花開く華麗な文化 エッセイスト・岸本葉子 × 特別展「桃山ー天下人の100年」【スペシャリスト 鑑賞の流儀】

【スペシャリスト 鑑賞の流儀】は、さまざまな分野の第一線で活躍するスペシャリストが話題の美術展を訪れ、一味違った切り口で美術の魅力を語ります。

今回はエッセイストの岸本葉子さんに、東京国立博物館(東京・上野公園)で開催中の特別展「桃山―天下人の100年」を鑑賞していただきました。

岸本葉子(きしもと・ようこ)

エッセイスト。1961年、鎌倉市生まれ。東京大学教養学部卒業。暮らしや旅を題材にエッセイを数多く発表。俳句にも親しんでいる。著書に『NHK俳句 岸本葉子の「俳句の学び方」』(NHK出版)、 『50代からの疲れをためない小さな習慣』(佼成出版)、『生と死をめぐる断想』(20201025日発売:中公文庫)、『50代から始める快適老後術』(2020年11月10日発売 だいわ文庫)、『ふつうでない時をふつうに生きる』(2020年1210日発売:中央公論新社)など。

公式サイト http://kishimotoyoko.jp/magazinetv

特別展「桃山ー天下人の100年」

2020年106日(火)~1129日(日) 東京国立博物館 平成館

前期   106日(火)~111日(日) 後期  113日(火・祝)~1129日(日)

会期中展示替えあり

 

入り口の看板でも登場している狩野永徳の「唐獅子図屛風」(後期展示)ほか、“教科書で見たあの作品”を見られそう、という期待をいだいてきました。

その期待にたがわぬ豪壮華麗な「ザ・桃山」を堪能しましたが、それにとどまらず、戦乱の世から徳川幕府による泰平の世「パクス・トクガワーナ」に至る、変革の時代のさまざまな表現や移り変わりに触れることが出来ました。

【 特別展「桃山―天下人の100年」は16世紀半ばから17世紀にかけて、豪壮・華麗な文化が花開いた安土桃山時代に焦点をあてつつ、室町時代末から江戸時代初期までの100年の美意識の変遷を、絵画、武具甲冑、茶道具、工芸など国宝17件、重要文化財94件を含む約230件によって紹介する企画。「桃山」は豊臣秀吉が築いた伏見城のあった場所で、地名は、江戸時代に城が壊されて跡地に桃の木が植樹されたことに由来するといわれる】

 

豪壮華麗、エネルギーの奔流

国宝「洛中洛外図屛風(上杉家本)」(右隻) 狩野永徳筆 室町時代・永禄8年(1565) 山形・米沢市上杉博物館蔵 前期展示

狩野永徳筆の国宝「洛中洛外図屛風(びょうぶ)(上杉家本)」は、111日までの「前期」の「目玉作品」のひとつ。室町期の京都の235か所・約2500人の人々が登場しているという細密描写に、思わず見入ってしまいました。祇園の山車や馬を先頭にした行列など、賑やかですね。永徳はこの時、数え年でわずか23歳とのこと。以後、足利将軍家や織田信長、豊臣秀吉など天下人の期待、注文に応えつつ、栄枯盛衰を見つめることになるのですね。

 

重要文化財「豊公吉野花見図屛風」江戸時代・17世紀 京都・細見美術館蔵 前期展示

吉野のお花見。記念写真的ですが、かといって写実的でもなく、金や花を強調して祝祭感を描き出していますね。町衆の姿も印象的です。戦乱が収まり、経済活動が活発になって、町衆のエネルギー、好奇心が噴き出したように感じます。

 

重要文化財「豊国祭礼図屛風」岩佐又兵衛筆 江戸時代・17世紀 愛知・徳川美術館蔵 10月6日~10月25日展示

岩佐又兵衛は浮世絵の創始者とも言われる絵師。人の塊が渦を巻くかのような描写は圧倒的ですね。町衆らによる風流踊りの輪舞。支配者層から傾奇者(かぶきもの)、はみ出しものまで社会のあらゆる人々が、いわば暗部も含めて描かれ、エネルギーの噴出を感じます。応仁の乱で京が焼けて一旦、無になり、そこから改めてさまざまな営みで満ちてきた様子が伝わってきます。都市・町の形成を知る風俗史料としても面白そうですね。

 

「唐獅子図屛風」 狩野永徳筆 安土桃山時代・16世紀 東京・宮内庁三の丸尚蔵館蔵 後期展示

獅子は力をみなぎらせていますが、力任せに猛獣を描いたわけではなさそうです。顔をつき合わせるかのような距離ですが、ざわつくことなく、堂々たる風格を感じます。縦2メートルを超す大作です。左端に少し木の枝がのぞいています。実はさらに大きな絵で、例えば聚楽台などの壁を飾っていたのかもしれませんね。

113日から登場する「唐獅子図屛風」は安土桃山時代の画壇を制した永徳の代表作中の代表作。永徳は「洛中永洛外図屛風」で見たような細密な描写でスタートしたが、やがて豪放な画風を確立し、織田信長の安土城、豊臣秀吉の聚楽代、大坂城などの障壁画を手がけた】

「実物は11月3日から始まる後期の展示で」と語る岸本さん

 

南蛮美術 ~コスモポリタンの時代~

重要文化財「日本図・世界図屛風」 安土桃山~江戸時代・16~17世紀 前期展示

飛行機もない時代によくぞこれだけ世界をとらえていたと驚きました。次に先進的な科学的地図が日本に渡っていたことにも驚き、さらに日本人が関心を持っていたこともサプライズでした。西洋人には植民地開拓・支配という必要性が根底にあったと思いますが、日本人はそうした動機もないのに目が開かれていた、といえそうです。

重要文化財「花鳥蒔絵螺鈿聖龕」 安土桃山時代・16世紀 九州国立博物館蔵 前期展示

世界へ日本人の視野を広げた南蛮美術ですが、日本から欧州への輸出用に作られた美術品もあったのですね。聖家族を描いたテンペラ画を収めるこの聖龕(せいがん)は、来日したイエズス会の宣教師が京都の工房に依頼した特注品と考えられるそうです。キリスト教のためのものを日本の技で作ったのですね。

艶やかな黒漆地に金銀の蒔絵(まきえ)や螺鈿(らでん)を用いて文様がほどこされています。古代ペルシャやイスラム美術、中国美術などの影響も想像させて、桃山文化のコスモポリタン的な性格を象徴しているように感じました。コスモポリタンというと平城京がよく引き合いに出されますが、桃山文化は第2のコスモポリタニズムとでも呼びたいと思いました。

重要文化財「紺糸威南蛮胴具足」(左) 安土桃山~江戸時代・16~17世紀 東京国立博物館蔵 通期展示  「まるで西洋の鉄仮面」「頭の先まで全身をコーディネートしていますね」と語りながら“幻の武将”と対面する岸本さん

豪壮華麗だけではない

こうした豪華絢爛(けんらん)の流れの一方、水墨画やわびの精神に基づく茶の湯などの芸術も桃山文化の大事な側面ですね。

重要文化財「飲中八仙図屛風」 海北友松筆 安土桃山時代・慶長7年(1602年) 京都国立博物館蔵 前期展示

力で埋め尽くしたような金碧(きんぺき)障壁画からはエネルギーの噴出を感じますが、水墨画は一転、こちらが絵に引き込まれていくような感覚です。力を誇示し、自らを鼓舞する権力者のもつ内省的な一面を表しているのかもしれません。金を多く用いた豪壮なものが「ON」とすれば、水墨画は「OFF」で、生死の際どいところに身を置く権力者が、人間として精神のバランスをとろうとしているように見えました。

国宝「松林図屛風」(長谷川等伯筆 安土桃山時代・16世紀 東京国立博物館蔵)は10月20日から会期末までの展示

桃山時代の人々はこうした水墨による寂びた絵も好み、幽玄、枯淡の美もまた研ぎ澄まされていったようです。

作陶 レジェンドそろい踏み 

桃山美術の看板たる屛風がずらりと並ぶ会場で、大きさも色使いも対極をなすのが茶陶、焼きものでした。

最初の印象は、「侘(わ)び、寂(さび)」の精神でしたが、ひとつひとつよく見ると、胴の立ち上がりの角度や、口造(くちづくり)のうねった線など、それぞれユニークで、造形のエネルギーが噴出するかのようでした。作った人が自分のすべてをぶつけ、小さくまとまっておらず、つくりたいものをつくっている、という激しさが感じられました。手に収まりがいいとか、大きさ、形ではない存在感、とも言えそうです。人間臭く、偶然性のエネルギーも取り込まれているように感じました。

国宝「志野茶碗 銘 卯花墻(うのはながき)」(右) 美濃 安土桃山~江戸時代・ 16~17世紀 東京・三井記念美術館蔵 通期展示

 

「赤楽茶碗 銘 僧正」(左) 道入作 江戸時代・17世紀 京都・樂美術館蔵 通期展示

私でも聞いたことのある茶碗がずらりと並んでいます。茶を嗜む方にとっては「レジェンドのそろい踏み」でしょうね。侘茶の思想の成熟にともなって,茶陶の好みが当初の唐物(からもの)崇拝から,和物の素朴な美へも向けられていったことも興味がわきました。

 

「パクス・トクガワーナ」 泰平の世へ

重要文化財 「松鷹図襖・壁貼付」(部分) 狩野山楽筆 江戸時代・寛永3年(1626) 京都市(元離宮二条城事務所)蔵 通期展示

豊臣家が滅び、キリスト教弾圧、鎖国体制の整備が進むと、支配のあり方が、エネルギーを発散しながら圧倒する征服・支配から、制度による統治へと向かいます。美術にも変化が現れました。

狩野永徳の弟子で、後に養子となった狩野山楽は「パクス・トクガワーナ」の美術をつくり出します。構図が整理され、余白が設けられ、静謐な世界が生まれました。調和のとれた優美な世界でもあります。「松鷹図襖・壁貼付」の鷹は、襲いかかる気配もなく、静かに君臨しています。絵としては、偶然性の入る余地のない完成された世界のよう。

ここから、南蛮文化の影響が消え、コスモポリタンも消失し、甲冑刀剣も用をなさない長い「ザ・江戸時代」が始まります。厳粛な気持ちになりました

重要文化財「牡丹図襖」狩野山楽筆 江戸時代・17世紀 京都・大覚寺蔵 通期展示   画面右端の中段には、白い蝶が描かれている。「優しさ、余裕を感じますね。家で飾るには『パクス・トクガワーナ』の作品がいいかもしれません」

変容もひと目で

桃山時代を核とする100年を取り上げ、桃山美術の姿が浮き彫りになりました。室町時代から安土桃山時代、そして「パクス・トクガワーナ」へと、画風の変遷をたどることも出来ました。

「ザ・桃山」とも呼べる、力強くて人間臭い、偶然性も持ち合わせたダイナミックな表現のあとに、設計された、余裕のある泰平の世の文化があらわれたのですね。「勢い」から「設計」へ、美術と歴史の旅をした気分です。

民衆のエネルギーは不滅?

桃山美術のエネルギーは、狩野永徳ら絵師の技量ばかりでなく、当時の人々の活力の表れでもあったと思います。戦乱の世から天下統一へと向かう時代に、ひと時、貴族も農民も、武士も僧も町人も、奔放で開放的な同じ文化を一緒になって享受していた様子が、祝祭的な屛風に描かれていました。

やがて德川幕府を頂点とした「秩序」が形づくられると、ひとびとを隔てる階層も厳格になり、社会は固定化してしまいました。画家たちの着想もまた、自由な発想ではなく、規範にそった、非個性的なものになっていきます。南蛮文化は鎖国によりご法度となり、御用絵師・狩野派は様式を定めて、その習得、反復にいそしみます。庶民の自由闊達なエネルギーを反映した初期風俗画は、その命脈を断たれたかに見えました。

しかし、私たちは、その後、江戸時代中期に浮世絵が勃興、発展し、海外にまで影響を及ぼすことを歴史として知っています。人々のエネルギーは、沈黙しても消えることはなかった、と思い起こして、ほっとした気持ちになりました。

(聞き手 読売新聞東京本社事業局専門委員 陶山伊知郎)

特別展「桃山ー天下人の100年」は日時指定事前予約制です。

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