも、最近は紙の作品の隣に陶芸作品が来たりするケースが珍しくないので、照度基準がバラバラのものを並べる時は難しさを感じます」
森谷
「現代作家の中には、ひとつの領域にとらわれない方もいますから。例えば、陶芸と掛軸を両方作っている作家がいたとして、陶芸は明るく見せなければならないけれど、掛軸の方は暗くしなければならないとなり、見やすい形を考えると光の割り振りが難しいですよね。学芸員の立場からすると、内容を優先して作品選びをしているので、いざ展示物を並べてみた時にいろんな問題が生じてくることもあります」

ケースの上部に拡散フィルター
——もうひとつ照明の重要な要素に光の色を表す色温度(単位:K/ケルビン)があると思います。色温度が高いほど寒色系の光になり、低いほど暖色系の光になります。このあたりも作品の見え方を左右すると思いますが、どんなこだわりがありますか。
吉塚
「かつては白熱電球の2700Kと蛍光灯の3000K、4000K、4200K、5000Kと決められた光色しかありませんでしたが、LED化されて色温度も幅が広がりました。そのおかげで以前は3000Kの光で見せていたものを3200Kの光で見せてみたら、今までに伝えられなかった色味を出せるようになりました。一方で、色味をしっかり出せるようになっても、例えば陶磁器の釉薬によってはぎらついて見えたり、光ムラが目立ってしまうことがあるので、そういう場合は展示ケースの上部に拡散フィルターを入れて光を滑らかにしています」

展覧会のコンセプトに合わせる照明のこだわり
——それでは今回の展覧会についてもう少し深くお聞きします。本展の総合的な照明に対して、森谷さんは吉塚さんにどんな要望を出されたのでしょうか。
森谷
「最初にお願いしたのは、人間国宝から現代作家まで139点の作品が集まる中で誰が一番偉いとか、ここを一番綺麗に見せたいという伝え方ではなく、すべてをフラットに見せたいということでした。展覧会によってはポスターに出ている作品を主役のように見せたり、同じ空間内のメリハリも大切ですが、今回に関しては形も素材も大きさも異なる作品をキチッと一点ずつ優劣をつけずに光をあててくださいと伝えましたね」
——そうした森谷さんのリクエストを受けて吉塚さんはどんなことを考えましたか。
吉塚
「フラットに見せるために、まずは造作ケースの光をいかに美しく見せるかというところから入りました。ただ、すべてが陶芸作品ゆえにただただフラットにしてしまうと全体が単調になりかねないので、章ごとにちょっとずつ味付けをしていきましょうと提案しました」
森谷
「1章は物故作家と巨匠の作品なので落ち着いた印象にしてほしい。2章と3章は物故作家と現代作家の作品が混ざっているので統一したイメージで。けれど、3章のオープン展示の空間は引き立つように見せたい。他には『茶の湯』のコーナーは茶室のように静謐な感じにまとめて欲しい…。そんな風に意図を共有しながら全体を作り上げていきました」

——照明だけを考えると、3章のオープン展示は特に調整が大変だったのではと感じます。

吉塚
「オープン展示は開幕直前まで難しいところでした。本来、作品というのは展示ケースの中に入っているものなので上に器具を設置することが可能なのですが、今回は上に照明を設置できないことがひとつ。もうひとつは展示作品を360度から見られる配置としているため、スポットライトのあて方を注意しないと反対側にいる鑑賞者が眩しく感じられてしまうということでした。展示空間で光源が直説目に入るのはとても不快なことなので、作品に光をあてることと快適な鑑賞環境作りの間でずっと板挟みでしたね」
森谷
「139点というのは当館の企画展の中でもとても多い展示数なんです。それでいて大きな作品がひしめき合って並んでいるのも見る方々が窮屈に感じてしまうので、できるだけ広い空間を作りたかったんです。あのオープン展示の照明が大変になるのは最初から想定できていましたが、しっかり整頓できたのは吉塚さんのおかげだと思っています」
——照明という視点から、ぜひここを見てほしいというポイントはありますか。
森谷
「3章の最後の4点の白磁が置かれた展示ケースです。目の前に立っていただくと同じ白でもまったく個性が異なることに気づいてもらえると思います。初めはフラットな光を当てていたのですが、新里明士さんの作品の透け感や室伏英治さんの作品の練り込みによるマーブルな模様を伝えるために、いろいろ試した結果、真上から光をあててミリ単位の調節を繰り返しました。このために配線を増設するなど、スタッフの知られざる苦労が隠れた部分なので、ぜひ多くの方に注目していただきたいです」

天井や展示ケースにも目を運んで
展示空間に欠かせない要素のひとつである照明。二人の話からは、快適な展示空間が、心血を注いだ「こだわり」のもとで作り込まれていることが実感できました。照明を見るために美術展に足を運ぶということはないかもしれませんが、パナソニック汐留美術館を訪れた際は、ぜひ天井や展示ケースの照明を見て、プロのこだわりを感じてみてください。
(ライター・鈴木翔)
あわせて読みたい
「未来へつなぐ陶芸」展(3月21日まで)については下の記事をご覧ください。