スペイン、イタリア— 講演ツアーを終えて【スペイン人の目、驚きの日本】第5回

国際交流基金マドリッド主催の講演 カロリーナ・セカ 2019年11月7日  © Carolina Ceca

スペインに生まれ、同国内のサラマンカ大学で美術史を専攻し、美術史研究者、芸術家として日本で活動するカロリーナ・セカさん。日本人が気づかない視点で、日本の美術、文学、建築などで感じたことを語るコラム「スペイン人の目、驚きの日本」をお届けしています。

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今日11月18日、スペイン・マドリードから東京に戻ってきたところです。バレンシア、マドリード、セビリアのスペイン3都市で、国際交流基金マドリードに日本の現代アートに関するさまざまなテーマの講演ツアーを開催していただきました。私の講演内容への関心の高さに驚き感動しました。それぞれの会場ではたくさんの人から質問攻めに遇い、活発なディスカッションができて、スペインとイタリアでの3週間は充実した旅になりました。イタリアに行ったのは、現代美術館に私の作品を招聘出品しているからでした。

ツアー初日、バレンシア大学でのテーマは『日本の現代アートと女性』です。今年の春、マドリードで講演したもので、多くの人々が興味を持っていたため今回バレンシアとセビリアでも同じテーマで講演しました。ほぼ同時期に非常に質の高い作品を制作しているたくさんのアーティストが日本に存在していることに、多くのスペイン人が驚きます。

国際交流基金マドリードの吉田所長と一緒に大学にクルマで向かう途中、巨大な馬に乗った2騎の騎馬警官に間近に遭遇しました。バレンシアは、マドリードとはまったく違う雰囲気です。 その日の午後はとても良い天気で、楽しい気分でした。

私たちはバレンシア大学の地理歴史学部に予定時間ちょうどに到着しました。会場はすでに学生たちでびっしり埋め尽くされていました。 その日、私たちは『現代日本セミナー』と題された特別なイベントに参加しました。 バレンシア大学・副学長、副学部長および日本文化専攻の教授と一緒にセミナーを開始しました。

3時間半の長時間にもかかわらず、聴講に来たほとんどすべての人が注意深く耳を傾けていました。

バレンシア大学のブラット研究員による日本史講演と、同じくバレンシア大学のフォルテス教授による宮崎駿(はやお)に関する本の発表との間に、私の講義がセットされていました。スペインに住んでいる人が日本に関する事柄を調査・研究するのは大変骨が折れる仕事です。 第1に日本語はヨーロッパ人にとって簡単ではありません。第2にヨーロッパに住んでいると、インターネットを駆使していても日本の資料を入手するのは極めて難しいからです。多くのヨーロッパ人にもっと日本に旅行して展覧会、イベントや最新の文献に触れる機会を与えてほしいと思いました。

私が講演を終了したとき、嬉しいことにたくさんの人が熱心に質問や議論をしに来てくれました。いろいろ印象に残りましたが、一つだけ紹介します。今年の夏に瀬戸内国際芸術祭を訪れた人がいて、私の講演の中でトリエンナーレに出品していた鴻池朋子さんについて評した言葉をとても気に入ってくれました。嬉しかったです。それは屋外に展示された作品「皮トンビ」が、自然の織りなす生態系の影響や台風からの大きなダメージを受けながら表現している、鴻池さんの生態系宇宙観のことです。

※詳しくは、本コラム第3回生態系の表現者・鴻池朋子【スペイン人の目、驚きの日本】をご参照ください。

 

フォルテス教授と私は、振付家で舞踏家の鉾久(むく)奈緒美さんの作品や、彼女が所属している大駱駝艦(だいらくだかん)についても議論して大いに盛上りました。鉾久さんの作品「阿修羅」のビデオを放映したところ、感動して称賛の声をあげていた聴衆の女性たちが印象的でした。

翌日の朝、お腹が空いて目が覚めました。ホテルのカフェテリアで、背の高いドイツ人たちが大きな身体を揺らしてバレンシアオレンジを食べているのを横目で見ながら朝食をとりました。美味しかったなぁ! バレンシアオレンジの色はとても陽気で明るい気分になります。

 

バレンシアの次の講演会はマドリード。

国際交流基金マドリッド主催の講演 カロリーナ・セカ (撮影:国際交流基金)2019年11月7日

 

今回の会場はマドリッドの中心部にある16世紀の古く歴史的な建造物、カニェテ宮 (Palacio de Cañete)にあります。 この宮殿には国際交流基金マドリードの本部があります。 マドリードには、幽霊が住んでいるという噂で有名な建物がいくつかあります。カニェテ宮にも毎日、幽霊を探しに観光客が訪れています。

マドリードでの講演会のテーマは前回(今年5月)から変更して、『日本の現代アートの自然と技術』としました。講演を行ってみて本当に驚いたのは、私の講演を聴きにたくさんの方々が来てくれたことです。スペインで最も権威のある大学の教授やパンプローナ(サンフェルミン祭の牛追いで有名)から400キロメートルも旅して来てくれた50代のご夫婦もいました。経済学者らしい彼はさまざまな文化に興味があり、日本に旅行したいと考えているそうです。

私の講演が多彩な人たちに共感や感動をもたらすことができて、とても嬉しく思いました。

講演直後に私に話しかけてくれたたくさんの人たちの質問内容も濃かったし、翌日もコメントと質問のメールを多く受け取りました。2週間後の今日もまだこの講演会に関するメールを受け取り続けています。ありがとうございます!

ある女性は芸術家・児玉幸子(さちこ)さんの作品が生きていることに驚き、材料や制作のやり方をもっともっと知りたくて仕方がない様子で、聞き逃さないように熱心に訊ねてくれました。(児玉さんについてはこちらでも)

私が講演で紹介した、芸術家・やなぎみわさんが現在開催中の個展『神話機械』横浜の神奈川県民ホールで2019年12月1日(日)までに出品されている最新の作品の写真を見て、一部の専門家もテンションが上がっていました。スペイン屈指の大学の一つ、マドリード自治大学やマドリードコンプルテンセ大学で日本美術や美術史を研究する専門家たちが研究継続を約束していました。(やなぎさんについてはこちらでも)

 

講演会の後、マドリードのバラハス空港近くのホテルでクールダウン。

翌朝マドリードを出発してイタリア・サルデーニャ島のカリアリへ2時間のフライトです。 ここでの生活は絶え間なく即興が続いていて、まるで建設途中の島のように見えます。 その島は珍しい気候環境で、秋には急変する天気に見舞われます。

空気は文化に満ちているので、到着して一息つくとすぐに肺が芸術で満たされます。 また海の幸に恵まれていて食べ物は美味で、賑やかな華やいだ雰囲気です。

イタリア・サルデーニャ島のMACC現代美術館で私の作品が来年1月まで展示されているため、南イタリアに足を延ばしました。 またMACC財団の理事、美術館の館長とアーティストたちとの円卓会議「ツーリズムに偏らず、地元に芸術を根付かせる美術館の役割」にも参加しました。今回カサ・ファルコニエリと呼ばれるイタリア組織のガブリエラ・ロッチ(Gabriella Locci)理事がフェルディナンド・シアナ(Ferdinando Scianna)、マリオ・ドンデーロ(Mario Dondero)や私などからなる国際的アーティストや写真家が参加するこの展覧会を開催しました。

 

MACC現代美術館 (撮影:カロリーナ・セカ )2019年11月9日

 

カサ・ファルコニエリのアート作品のコンセプトがとても興味深いのです。彼らは何十年も彫刻の研究をしてきました。ガブリエラ・ロッチさんは、芸術作品には前もって決められた目標があってはならないと考えています。それはその島の人々の性格に似ていると思います。私がスペインから公費アーティスト派遣でここにやってきてから、彼女とは10年間の付き合いです。彫刻の研究者でもあり、そのコンセプトは独創的で多くの種類の技術を使用しています。私はイタリアの展覧会に5回招聘出展しています。

今回出展した3つの作品は、サルデーニャのアーティスト・レジデンスで制作したものですが、インスピレーションは箱根神社の木からです。日本ではよく大きな木に向かって女性が祈って、小銭を並べているのを見ますが、とても美しいと感じています。

MACC現代美術館 カロリーナの作品 (撮影:カロリーナ・セカ )2019年11月9日

 

円卓会議は非常に生産的で、サルデーニャ島の住民の間に芸術をもっと広めるためのアイデアについて話し合うことができました。ミキユイさんも参加していました。 この日本人アーティストはこの美術館のアーティスト・レジデンスを経験したことがあり、25年以上もドイツに住んでビジュアル作品と音楽作品の創作活動をしているそうです。

 

イタリアからスペインに戻った翌々日、スペイン講演ツアー最後の会場セビリアに到着しました。

なんて魅力的な都市、美しさに満ちているのでしょうか。

11月のアンダルシア地方はまだ暖かく、太陽が私の顔をやさしく温め、街を歩いているとどこからともなく美味しそうな匂いが漂ってきます。 セビリアの街ではあちこちのテラスでタパスを食べるのが一般的です。

 

セビリアのパティオ(撮影:カロリーナ・セカ )2019年11月12日

 

市内中心部に着いたとき、すぐに歴史を刻んだ通りを歩きたいと思いました。 セビリアの家のファサードは非常に小さいように見えますが、中が広くて美しいパティオには植物や花がいっぱいです。偶然にも小さな通りで巨匠ディエゴ・ベラスケスの生家の外観を見ることができました。

 

私の講演会はカハソル財団 (Fundacion Cajasol) で開催されました。 セビリアの講演会は日本大使館によって開催された第4回日本文化週間の記念の一環行事です。

講演会にはアンダルシアらしいフレンドリーで好奇心旺盛な聴衆が多く、活発に具体的な質問をしたり、笑ったり、生き生きとしたライブ感を味わえました。 会議室には通りのさまざまな音が聞こえてきて、少年がフラメンコを歌っているのが聞こえたり、バル(Bar)からギターの生音も聞こえました。 全体の雰囲気は、セビリアの有名な春祭りフェリアの楽しいパーティーのようにイイ気分に私たちを誘います。

講演に先立って国際交流基金の吉田所長のトークがあり、冗談が面白くてお腹が捩れるほど笑いました。

セビリアでの講演会に参加した人たちは、児玉幸子さんと芸術家・松井冬子さんの作品に興味を持っていると感じました。彼らの顔は好奇心と驚きに満ちていました。

 

名誉総領事が講演会に来てくれました。ホセ・ハポン・セビリアさん、この名前は彼の仕事にドンピシャリです。 ※ハポン(Japón日本の意)

彼は松井冬子さんの作品のオリジナル性とクオリティに驚いていました。どのように制作したのかといろいろな質問をしていました。

 

セビリアのカハソル財団にて ホセ・ハポン・セビリアさん(左)カロリーナ(右)
(撮影:国際交流基金)2019年11月12日

またベテランの文献学者ドン・フェルナンド・ロドリゲス・イスキエルドは、鉾久さんの作品「阿修羅」が仏教であるかどうかを質問していました。 このセビリア大学の著名な教授は安部公房の小説 をスペイン語に翻訳をした人です。

現在アンダルシアにはハポン(日本)という名を冠している人が600人以上も住んでいます。 400年前、慶長使節団のサムライのうち何人かは美しいアンダルシア女性と結婚し子どもをもうけていたそうで、領事はその子孫だそうです。

AVE(高速鉄道)のセビリア駅に戻ったとき、4世紀前にベラスケスは着物を着たサムライたちとこの狭い通りですれ違ったのではないかと想像するだけで、日本との不思議な縁を感じます。果たしてベラスケスはドン・キホーテを読んでいたでしょうか? 道行く陽気なアンダルシア女性をサムライたちはどう見ていたのでしょうか?

 

今回の講演ツアー開催にあたって国際交流基金マドリード所長の吉田昌志さん、松嶋慧さん、今村梨沙さんには大変にお世話になりました。

(原文日本語)