人造湖のほとりで宇宙を想う 【きよみのつぶやき】第21回(「ロシア現代アートの世界」展)

ベテランアート記者・高野清見が、美術にまつわることをさまざまな切り口でつぶやくコラムです。

夢みる力——未来への飛翔  ロシア現代アートの世界

2019 年 8 月4日(日)~10 月27日(日) 市原湖畔美術館(千葉県)

 

「ここではないどこか」への希求

千葉県市原市の市原湖畔美術館で「夢見る力──未来への飛翔 ロシア現代アートの世界」展が10月27日まで開かれている。ロシア現代美術のアーティストを6人も一度に紹介する展覧会は、関東ではソ連崩壊後で初めてという。会期も残りわずかになってしまったが、市原まで見に行けない方もウェブ上で作品に触れ、そこに通底するメッセージを受け取っていただきたいと思う。

《 ロシアの美術、文学、哲学、文化は、さまざまな政治・社会状況のもとで、つねに『ここではないどこか』をめざし、宇宙への憧憬、ユートピアの創造、彼方への探検の夢を表現してきました。 》

これは会場入り口の説明板に記されている一文。「ロシアと宇宙」という取り合わせに、冷戦時代の旧ソ連が国家の威信をかけてアメリカと宇宙開発を競い合った歴史を思い出す人も多いだろう。「地球は青かった」という名言を残したユーリ・ガガーリン少佐、「ヤー、チャイカ(私はカモメ)」のコールサインで親しまれたワレンチナ・テレシコワさんといった宇宙飛行士の名前は、冷戦下にもかかわらず日本でも有名になった。

改めて考えてみれば、2009年に死去したワシリー・アクショーノフの小説「星の切符」や、スタニスラフ・レム原作でアンドレイ・タルコフスキー監督の映画「惑星ソラリス」(1972年)ウクライナ出⾝の前衛芸術家イリヤ・カバコフの作品など、ロシアの芸術にも宇宙のイメージが絶えず現れていたことに気づかされる。

会場入り口の説明板には、さらにこう書かれていた。

《 本展では、6名のアーティストのインスタレーション(立体作品)、絵画、映像などの作品を通じて、『ロシア文化がいかに宇宙的なものを追求してきたか』という歴史と現在を示すと同時に、人間と宇宙の関係、宇宙の意味について問いかけ、アートを通じてその問いに対する応答を試みます。 》

明快な趣旨説明は、展覧会のゲストキュレーターをつとめた鴻野(こうの)わか菜・早稲田大学教授(ロシア文学・美術)によるもの。15年前に初めてお会いした頃、学生時代の語学研修でイギリスに行った帰りにソ連時代のシベリアを真夜中に横断して、点々と輝く都市の明かりに「何かおもしろいものがあるのに閉じこめられている感じがして、ロシア語をやって実際に行ってみればいろんなことが分かるかなあ」と思ったのがロシアに興味を持つきっかけだった──とうかがった。宇宙に浮かぶ星を連想させるような話を印象深く覚えていたので、鴻野さんが今回の展覧会を企画したのもごく自然なことのように感じた。

革命前に始まった「ロシア宇宙主義」の流行

鴻野さんによると、19世紀末~20世紀初頭のロシアでは「ロシア宇宙主義(コスミズム)」と呼ばれる思潮が広まった。科学にとどまらずそれは哲学や文学にも及び、宇宙主義者の一人だった天文学者、物理学者のコンスタンチン・ツィオルコフスキー(1857~1935年)はSF小説『月世界到着!』や宇宙にまつわるエッセイを発表したという。

1917年のロシア革命前後に起きた前衛芸術運動「ロシア・アヴァンギャルド」も宇宙と深いかかわりがあった。たとえばウラジーミル・タトリンが構想した「第3インターナショナル記念塔(記念碑)」は地球の地軸と同じ傾きで設計され、鉄製の二重らせんの内部で構造物が回転するというもの。来年にかけて国内を巡回中の展覧会「インポッシブル・アーキテクチャー もうひとつの建築史」にも模型が展示されるなど、実現しなかった奇想建築としてよく例に挙げられる。

会場の市原湖畔美術館の前に広がる人造湖。展望塔がロケット発射台のように見えなくもない?

 

前置きが長くなったが、会場である千葉県の市原湖畔美術館は人造湖のほとりにあり、どこか異世界のようなたたずまいを持っている。そこで出会った作品たちも多分にファンタジックで、自分の居場所をひととき忘れさせるような雰囲気をまとっていた。

レオニート・チシコフ「祖先の訪問のための手編みの宇宙ロケット」(2010年) 個人蔵
Matthew Stephenson(London)
祖先の古着をリボン状に裂き、作品に使っている

 

第1章「宇宙をめざして──夢想家の書棚」では、鴻野わか菜さんが20年前から知るレオニート・チシコフ(1953年生まれ)の作品を7つ紹介している。

展覧会の入り口で観客を迎える「祖先の訪問のための手編みの宇宙ロケット」は、チシコフが「ロシア宇宙主義の祖」と呼ばれる宗教哲学者ニコライ・ヒョードロフ(1828~1903年)にささげた作品。ヒョードロフは祖先たちを復活させ、彼らと一緒に宇宙へ飛び立つことを夢見たという。一方、ウラル山脈のふもとで生まれたチシコフは、故郷の風習にならって祖先の衣服を使った作品を発表しており、自分の亡き祖先とともに宇宙に行く夢を重ねて作品にしている。

衣服に亡き人の魂が宿っていると感じたり、布に聖性を託したりすることは、国や民族を超えた普遍性がある。カラフルな手編みのロケットを見ながら、日本の東北地方の裂き織りや、ロシアのバイカル湖畔で見たことのあるブリヤート族が木に結び付けた色とりどりの布を思い出した。

先へ進むと、「宇宙主義者の表彰板」が現れる。思想家、科学者、芸術家7人の肖像写真と、彼らが宇宙やユートピアについて記した言葉を並べたもの。チシコフはその中の詩人、ヴェリミール・フレーブニコフ(1885~1922年)が示した未来都市のイメージを「ラドミール」という同名の作品にしている。素材は身近な食材であるパスタ。鴻野さんによれば、身近な日常にも宇宙や神秘が存在するというチシコフの思想を反映している。

レオニート・チシコフ「ラドミール」。停電でパスタの接着部分が溶けて崩壊し、作者の監修のもとに再制作したが、二度目の停電による崩壊後は再制作せず、写真とメッセージの掲示にとどめた。写真は再制作後の展示

台風による停電で作品が崩壊。しかし──

この作品は、9月と10月の二度にわたる台風の襲来で美術館の空調が停電し、暑さで糊が溶けたために崩壊した。美術館も休館を余儀なくされた。私が見たのは一回目の被害の後に再制作されたものだが、展示室の壁には被災した人々が一刻も早く以前の生活を取り戻すことを願うアーティストたちの思いとともに、チシコフの次のメッセージが紹介されていた。

《 人間の夢は打ち砕かれるものです。人間の夢はもろいものなのです。でも、気を落とさず、手を休めずに、皆で力を合わせて世界を再建しましょう。太陽はふたたび輝くのです。》

しかし、二度目の停電で再び作品は崩壊してしまう。今度は再制作をせず、チシコフの提案によって写真とメッセージによる展示にとどめた。引用が長くなってしまうが、困難な社会状況を経てきたロシアのアーティストたちが先人たちの思想や運命を深く受け止め、どのような思いで制作しているかを伝えるものとして全文を紹介したい。

《 宇宙と理想都市を夢みたヴェリミール・フレーブニコフは、1922年、貧困のうちに37歳の若さで世を去りました。宇宙進出を夢想した詩人アレクサンドル・ヤロスラフスキーは、ソロフキの収容所で銃殺されました。ロシアの宇宙主義とアヴァンギャルドの運命は悲劇的なものだったのです。ですから、彼らに捧げたこの作品が崩壊したことは、まさに彼らの時代の隠喩となるのです。

もろい物はすべて、たとえ壊れてしまっても、永遠に記憶の中に生き続けます。芸術は物体ではなく、思想なのです。ロシア・アヴァンギャルドの芸術家や詩人の思想は壮大で、その幻想性は人々を困惑させるほど法外なものでした。彼らは否定され、困難な人生を送りました。台風後のこの展示は、あの時代の様々な思想の廃墟を表しているのです。私たちは壊れた家の中を歩き、瓦礫の中から何かを見つけようとし、惨事の後に残った何かを保存しようとします。

ロシアでは、革命、内戦、1920年代末の飢饉、そして30年代のソ連における大混乱のさなかに、多くのアーティストや詩人が弾圧によって亡くなり、彼らの書物や絵画や原稿が失われました。その後、第2次世界大戦が起こり、戦争はほぼすべてを、記憶さえも失わせました。

私は、世界は、あの時代の詩人やアーティストが夢みたように発展していないと思います。フレーブニコフは人々の合一、世界共通の言語、全宇宙的な世界について語りましたが、20世紀の人間はそうした道を歩んでこなかったのです 。》

住民はパンで作られた。十字型の台はロシア・アヴァンギャルドの画家マレーヴィチの作品を想起させる

 

レオニート・チシコフの絵本『かぜをひいたおつきさま』(鴻野わか菜訳、徳間書店)の原画も展示

日本文化に魅せられて

第2章「空想への旅──空への階段」で心ひかれたのはニキータ・アレクセーエフ(1953年生まれ)の「岸辺の夜」。アレクセーエフは1960 ~ 80 年代、ソ連のいわゆる非公認芸術家として活動した時期から日本文化に親しみ、「ロシアの日本人」とも呼ばれていたという。

長さ9.2mに及ぶ「岸辺の夜」は、日本の物語絵の帖や屏風を思わせる作品。真っ暗な闇や海を背景に、太陽や虹や生き物が車窓を横切っていくように現れる。アレクセーエフは2016年、2017年に来日して京都、奈良、千葉、長野などを旅し、鴻野わか菜さんも同行した。さまざまな電車に乗った体験を宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に重ね、日本の印象を描いている。病を押して来日した作者の、死を強く意識した心象も投影されているという。

この展覧会に参加したアーティストは、6人のうち5人が60代。若き日に日本の文学や美術に魅せられながらも、限られた情報のみで実際に訪れる機会はなく、近年になって日本国内の芸術祭に招かれるなどしてようやく来日を果たした。ソ連では60~80年代に日本文化がブームとなり、日本 への「精神的な亡命(内的亡命)」を社会主義体制下を生き抜く支えにしていた人も多かったという。一部のアーティストたちにとって、日本は宇宙や空想の世界と同じく遠いイメージの中の世界だったのだろう。

ニキータ・アレクセーエフ「岸辺の夜」(2017年)=上下とも

 

ターニャ・バダニナ(1955年生まれ)の「翼」には、飛翔への憧憬とともに、2003年に交通事故で亡くなった娘が旅立った「空」への思いも重ねられているという。

ターニャ・バダニナ「翼」。日本を旅した印象から、竹と和紙が使われている
ターニャ・バダニナ「翼」。翼を積み重ねた姿は、天国への階梯のようにも見える
屋外に設置されたウラジーミル・ナセトキン(1954年生まれ)の「空を見よ、自分を見よ」は中に入ることのできる体験型の作品。迷路のような構造と、中に仕込まれた合わせ鏡が観客を内省に誘う

南極ビエンナーレ

第3章「冒険に出よう──大きな世界へ」では、宇宙に比すべき地上のユートピアとして「南極」が登場する。アレクサンドル・ポノマリョフ(1957年生まれ)は航海士として世界の海をめぐった体験を持ち、船や海をテーマに作品を発表してきたアーティスト。南極で展覧会を開く夢を12年間にもわたって追い続け、2017年3月に「南極ビエンナーレ」を実現させた。13の国のアーティスト、研究者、ジャーナリストら77人が船に乗り込み、南極や島々に上陸しては作品を展示し、撤収して次の場所をめざすという型破りの展覧会。船内でも公開中に作られた作品の展示や討議が行われた。一行に密着したドキュメンタリー映像の一つがNHK-BS1「世界のドキュメンタリー」で今年1月に放送され(9月に再放送)、参加した鴻野さんも雑誌などでリポートを発表している。

アレクサンドル・ポノマリョフ「ナルシス」(2019年) 氷が浮かぶ海を進む船の映像

 

南極条約で国や個人の所有権を認めず、平和的利用と国際協力をうたう南極の地は一種のユートピアでもある。ポノマリョフの作品「ナルシス」は海をイメージして水を張った展示室に4つのスクリーンを置き、船の先端が南極や北極の海を左右に分けながら進む映像を流している。何も知らずに眺めると、ロケットが大気圏を突き抜けて上昇し続けているような錯覚をおぼえる。

南極ビエンナーレのアートディレクターも務めたアリョーナ・イワノワ=ヨハンソン(1976年生まれ)の映画作品「古典元素の探究者たち」(左)とドローイング

日本の私たちにも通じる普遍性

ロシアの文化は「革命、文化統制、ソ連崩壊、新生ロシアにおける貧富の差の拡大など、さまざまな困難な時代を経ながらも、一貫して宇宙やユートピアを夢見てきた」と鴻野さんは指摘する。それはまた「変動と混乱の時代における美術、文化の可能性、希望のあり方を示すという点で、現代日本にも通じる普遍性を持っています」と言う。

この展覧会は8月4日から開かれてきた。体験型の作品を多く用意し、夏休みの子どもたちにも楽しんでもらうことを意識した企画だが、展示作品の中に「学校」「家族」「友達」をイメージさせるものはない。その理由について、鴻野さんから「子どもたちにとって身近なそれらが、もしかすると苦しみや閉塞感を感じさせているかもしれない。広い世界や宇宙、冒険を感じてもらえるようにしたかった」と説明されて虚を突かれた気がした。
ソ連やロシアのアーティストたちが、国家による束縛や体制崩壊の中で宇宙やユートピアに希望を託したように、今日の日本でも「ここではないどこか」を希求せずにいられない状況に置かれている人が少なからずいるに違いない、と考えさせられたからだ。

(読売新聞東京本社事業局専門委員 高野清見)

 

ファンタジックなポスター

 

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