【探訪】名刀に凝縮する歴史と物語ー「ボストン美術館 THE HEROES」展 小説家・永井紗耶子さん

歴史を彩った武士たちゆかりの絵画、刀、鐔が織りなす豊かなストーリーを味わう「ボストン美術館 THE HEROES」展。時代小説の俊英として注目の永井紗耶子さんに、この展覧会の見どころを寄稿してもらいました。

美術から見る歴史小話  ~名刀に刻まれた歴史と物語

                          永井紗耶子

森アーツセンターギャラリー「ボストン美術館所蔵 THE HEROES 刀剣×浮世絵-武士たちの物語」

 刀剣が愛される理由の一つは、その刀の美しさもさることながら、その刀にまつわる歴史や物語にあるのではないでしょうか。

今回、六本木ヒルズの森アーツセンターギャラリーで開催されている「THE HEROES」は、まさにその刀とそれにまつわる物語を、浮世絵や美術品と共に思う存分堪能できる展覧会。ここで展示されるものの数々は、正に日本のこれまでの歴史であり、英雄譚として語られる武者たちの足跡でもあります。

現在、NHKで放映中の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』やフジテレビなどで放送、配信されている『平家物語』を御覧の方は、「あ、この人、ドラマで見ていたあの人だ!」と、思われることもあろうかと思います。また、ここで扱われる英雄たちの物語は、能、歌舞伎、文楽といった古典芸能でも度々登場するものばかり。一度ではもったいない。二度、三度と足を運びたくなります。その中でも、私が「ぜひ見て!」とお伝えしたいものをご紹介させてください。

ちょうど、展覧会の中ほど……一際輝くひと振りの刀があります。

「刀 折返銘 長円(薄緑)」平安時代(12世紀)個人蔵

……「薄緑」だと!?

と、刀好き、歴史好きにはたまらない逸品です。

この「薄緑」は、源氏の宝刀であり、源義経の愛刀であったと言われています。国内にはこの「薄緑」と伝わる刀が何振りか現存するようですが、今回のこれもその一つ。

名づけたのは源義経であったと言われていますが、その名の通り清々しさと美しさを併せ持ち、鋭さの中にも凛とした佇まいの刀剣です。

この刀をぜひ見て欲しい理由は、刀身が美しいから……というだけではありません。この刀が持つ「物語」と「歴史」こそが、刀剣の魅力をぎゅっと凝縮しているからでもあります。

 「物語」の刀

この刀は「薄緑」と呼ばれる前に何度か名を変えています。最初は「膝丸」と呼ばれていました。理由は、その切れ味を試すべく罪人を斬ったところ、なかなか切れないはずの膝まですっぱり斬れた。「何とよく斬れる!」と感動した源満仲が「膝丸」と名付けました。何という、独特のネーミングセンスでしょう。

かくして源氏の宝刀として伝わるこの膝丸は、やがて代替わりして一条帝にお仕えする武者、源頼光の手に渡ります。この頼光は、「酒呑童子」という化け物を倒したことでも知られる武者。

その頼光がある時、原因不明の病に倒れます。苦しむ頼光の枕辺に謎の法師が現れるのですが、それが実は妖怪「土蜘蛛」の化身。頼光は枕元にあった「膝丸」で土蜘蛛を斬りつけます。残念ながら仕留めることはできませんでしたが、以後、この刀は「蜘蛛切」と呼ばれるようになった……とされています。

この物語は、謡曲「土蜘蛛」として能でも度々演じられる人気演目の一つです。

歌川国芳 「和漢準源氏 源頼光 薄雲 安政2年(1855)9月 William Sturgis Bigelow Collection ボストン美術館蔵 Photograph Ⓒ Museum of Fine Arts, Boston

頼光の刃から逃れた土蜘蛛は、その後、平井保昌と、源頼光四天王と呼ばれる渡辺綱、坂田金時、卜部季武、碓井貞光らによって打ち取られます。

歌川国芳「源頼光の四天王土蜘退治之図」 天保10-11年(1839-40)頃 William Sturgis Bigelow Collection ボストン美術館蔵 Photograph Ⓒ Museum of Fine Arts, Boston

この四天王の渡辺綱や坂田金時、そして共に土蜘討伐に出た平井保昌の浮世絵も、会場内ではエピソードと共に紹介されています。

歌川国貞「茨鬼 戻橋綱逢変化」 文化12年(1815)頃 Bequest of Maxim Karolik ボストン美術館蔵 Photograph Ⓒ Museum of Fine Arts, Boston

平安の鬼や妖怪退治の真ん中に、この刀があると言えるのです。

 「歴史」の刀

二つ目の魅力が、歴史的事件の目撃者としての刀。

この「蜘蛛切」はその後も源氏に受け継がれ、源為義が所有していた時には、夜な夜な鳴き声を発するということで「吼丸」と名を変えます。そして娘婿である熊野別当、行範へと受け継がれるのですが、彼は「これは私が持つべきものではない。然るべき時に然るべき人の手に」と、熊野権現に奉納します。それが、源平合戦の折に義経に献上されることとなりました。

「緑深い熊野の山から出て来た一振り」として、義経はこれを「薄緑」と名付けて戦に挑み、見事に勝利をおさめます。

義経の勇猛果敢な戦いぶりも、迫力溢れる浮世絵と共に見ることができます。

月岡芳年 「義経八島之名誉」 慶應2年(1866)4月 William Sturgis Bigelow Collection ボストン美術館蔵 Photograph Ⓒ Museum of Fine Arts, Boston

その後、薄緑はどうなったのか……その行く末には諸説があります。

いずれにせよ、時代を越えて愛されてきたことが分かるのが、明治に創られた鐔。

「土蜘蛛退治図鐔 銘 松涛軒吾竹貞勝」 明治時代(19世紀) Charles Goddard Weld Collection ボストン美術館蔵 Photograph Ⓒ Museum of Fine Arts, Boston

鐔は本来、手を守るための部品に過ぎません。しかしこの意匠を凝らした逸品を見れば、刀とそれにまつわる物語が人々を魅了し続けて来たことが分かります。

薄緑のほかにも、見所はたくさんありますが、まずは一度、足を運び、その目で見てみてください。

今回は、ボストン美術館に収蔵されていた刀も数多く展示されています。海の向こうでも愛でられてきた逸品がこうして、時を越え、海を越えて間近に見られる貴重な機会です。

全ての作品から歴史と物語が感じられると思います。

永井紗耶子さん:小説家 慶應義塾大学文学部卒。新聞記者を経てフリライターとなり、新聞、雑誌などで執筆。日本画も手掛ける。2010年、「絡繰り心中」で第11回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。著書に『商う狼』『大奥づとめ』(新潮社)、『横濱王』(小学館)など。第40回新田次郎文学賞、第十回本屋が選ぶ時代小説大賞、第3回細谷正充賞を受賞。

 

◇あわせて読みたい

【開幕】ボストン美術館所蔵「THE HEROES 刀剣×浮世絵ー武者たちの物語」 森アーツセンターギャラリーで3月25日まで

同展の公式サイト(https://heroes.exhn.jp/top.html

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