展示室に広がるモノトーンの風景 【きよみのつぶやき】第23回(奈義町現代美術館「永原トミヒロ展」)

ベテランアート記者・高野清見が、美術にまつわることをさまざまな切り口でつぶやくコラムです。

奈義町現代美術館開館25周年記念 「永原トミヒロ展 ─ 静なる景色 ─ 」

2019年10月26日(土)~12月8日(日) 奈義町現代美術館ギャラリー(岡山県)
※最寄りのバス停がある施設「ナギテラス」にも作品を展示

紅葉が始まった山肌を背にした奈義町現代美術館 = 2019年11月2日撮影

岡山駅からローカル線とバスを乗り継いで

先日、岡山県の奈義町現代美術館を訪れた。東京に戻ってから「奈義町(なぎちょう)に行ってきましたよ」と言うと、美術関係者から「あんなに遠いところまで! そんなに重要な展覧会をやっていましたか?」と驚かれた。

奈義町の美術館は、それほど東京から遠くに感じられる場所にある。
朝7時過ぎの新幹線で東京を出発し、岡山駅からJR津山線に乗り継いで約1時間。津山駅で降りると、今度は路線バスに乗り換えてさらに約50分。美術館に最寄りのバス停「ナギテラス」で降りた時には、すでに午後1時を回っていた。

奈義町は岡山県東北部の鳥取県境に位置し、北は中国山地の那岐山(なぎさん=標高1255m)と滝山(標高1197m)の連山を望む。那岐山のふもとに立つ美術館は今年の夏、NHK「日曜美術館」の特集「にほん 美の地図~岡山~」と、BS11とTOKYO MXの番組「フランス人がときめいた日本の美術館」で相次いで紹介されたのをきっかけに来館者が急増中。私が行った時も家族連れや女子旅らしい二人組などが次々に訪れ、小さな駐車場は満車になっていた。

見知らぬ外国のような風景

ここで私が見たかったのは「永原トミヒロ展 ─静なる景色─ 」。画家の永原さんは1967年、大阪生まれ。美術教師をしながら自分の生まれ育った大阪府忠岡町を中心に周辺の泉大津市、和泉市、岸和田市の風景を油彩で描いている。
絵はどれも独特の黒みがかった青い色調で統一され、建物の細部や季節を感じさせる要素は注意深く省略されている。光が白く反射した路上に電信柱や建物の影が黒々と伸び、昼間であることは分かるが、人の気配というものがなく、見知らぬ外国の街に迷い込んだような不安を覚えさせる。作品の題名も「UNTITLED 19-01」(UNTITLED=無題)などと素っ気ない。

左から「UNTITLED 20-07」「UNTITLED 20-04」(いずれも2019年)、「UNTITLED 11-01」(2010年) 油彩、キャンバス

 

永原さんは自分の地元で絵を描き続けながら、2000年代初めから東京・銀座の画廊で年1回のペースで個展を開いてきた。2006年に平成17年度文化庁買上優秀作品、2013年には第1回「損保ジャパン美術賞」展 FACE 2013で優秀賞に選ばれている。今回は奈義町現代美術館の岸本和明館長が企画し、公立美術館としては初めてとなる永原さんの個展が実現した。

いつもは画廊の限られた空間で見ている作品が、美術館の広い展示室に並んだ時にどう見えるのか。展覧会の予定を知った時から少し心配になっていた。それと言うのも、1994年に完成したこの美術館は世界的な建築家・磯崎新さんの設計で知られ、異なる美術家による3つの作品を常設展示している点でもユニークな場所だからだ。

「大地」「月」「太陽」と名づけられた展示室には、それぞれ宮脇愛子「うつろひ-a moment of movement」(大地)、岡崎和郎「HISASHI-補遺するもの」(月)、荒川修作+マドリン・ギンズ(荒川修作と夫人の詩人マドリン・ギンズ)「遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体」(太陽)が恒久的に設置されている。たとえば荒川修作+マドリン・ギンズの作品は、地面から斜めに伸びた巨大な円筒の内壁に龍安寺の庭が再現され、天井と床にはベンチ、シーソーなどが上下に反転した形で取り付けられている──という奇抜なものだ。
建物がそのまま美術作品と一体化している美術館だけに、その強い主張に対し、永原さんの静けさに満ちた世界が押され気味に映るのではないかと危惧した。

展示会場の入り口。通路の先から光が差してくる

展示室に広がる青色の街

しかし、それは余計な心配だった。そう感じたのは個展が開かれている南棟のギャラリーに入ろうとして、通路の突き当たりの窓から光が差してくるのを見た時だ。奈義町現代美術館は太陽と月が昇ってくる角度、軸線などを計算して設計されている。光は永原さんの作品にとっても欠かせない要素であり、むしろこの美術館は個展会場にふさわしい空間ではないかと思った。

左2点は2015年、右の2点は2011年の作品。微妙に色合いが異なる

 

大小二つの展示室の中に、2010年から今年の新作まで計20点の油彩画が並ぶ。そのほとんどは個展で発表した時に一度目にしているが、美術館の四方の壁に展示されると風景がひとつながりに見え、青い町並みの中に包み込まれていくような感覚があった。どの絵もモノトーンだが、制作年によって色合いの変化や、輪郭のぼかし加減の違いが見て取れ、常に試みが繰り返されてきたことが分かる。

奥まった展示室には、今までになく大きな作品があった。100号のキャンバスを4枚並べ、全体のサイズは縦1.62m、横3.88mに達する。今年9月に大阪府忠岡町の「正木美術館」にある正木記念邸(創設者の旧邸宅)で「永原トミヒロ展─静なる風景 忠岡を描く」を開いた時には、畳の上に四曲屏風のようにして展示したという。風景を切断したような構図が多い永原さんの作品としては珍しいことに、視点が左右に向けて伸びやかに広がっていくのが新鮮だった。

「UNTITLED 20-01」(2019年)
正木記念邸での展示風景(永原トミヒロさん撮影)

制作の舞台裏も公開

今回の個展では、キャンバスに描くに当たって用いてきた写真も公開している。地元の街並みを歩いて撮影し、大きなサイズにプリントしたものだ。展示室にあった絵を思い返しながら見ていくと、構図は写真を撮った時点でほぼ固まっていることや、現実の風景から細部をどのように省いていったのかが分かる。「舞台裏を見せてしまっていいのですか?」と永原さんに尋ねると、「もう20年描いてきたし、見せてもいいかなと思いました」との答えだった。

公開した制作の資料。ありふれた街角の風景が、幻想的な作品へと変わる

 

大作で見せた新しい展開も考え合わせると、作者の中では少しずつ、何かの変化が始まっているのかも知れない。来年2月に開かれる個展に足を運ぶのが今から楽しみになってきた。

※2020年 2月3日(月)~15日(土)、東京・銀座のコバヤシ画廊で個展を予定。

(読売新聞東京本社編集局文化部 編集委員 高野清見)

■「太陽」「大地」「月」の常設展示作品もご紹介します。

展示室「太陽」
荒川修作+マドリン・ギンズ「遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体」
© 1994 Estate of Madeline Gins. Reproduced with permission of the Estate of Madeline Gins.
展示室「太陽」
荒川修作+マドリン・ギンズ「遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体」
© 1994 Estate of Madeline Gins. Reproduced with permission of the Estate of Madeline Gins.

 

展示室「大地」
宮脇愛子「うつろひ-a moment of movement」 ステンレスワイヤー

 

展示室「月」 
岡崎和郎「HISASHI-補遺するもの」

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