瞑想する古代人?【イチローズ・アート・バー】第23回 

 東京・ニューヨークで展覧会企画に携わった読売新聞事業局・陶山(すやま)伊知郎の美術を巡るコラムです。

  

古代文明の逸品

カタール王族のシェイク・ハマド・ビン・アブドラ・アル・サーニ殿下の5000点を超える収蔵品から選ばれた古代文明の彫像、工芸品など117件が、東京国立博物館東洋館で紹介されている。いずれも世界の古代文物の逸品で、制作年代は紀元前3000年頃から紀元11世紀頃にわたる。古代の遺物は文明ごとに展示されるのが常だが、この「特別展 人、神、自然 - ザ・アール・サーニ・コレクションの名品が語る古代世界」では、例外的に地域、時代を超えた展示となった。会場の東洋館2階「第3室」では、通常陳列されている古代エジプトのミイラと像高1.65メートルの女神像もそのまま展示に取り込まれ、雰囲気づくりにひと役買っている。シャープな照明も、展示物ひとつひとつの魅力を引き出した。「日本通」というアル・サーニ殿下の申し出を受けて開かれることになった企画で、東京のみの開催。来年29日まで。

ナイジェリアで紀元前後に栄えた謎の古代文明「ノク文化」。この「男性像頭部」は紀元前5世紀から紀元5世紀の間につくられたと推定されている。大きな頭部は、為政者に求められる高い知性を象徴しているという。背景左は東京国立博物館が所蔵する古代エジプト新王国時代の「セクメト女神像」

 

時空を超えて

企画を担当した東京国立博物館・平常展調整室の研究員、小野塚拓造さんが「このコレクションの特徴はひとことで言えば豪華さ」と語るように、天然資源を背景にした豊かな財力で築かれた贅沢なコレクションだ。エジプト、メソポタミア、ギリシャ・ローマからペルシャ、中央アジア、中国、中南米まで、東西の古代文明の遺物が時空を超えて並んだ。

展示物から浮かび上がってくるテーマは、王や神、英雄・精霊、儀式・饗宴など。伝承や信仰、身近な素材を元に想像力を発揮した造形が目を引く。

 

「王像頭部」 エジプト 新王国時代、第18王朝 赤碧玉  ハトシェプスト女王か息子のトトメス3世と言われる像。高度に様式化され、男女の区別も定かでない。空洞となったアーモンド形の両目には象嵌(ぞうがん)がほどこされていた。

 

 神仏

東西の神仏、英雄像が並んだ一角は、偶像の多様性を感じさせる。左から 「イシス神」(ギリシャ  古代ローマ 1~2世紀 エジプトの女神 大理石) 「仏立像」(中央アジア 後グプタ文化 550年頃  青銅、銀ほか) 「ヘルメス像」(地中海地域 古代ギリシャ・ローマ 前3~後1世紀 青銅)

 

英雄、精霊

「英雄像」 西アジア 前アケメネス朝ペルシャ 紀元前7~6世紀 銀、金  牡牛の体を持つ人面獣と戦う英雄像。古代メソポタミアで生まれたギルガメシュ伝説の系譜にあると考えられる (ギルガメシュ伝説についてはこちらでもhttps://artexhibition.jp/topics/features/20190912-AEJ101013/  )

 

「飾り板」 新アッシリア 前8世紀頃 象牙  牡牛の角と翼をもつ人物は神に類する存在とされる

 

儀式・饗宴・暮らし 

「リュトン」アナトリア半島 青銅器時代 前2千年紀前半 金、石など 宗教儀式などで用いられたと考えられる、飲み物を注ぐ容器。ストロー状の管を流れたのは古代のワインか?

 

「飾り金具」 (中央の対になったトナカイ型の金具) 中央アジア スキタイ 前4世紀頃 金   超絶技巧を用いた金細工。遊牧民族は財産を装身具などの形で保存、保管した

 

「鼻飾り」 ペルー モチェ文化 2~4世紀 金、ラピスラズリまたはソーダ石ほか  鼻に吊り下げて、口元から顎を隠す鼻飾りだったと思われる装飾品。歯をむき出しにして唸る動物は、北南米に生息するネコ科の動物ジャガランディであろう

 

抽象的な造形も

“リアルな迫力の追求”という流れが見られる一方で、幾何学性を帯びた簡素なものもある。

「墓碑」 アラビア半島南部  古代南アラビア文化 後1世紀 石灰岩  人間の姿が幾何学的に様式化されている。見開いたアーモンド形の目には象嵌が施されていたと考えられる。類似した別の墓碑では、表面に顔料が残っており、赤い枠や顔の詳細を描いた黒と赤の顔料が見つかっている。

 

「飾り板」(中央)中央アジア バクトリア・マルギアナ複合 前2000年紀中頃 金、瑪瑙(めのう)ほか  着飾った二人の人物が抱き合っている姿だろうか

 

これら抽象的な造形は、写実性を極めた後に現れたとは限らない。抽象化の極致とも見えるのは、実は展示品の中で最も古い、エーゲ海文明に連なるトルコ・アナトリアの石偶なのである。

「女性像『スターゲイザー』」 アナトリア半島西部 前期青銅器時代 大理石ほか 高さ20.0cm 幅8.3cm 奥行7.1cm

 頭をそらせて上を向いた顔面の中央に、目が点状の突起で表されている。空を見上げるような姿から「スターゲイザー(星を見る人)」という愛称がつけられた。顔面中央に長い鼻が形作られ、頭の両端に小さな突起で耳が加えられている。腕は細い隆起で折りたたまれたように描かれ、先細りする脚部の先のつま先は下を向き、線刻で左右に分けられている。

展示室では照明による影が首の長さを強調する。宗教的、現代的な雰囲気が醸し出される

  

この先史時代の大理石製の小像は、同タイプの像が最初に発見されたトルコ・アナトリアの遺跡にちなんでキリヤ型と呼ばれる。この遺跡はエーゲ海から切れ込んだ海峡沿いに位置する。一方、エーゲ海に臨む都市イズミルの北東約100キロの内陸の町クラクシズラーには同タイプの石偶を制作した工房があったことが分かっている。この工房と遺跡の関係は明らかではないが、石偶を巡って人と物の動きが広範囲だったことがうかがわれる。

この石偶自体、エーゲ海のキクラデス諸島で紀元前3000年以前から作られた石偶に由来するものではないか、とする説がある。キクラデス諸島では大理石が豊富にあり、石偶が数多くつくられた。

 

キクラデスの石偶(紀元前2800-2300年、国立西洋美術館蔵:『西洋の美術展』図録より。同展ではキクラデスを「キュクラデス」と呼んでいる)  

 (キクラデスの石偶の図像はこちらでも) 

現代人をとらえる抽象性

キクラデスの石偶は、白大理石を人の形に模してつくられた。鼻の隆起以外には装飾がほとんどなく、人間の身体をごく本質的な形でとらえたものとして、その抽象性が現代人の心をとらえた。20世紀美術の巨匠ピカソもその一人で、「どんな神を信じていたのかも、まったく何も分からない。ただ残っているのは、一つの像だけ」という言葉で謎の作り手へ共感を語った。さまざまな形態が見られるが、簡素なものほど洗練され非凡に見える。ピカソばかりでなく、モディリアニやジャコメッティ、ヘンリー・ムーアら20世紀の彫刻家に影響を与えたといわれる。

  どんでん返し?

2007年に南太平洋イースター島の巨大石造「モアイ像」が東京に姿を現した。同島で新たに作られた像が運ばれてきたのだが、この像は白目に黒い瞳の目を持っていた。「現存するモアイ像は風化が進んで目がなくなっているものが大半だが、宗教儀式によってサンゴで作った目をはめ込んだ姿が、本来のモアイ」といい、「目パッチリ、モアイ来日」と話題になった。目がないことが遥かなまなざしを想像させ、古代のロマンを呼び起こしていたのだが、急にありふれた祭りのシンボルになってしまったように感じられたものだ。

 

小野塚さんにエーゲ海圏の石偶について、何か装飾が加えられていた可能性はないか、と問うと「顔料による装飾があったかもしれない」との返事。仮にそうだとすると、キクラデスの石偶の“のっぺらぼう”のように滑らかな顔面にも、写実的な描写がほどこされていた可能性が浮上する。時間とともに描かれた像が消えて簡素な曲面だけが残り、抽象の美を知った現代人の目に洗練された表現として映っただけ、ということにもなりかねない。古代の深遠な抽象的造形はここでも幻だったのか?

  

想像の世界

石偶は多くの場合、宝飾品、大理石の壺などと一緒に死者の付属品として墓の中から発見されたというが、エーゲ海の遠い過去については文字で書かれた記録がまったくないため、目的も用途も皆目わからない。神か魔除けか守護神か。あるいは玩具か飾り物だったのか。なぞは永遠に解けず、後代の人間の推測、想像にゆだねられている。

 今回出品されているキリヤ型の石偶には目や耳が突起で表されている。微小ではあるが、これ以上描き足す必要はないように見える。形の完成度の高さがこれ以上の装飾を求めないはず、と思わせる。

「スターゲイザー」という愛称は、天上を仰ぎ見るような姿勢に由来するとともに、点状の目に宿る遠いまなざしにもふさわしい。その小さな瞳は、永遠の謎の中で現代人の美意識をくすぐりながら、遥か彼方を見続けるのだろう。

 

特別展 人、神、自然

ザ・アール・サーニ・コレクションの名品が語る古代世界

2019116日(火)~202029日 東京国立博物館・東洋館3

 

   展覧会プレイバック

 古代ギリシャ美術展 MIND AND BODY

1990818日~923日 東京都庭園美術館

 五輪開催都市を選ぶIOC総会が東京で開かれた1990年に、五輪発祥の地ギリシャから東京都庭園美術館に古代ギリシャの彫刻、陶器、印章など151点が送られてきました。古代ギリシャの文物の借用は一般的に難しく、大理石浮彫「沈思のアテナ」(アテネ・アクロポリス美術館)などが並ぶ充実した内容に、会場では驚きの声も聞かれました。

担当者のひとりだった私は、展示作業を終えた晩、ギリシャから来日した4人の随行員(「クーリエ」と呼びます)とギリシャのリキュール「ウゾ」で乾杯しました。彼らは酔いが回るにつれて「わが国は民主主義発祥の地」「美はギリシャから」などと口々に「お国自慢」。素朴なプライドが新鮮でほほえましく、かつ少しまぶしく見えました。

アテネ・アクロポリス美術館が所蔵する大理石浮彫「沈思のアテナ」の図像をあしらった「古代ギリシャ美術展」の表紙

 (読売新聞東京本社事業局 専門委員 陶山伊知郎)

 

 

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