【和田彩花のカイエ・ド・あーと】第3回 ターナーとモダン

ターナーとモダン

初めてターナーの作品を目の前にしたのは、美術史を学んでいた学生時代に私の活動を知ってくれていた先輩がお土産に買ってきてくれたポストカードを通してでした。画家の人生が紹介されている書籍でページをめくる程度にしかターナーを知らなかった私は、ポストカードに映る大胆な筆さばきから、モダンな絵を描いた人という認識を持つようになりました。

あれから6年ほど経ち、ようやくターナーの作品にじっくりと向き合う機会が訪れました。三菱一号館美術館で開催されていたコンスタブル展での、コンスタブルとターナーの対決の展示を通してでした。

大画面で緻密な絵の具の重なりが見られるコンスタブルの《ウォータールー橋の開通式》に対して、ターナーの《ヘレヴーツリュイスから出航するユトレヒトシティ64号》は、軽やかに絵の具を置いていく爽やかさが目立ちました。どちらも自然への関心は共通するはずなのに、こんなにも表現に違いがあるのかと改めて驚きました。

ターナー《ヘレヴーツリュイスから出航するユトレヒトシティ64号》
《ヘレヴーツリュイスから出航するユトレヒトシティ64号》
ジョセフ・マラード・ウィリアム・ターナー
1832年 油彩、カンヴァス 91.4×122.0cm
東京富士美術館蔵

また、1832年のアカデミー展の最終の手直し期間で、コンスタブルの大きく華やかな画面を見たターナーが、自分の作品に赤い絵の具をなすりつけたというエピソードからは、色を大胆に置いていくターナーのモダンな感覚が垣間見られるのではないでしょうか。

しかし、よくよく《ヘレヴーツリュイスから出航するユトレヒトシティ64号》を見ていくと、モダンな感覚では片付けられない特徴が見えてくるようでした。

画面手前の波は暗い色調が用いられていますが、画面中央の水面では太陽の光が反射する様子が明るい色調で描かれています。画面手前と中央ではっきりと示される明暗表現によって、海の奥に向かっていくほど物語を馳せられるような情景であることがうかがえそうです。

また、画面中央に描かれている船は大砲を備えた軍艦であることや、題材は17世紀の名誉革命から採ったものだと言われています 。本作を描いたときのターナーは、イギリスの社会的な出来事を表現に取り込んでいるようにも見えます。

今まで、フランスの印象主義よりも早い時期から自然の諸形態を造形的に描く、モダンな感覚のターナー像ばかりを見出す自分がいましたが、あくまでも美術界の流れや同時代の文化を踏また上でのターナーの表現なんだと感じました。

現在から過去に遡及することで見える事柄もありますが、当時と現在では異なる環境や背景までを想像していきたいです。

<参考文献>
荒川裕子『もっと知りたいターナー 生涯と作品』東京美術、2017年、44頁
『コンスタブル展』三菱一号館美術館、2021年、139頁(展覧会カタログ)

 

<ココで会える>
3万点を超える様々なジャンルのコレクションで魅了する東京富士美術館。なかでも西洋絵画500年の流れを一望できる油彩画コレクションは同館の特徴のひとつとなっている。《ヘレヴーツリュイスから出航するユトレヒトシティ64号》は展示されていないが、「東京富士美術館所蔵 西洋絵画 ルネサンスから20世紀まで」が開催中(9月5日まで)。同時開催の写真展「岩合光昭の世界ネコ歩き」では200点を超える愛らしい猫たちの写真が楽しめる(8月29日まで)。
東京富士美術館 公式サイト

和田彩花
和田彩花1994年8月1日生まれ、群馬県出身。アイドル。2009年4月アイドルグループ「スマイレージ」(後に「アンジュルム」に改名)の初期メンバーに選出。リーダーに就任。2010年5月「夢見る15歳」でメジャーデビューを果たし、同年「第52回日本レコード大賞」最優秀新人賞を受賞。2019年6月18日をもって、アンジュルム、およびHello! Projectを卒業。アイドル活動を続ける傍ら、大学院でも学んだ美術に強い関心を寄せる。

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