永遠の会話・やなぎみわ【スペイン人の目、驚きの日本】第4回

やなぎみわ さん  やなぎみわ 展「神話機械」神奈川県民ホール(撮影:カロリーナ・セカ)2019年

スペインに生まれ、同国内のサラマンカ大学で美術史を専攻し、美術史研究者、芸術家として日本で活動するカロリーナ・セカさん。日本人が気づかない視点で、日本の美術、文学、建築などで感じたことを語るコラム「スペイン人の目、驚きの日本」をお届けしています。

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2009年春、東京を数週間旅していました。スペインで開催した私の個展が終わったばかりで、次に予定していた秋の個展を控えて気分転換に来ていました。

桜吹雪の目黒川の人出の多さから逃れて歩いているうちに、偶然にも恵比寿の東京都写真美術館に辿り着きました。そこで、この年に開催される第53回イタリア・ヴェネチア・ビエンナーレの日本パビリオンの代表アーティストに選出された、やなぎみわさんの個展のポスターが目に留まりました。

『マイ・グランドマザーズ』と題されていました。作品を観る前に先入観を持ちたくなかったので、ほとんど情報を読まずに、何も知らないまま会場にアクセスしました。

展覧会場に入ってすぐに、とてつもないインパクトを受けました。すべての作品をくまなく見た後に『SHIZUKA』という題名の作品に何度も何度も近づき、私はその作品に深く心酔しました。その作品は、老女が次の自分のボディーをその手で作る決意をしたものの、どのように作ればいいか、若い時の自分のボディーを膝の上に載せて考えあぐねているシーンの写真です。

『マイ・グランドマザーズ』は、主人公が女性である26の作品で構成されていました。 これらの作品を制作するためにアーティストは、いろいろなタイプの若い女性に、50年後の理想的な自分の姿を想像してもらうインタビューを積み重ねていったそうです。 やなぎみわさんの作品群は、約10年間にわたって取り組んできたこのシリーズの集大成です。女性を老化させるメイクアップ作業に加えて、作品を完成させるためのCG(コンピューター・グラフィックス)操作の後、これらの女性のビジョンに合わせたステージを構築していました。 私はやなぎさんの仕事の質とコンテンツの深さに感動して、嬉しくなってニコニコしていたのを覚えています。

展覧会場を出て、美術館の入り口に戻り、『SHIZUKA』の写真が載っているチラシを持って帰りました。

『SHIZUKA』と再会(「やなぎみわ展 神話機械」会場で)

 

意外なお守り

半年あまり経った冬、私はヨーロッパからアフリカ大陸への玄関口、モロッコ王国の北部タンジェの空港からタクシーでテトゥアンに到着しました。 長年この地域はスペインの保護領で、独立後の現在も両国間に友好な外交関係を維持しています。スペインの政府によるアーティスト派遣制度があり、私はモロッコ王国の国立美術研究所(Institut National des Beaux-Arts INBA)に住み、半年間アラブ美術や工芸品を調査研究し、残り半年間はアラブ文化に影響された自分の作品を作成するために公費派遣されました。

ヨーロッパの国々では、自国のアーティストを海外に派遣して、海外の芸術・文化を調査・研究させ、技量育成をするプログラムが一般的です。 これらのプログラムには、自国の文化を豊かにする目的で公的な資金が使われています。 私はこうした国のプログラムでモロッコやイタリアにも派遣され、作品を制作し、美術館やアートセンターの展覧会で作品を発表してきました。 その見返りに、政府や美術研究機関は、アーティストに作品制作や研究者に学術論文などを要求します。

モロッコには知り合いも親戚もいないので、孤独な時間を過ごすために、スーツケースにありったけの本を詰め込んで行きました。

テトゥアンの街に入るなり、ガツンと一撃でした。 タクシーがメインストリートを進む間、私は信じられない風景を車のウィンドーから眺めていました。カフェに女性がひとりもいない! カフェのテラス席には、足を大きく開いて座わっている男性たちの姿しかなく、時間が止まっているように非常にゆっくりとモロッコ式ミントティーをすすっていました。

事前にスペインで作ってきた計画は、あまりに非現実的なものに思えました。

自分の生活をこの新しい状況に適応するには、どうしたらいいか?

とりあえず新しいレジデンスに着いてから、スーツケースを開けて『SHIZUKA』の写真の切り抜きを取り出し、壁に貼り付けました。今日から、これまでのカロリーナの上にまったく別のカロリーナを構築しようと考えました。 その写真の前で作品を作り始めました。私にとって『マイ・グランドマザーズ』は非常に重要な作品で、人生の時間や興味深い年上の女性のイメージを示唆してくれて、私の将来の可能性について思いを巡らせるキッカケにもなりました。

究極的には、モロッコ滞在でアラブの男性アーティストたちと、貴重な人脈を作ることができて、いくつかの作品を作り続けました。その中には、緑の糸で迷宮を埋め込んで刺繍した白いオーガンジーのベールで構成される、「アリアドネ」という作品があります。テトゥアンで調達した緑色の糸はモロッコの職人の手作りで、生地は結婚式のベールに使用されているものです。モロッコで制作したすべての作品は、イスラム教の芸術で用いられる幾何学模様のような形をしています。モロッコの年配の女性たちのように家の中で、根気よく手刺繍で作りました。

東京・恵比寿で初めて『マイ・グランドマザーズ』を観た日以来、写真の『SHIZUKA』は、4大陸を回った私の貴重なお守りになりました。

初めて東京駅の近くでやなぎみわさんにインタビューした時も、切り取った写真を慎重にケースに入れて持って行きました。

 

神話「元型」との出会い

今秋、9月に入っても東京は厳しい暑さが続いていました。猛暑日の午後、やなぎみわさんに初めてインタビューすることができました。彼女は福島での展覧会と、目が見えない人とのワークショップからの移動の合間に時間を割いてくれて、熱心に私のインタビューに応じてくれました。 2時間のミーティングの後、「TRANS-」アートプロジェクトに参加するために、慌ただしく故郷の神戸に出発しました。

やなぎみわ《女神と男神が桃の木の下で別れる:川中島》(部分) 2016 年 作家蔵

 

やなぎさんは、絵画に精通した父親と演劇が大好きな母親の一人娘です。 両親の情熱の融合から生まれ育った少女は、必然的にアーティスト兼劇場監督になりました。 一人っ子の子どもたちが好みがちなアーティスト特有の孤独と、社会的で賑やかなチームワークを使い分けているようです。

彼女は早熟で、小学生の頃からアーティストになり、最初の作品は人物絵画でした。

私が質問をしたとき、彼女は12歳くらいの頃、絵画教室で絵画を模写する練習をしていたことを思い出しました。ほかの生徒たちはセザンヌの静物画を選びましたが、やなぎさんはセザンヌの別の非常に変わった作品、ギリシャ神話の「メーデイア」を描くことを好んだと言いました。

メーデイアは一つの心しか持っていませんが、愛に熱烈に憎しみにも壮絶な行動をする女性のあり様を象徴的に表していて、多くの芸術家が作品にしてきました。ヨーロッパでは、メーデイアは魔術師でもありますが、伝統的に清濁併せ呑む人生の象徴であると考えられています。やなぎさんの芸術の原点でもあり、作品の「元型」としてアーティストとともに一歩ずつ成長しているようです。

この12歳のときからのテーマ・メーデイアは、絵画、写真や演劇といった異なる分野の才能を開花させたようです。

神奈川県民ホールで公開されている最新の作品では、女性が逆さまになった形の船首像の写真を見ることができます。長い航海では、あらゆる種類の事故や試練に晒されて、男性の船員たちも亡くなり船も朽ちているが、女性の船首像が残ったことは何のメタファー(暗喩)なのでしょうか。 女性がすべての悪条件に晒されながらも、孤独に生き残ることは、アーティストの共感を呼び起こしています。

『アルゴー船の船首像』
やなぎみわ展「神話機械」神奈川県民ホール(撮影:カロリーナ・セカ)2019年

 

永遠の会話

ここ10年間、やなぎさんの大規模な個展が開催されなかったので、私はいつも彼女が作品を作り続けているかどうかを確かめるために、やなぎさんに関する情報を何度も何度も検索していました。 今回の個展が高松、前橋、福島に続いて横浜の神奈川県民ホールで開催され、さらに巡回されると知りとても喜んでいます。

対照的にこの10年間彼女は、演劇の制作に深く関わってきました。 彼女が私に言ったように、アーティストの孤独の必要性を強く感じた時に、新しい芸術作品を制作しました。 大規模な劇場チームと協力するには、多くの異才への強い関心が必要です。

彼女の芸術作品を注意深く見ると、非常に興味深い進歩が見られます。 初期の作品では、主人公としてさまざまな年齢の女性、少女や老女が登場し、演劇性があり、技術的にはメイクアップとレタッチ、CGがあり、詳細なステージングを編成していました。 しかし、劇場での活発な仕事を経て、芸術家としての最新作では人物、風景、化粧やコンピューターの仕事が消えています。 木炭で手描きが行われ、夜、屋外の桃の下に横たわって、巨大な古いカメラで撮影された写真があり、文学の美学とエロティシズムに満ちた昔ながらの機械もあります。

やなぎみわ展「神話機械」神奈川県民ホール(撮影:カロリーナ・セカ)2019年

 

時間の概念について尋ねました。「すべては観客の心の内にあるものだが、演劇では時間が短く、せいぜい12時間に大声で発露するもの。一方、芸術作品の場合は時間は固定されて、たとえば100年が経過し、誰かがそれを観ているときに、やなぎさんはその人と小さな声で話すことができるものだ」と。

恵比寿での魔法の午後から10年が経ちました。

是非、横浜の神奈川県民ホールで、やなぎみわさんの最新作に出会い、彼女の囁きに耳を澄ませて、感動的なコミュニケーションを体験してみてください。

(原文日本語)

 

 

やなぎみわ展「神話機械」

会期:20191020日(日)~121日(日)

10:00 – 18:00 (毎週木曜日は休み)

会場:神奈川県民ホール ギャラリー

神奈川県横浜市中区山下町3−1  電話 045 662 5901