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【探訪】「ハリー・ポッターと魔法の歴史」展を紐解く その人気の秘密は? 翻訳の松岡佑子さんに聞く 

ジム・ケイ「『ハリー・ポッターと賢者の石』の9と3/4番線の習作」ブルームズベリー社蔵ⒸBloomsbury Publishing Plc 2015

世界中に愛読者を生み出しているファンタジー文学の国際巡回展「ハリー・ポッターと魔法の歴史」が、兵庫県立美術館(神戸市中央区)で開かれている。翻訳した松岡佑子さんにもお話を伺い、その人気の秘密を考えてみた。(読売新聞大阪本社文化部記者 浪川知子)

魔法と現実、巧みに融合

原作者J.K.ローリングさんの直筆原稿やスケッチ、魔法や呪文にまつわる大英図書館の所蔵品など、約140点の貴重な資料で物語の世界に浸ることができる。

秘められた能力を魔法学校で開花させた孤児ハリーが、両親を殺害した闇の帝王と対決する物語。1997年にイギリスで第1巻が刊行されると瞬く間にベストセラーになり、全7巻が80を超える言語に翻訳された。日本では99年に翻訳が出版され、関連書を含めた発行部数は累計3000万部を超える。

人気の秘密は、魔法使いや妖精の存在と現代の現実生活を巧みに融合させたところにありそうだ。

例えば魔法学校へと旅立つ特急列車はロンドンに実在するキングス・クロス駅から出るが、そのホームは一般の人の目には見えない9と3/4番線という設定だ。また魔法界への入り口は、ありふれたパブの奥にある。れんが造りの壁を傘で突けば、れんががアーチ形に開いて魔法界の横丁へと道が続くのだ。

J.K.ローリング「ダイアゴン横丁の入り口のスケッチ」1990年 J.K.ローリング蔵 ⒸJ.K.Rowling

シリーズのイラスト版で絵を担当したジム・ケイが描いた同駅の習作、原作者自身による魔法界への入り口のスケッチなどの展示品は、読者が生きる現実のすぐ隣に不思議の世界があると感じさせる。

背景に豊かな文化と伝承

大英図書館の所蔵品は、この魔法と幻想の物語がヨーロッパの豊かな文化や民間伝承を土壌に生まれたことをうかがわせる。「賢者の石」はどんな金属も黄金に変え、永遠の命を得ることができる「命の水」の源として作中に描かれているが、その製法が記された16世紀の巻物「リプリ―・スクロール」を見ることができる。またレオナルド・ダ・ヴィンチが太陽と月、地球の位置関係を記した16世紀の手稿「天体にまつわるメモとスケッチ」、若く美しい魔女が闇の魔術から身を守る場面を描いたウォーターハウスの絵画「魔法円」などは、目に見えない不思議な力が古来いかに人々を魅惑し続けてきたかをもの語っている。

ジェームズ・スタンディッシュ「リプリー・スクロール」(部分)16世紀 大英図書館蔵ⒸBritish Library Board
レオナルド・ダ・ヴィンチ「天体にまつわるメモとスケッチ」1506-1508年頃 大英図書館蔵ⒸBritish Library Board
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス「魔法円」1886年 油彩/カンヴァス テート蔵ⒸTate.London2019

兵庫県立美術館の蓑豊館長は、「展示は『錬金術』『薬草学』『呪文学』など、魔法学校のカリキュラムに沿って展開します。生徒になったつもりで楽しんでほしい」と呼びかける。

「人を引き込む緻密で雄大な構想」 松岡さんが語るハリポタの魅力

翻訳者の松岡佑子さん(スイス在住)にハリポタの魅力や展示の見どころを聞いた。

翻訳者の松岡佑子さん(静山社提供)

すべては1998年10月、ロンドンで原著と出会った時から始まりました。第1章で「この本には何かがある!」という電気に打たれたような直感が走り、徹夜で読み終えると、翌日現地の出版社に「日本語訳を出したい」と電話をかけました。私が亡き夫から継いだ小さな出版社「静山社」が、この本の翻訳権を獲得できたのは、魔法でなくても奇跡だったに違いありません。

シリーズ第1巻の新装版「ハリー・ポッターと賢者の石」(静山社)

物語は児童書の枠を超え、すべての年齢層に届く魅力を備えています。全7巻の全体像を練り上げた壮大な構想、個性的な登場人物、魔法のユニークさ、品のいいユーモア感覚……。そして読み終えると、愛と友情と勇気がどの巻にもあふれていることに気づく。これは魔法使いの物語というより、人間の物語なのです。

私はこの展示を2018年、ニューヨーク会場で見ました。各国のハリポタ翻訳者によるパネル・ディスカッションが行われ、私もその一人として参加したのです。

展示物の中でも私が特に目を引かれたのは、J.K.ローリングが物語のプロットをきめ細かく記した時系列表でした。ハリポタは1巻ごとにどんでん返しがあり、次はどうなるんだろうと読者は気になって仕方がない。最終巻にはさらに大きなどんでん返しが用意されていますが、第1巻にすべての伏線が張り巡らされているんです。

時系列表からは出来事の起こる順番から人物の登場するタイミングまで、この緻密ちみつな物語がどのように構想され成立したかがうかがわれて、とても見応えがありました。来場者はそれぞれの関心に従って、きっと興味ある展示物を見つけていただけると思いますよ。

自分のことを翻訳家だとも思っていなかった私が、たまたま出会った物語の魅力に
かれて23年。ハリーの魔法と奇跡は今も続いています。                              (談)

「ハリー・ポッターと魔法の歴史」展は11月7日(日)まで(月曜休館)。問い合わせは兵庫県立美術館(078・262・1011)。同展はその後、東京ステーションギャラリーに巡回。こちらの会期は12月18日(土)~2022年3月27日(日)まで。詳しくは「ハリー・ポッターと魔法の歴史展」の公式サイト(https://historyofmagic.jp/index.html)へ。

◇合わせて読みたい。

【レビュー】「ハリー・ポッターと魔法の歴史」 ホグワーツの生徒になった気分で魔法界の源を学ぶ(前編)

【レビュー】「ハリー・ポッターと魔法の歴史」 直筆原稿やメモでJ.K.ローリングの創造の秘密にせまる(後編)

(開幕、動画あり)特別展「ハリー・ポッターと魔法の歴史」が兵庫県立美術館で開幕 11月7日まで。

 

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