芸術家・児玉幸子 【スペイン人の目、驚きの日本】第2回

VRゴーグルを装着したカロリーナ・セカ 2018年 © Carolina Ceca

スペインに生まれ、同国内のサラマンカ大学で美術史を専攻し、美術史研究者、芸術家として日本で活動するカロリーナ・セカさん。日本人が気づかない視点で、日本の美術、文学、建築などで感じたことを語るコラム「スペイン人の目、驚きの日本」をお届けしています。

 

 ◇

 

科学と芸術の融合

5歳の頃、スペインの実家では、12匹の犬を飼っていました。スペインの犬は、大きくて、獣の臭いがきつく、自然そのものの存在です。でも小さな女の児は、そんな犬を友だちにし、大きな背中に乗って散歩するのを日課にしていました。

1999年、そんな私に日本から驚きのニュースが舞い込んだのです。ソニーが犬型ロボット「AIBO」を発売しました。遠い彼方の未来が突然、目の前に出現したことにびっくりして、同時に日本への興味を強くもちました。

そして、2005年にデジタルアートの研究をするため、横浜のフェリス女学院大学に留学しました。来日3日目か4日目に、先生と日本人の学生たちが、横浜の和食屋さんで、歓迎会をしてくれました。遅刻しそうになって、先を急いでいると、エスカレーターから「テスリニツカマッテ、キヲツケテ 」と注意され、エレベーターに飛び乗ると、今度は、「ドアガシマリマス、キヲツケテ 」と言われました。さすがに自動販売機からアイサツされた時には、時差ボケのせいなのか、ヘンなSF映画に紛れ込んだような気がしました。なるほど、私は日本に居ます。

 

私にとって芸術と科学技術との関連性は、とても重要な研究テーマのひとつです。その一端を知るチャンスに恵まれました。スペインのサラマンカ大学の学生だった時に、スペインで最も有名なアートフェア、ARCO (マドリッドの国際現代アートフェア)の講演会に招待される学生2名に選ばれたのです。

ARCOで、草原真知子教授(現代アート)の講演を聴き、私は、初めて日本のメディア・アートに触れて、大きな衝撃を受けました。コンピューターとネットワークを通して、アートが仮想空間と現実空間に繋がっていくコンセプトで、現代のメディア・アーティストの先駆けでした。 

その時の衝撃は、プレゼンルームの入り口付近に漂っていたコーヒーの香りと、作りたてのタパス(スペインの小皿料理)のいい匂いとともに鮮明に覚えています。

その夜、私の頭は、知的な興奮状態で、高速で回転し続けていたため、一睡もできませんでした。日本人は、科学技術と芸術を融合させて、あたかも自然界の出来事とでも考えているような、なんて不思議な方法論なのだろうか。日本人をネオ・テクノロジー・ネイティブとでも名付けようか!

対照的に古典的なサラマンカの街に戻ったときに、まるでタイムマシンで、時空の長い旅をしてきたかのようでした。それくらい差があったのです。

 

日本の科学技術と芸術の融合は、16年前のARCO講演から気になっていたテーマでしたが、著名なメディア・アーティスト、児玉幸子さんにインタビューする機会をえられて、非常に嬉しかったです。 児玉さんは、北海道大学理学部物理学科を卒業し、筑波大大学院で博士号を取得した、科学技術と芸術の融合を担うアーティストです。

今年の4月初めて児玉さんの スタジオを訪問しました。スタジオへの階段を上っていくときに、私は、ARCO講演を受講していたときと同じ知的興奮で、顔が紅潮した22歳のサラマンカの学生に戻っていました。ドアまでに数歩の距離に近づいたときに、彼女が頭をひょいと突き出した光景がとても美しいと思いました。 そしてスタジオの中は、完璧に整理整頓されていて、ここは、科学者の研究室のようだと思いました。 

 

Portrait of Sachiko Kodama ©児玉幸子

 

児玉さんに初めてお会いしたとき、少女のように見えて、純粋さと敏感さに満ちた人だと感じました。 しかし一旦、彼女が話し始めたときに、いままでの印象が一変して強い個性に変わりました。知的で、論理が一貫していて明晰で、非の打ちどころが無い感じです。

彼女は、素早い身のこなしで、非常に大きな書物を取り出して見せてくれました。彼女の作品について書いてあるスペイン語の本で、内容に大変感動しました。

私の前に座っている彼女の左右の後方には、一つずつ作品が置いてあり、興味津々でしたが、その前に初対面の緊張を解すための質問をしました。

「児玉さんが産まれる前のことを覚えていますか?」

私は、いたずらをした子どものように、笑いたいという衝動を抑えることができなくなり、俯いて、唇と歯を食いしばっていました。

しかしながら、芸術家は、私が意図した質問の千倍も想像を超えた回答をしました。「生まれる前のことは、覚えていませんが、生まれたのは、満月の日でした。このこと自体は、いたって普通のことです」と前置きしたうえで、彼女はこう続けました。「医師は、母親に『鏡のように臓器が左右逆で、生まれた』と告げました」「取り乱す母親に医師は『お母さん、すべての臓器、身体は、正常に機能していますから大丈夫』と言いました」

えっ! 何ですって? このような特別な身体を持つ人のことを私の人生で初めて、知りました。 つまり、心臓は右に、肝臓は左にあるいということ。その日の午後、すぐに医学名 「全内臓逆位」を検索しました。

会話が始まると、すぐに魔術師の帽子から出てくるような話が続きました。 彼女の作品と非常に関連のある部分、つまり身体や環境との関係性が語られました。

 

 

非対称性を好む日本と対称性好む西洋

身体のこともあってか、児玉さんは、左右対称性(シンメトリック)に対する強いこだわりを持っています。

このことは、西洋的な性向だと思います。左右対称性は、非常に西洋的要素であり、それに対して日本人は、非対称性を好む傾向があります。たとえば、ヨーロッパの庭園と日本の庭園を比較してみると、非常に視覚的に理解しやすいです。

さらに考察を進めると、ヨーロッパ人は、対称性と偶数を好み、反対にほとんどの日本人が非対称性と奇数を好みます。 なんて興味深いことでしょう! あなたは、どう思いますか?

日本人のあなたは、結婚祝いをあげるときに2万円や4万円といった偶数は、なんとなく縁起が悪くて申し訳ない感じがしませんか?陰陽思想が影響しているという説もあります。諸説ありますが。スペインの街は、大きな通りの片側が奇数番地で、向かい側が偶数になっています。スペイン人は、偶数を好むので、マドリードの銀座にあたるグラン・ヴィア通りやセラーノ通りでは、奇数に比べて偶数番地側の方が圧倒的に売上が高く、そのために不動産の賃貸料も偶数番地が奇数番地の1.6倍にもなるそうです。(スペインの大手経済紙エクスパンシオンExpansion紙 2019年4月18日付)

 

日本人の児玉幸子さんの作品が完全な対称性を示しているのを見ていると、完璧に美しく、感動的で、衝撃すら感じます。

この芸術家の作品は、磁石の成分である磁性流体で作られており、電気を流し、磁場スパークとの反応が連続的な動きを生み出し、作品があたかも生物のように成長してみせます。

 

「Morpho Tower」2012年 ©児玉幸子

 

 

私は、彼女にサルバドール・ダリの「記憶の固執」について話をしました。カマンベール・チーズのように溶けた時計は、壁に掛けられた絵画の中で、動かない静止画なのですが、観ている私たちの想像の中では、動いているのです。

 

 

作品が目の前で変化する児玉幸子芸術

一方で児玉さんの作品は、私たちの目の前で、生命があるように連続して変化をし続けます。それは、ミステリアスな本物の芸術です。限りなく生命が続くイメージ。彼女は、説明してくれました「作品は、見る人と一緒に変化していきます」と。

もう一つ、彼女の作品の特徴は、作品が特定の文脈を持たないまま動作しているということです。 そのため、作品をどこに配置するかによって、作品の見方が変わってしまいます。

たとえば、作品「apple」(ガラスのりんごの中で)と「pulsate」(食卓の上)を比べてみると、観察される磁性流体の動きは、同じではないのです。 また、床の間に置いても美しい調和がとれる作品になっているのが奥深さを感じます。

「Pulsate」2008年 ©児玉幸子

 

彼女の芸術に関する概念について、質問をしたところ、「芸術とは、人間として生まれた喜びであり、世界は私であり、私は世界です。そしてすべてが繋がっています」と答えてくれました。

 

学生時代に聞いた、サラマンカ大学の教授の言葉を思い出しました。

「新しい技術の使用を止めて、油絵の絵描きに戻った芸術家は、どうしてそうしたのだろうかと、深く考えるべきだ」

私はこの16年間に多くのメディア・アーティストの作品を観てきました。 多くの場合、技術競争が作品の中心に置かれているために、数ヶ月後には、作品が古臭くなってしまい、技術の流行り、廃れと一緒に作品自体の陳腐化するスピードが早まってしまうのです。

 

しかしながら、児玉幸子芸術の場合、その作品が非常に重要な要素、スペイン語でいうドゥエンデ(duende魅力, 魔力, 霊感などを意味する)を含んでいるので、生命感を失いません。具体的には、自然の形、文学の中の孤独、アートへの愛情、静謐さが作品のコアにあると感じます。

 

いろいろな国の展覧会場のカタログを見ると、児玉さんに関する作品分類が「メディア・アート」というラベルになっておりますが、私は、それを超えて、「芸術」と記載すべきだと思います。

(原文日本語)

 

 

児玉幸子展「眩惑について」

会期:2019年10月7日~11月1日、11:00 – 18:00 (土・日・祝日休み)

会場:東京パブリッシングハウス

東京都港区海岸1-15-1  電話 03 5472 0370  info@artbook-tph.com

 

 

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草原真知子

http://www.f.waseda.jp/kusahara/aboutmej.html

児玉幸子

http://sachikokodama.com/

 

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